第2話 俺にこの手で殴れというのか

 視界の輝きが薄れると、風に揺れる明るい草原に立つ金髪の女が見えた。

 儚げに手を組み、目を閉じて何かに祈っている感じのテンプレ美女さんだな。

 俺に気付いた女が驚いたように目を開き、ゆっくりと微笑んだ。


 女は座っている俺に近づいて来て、俺の顔を覗き込むように見てくる。

 マジかよ、内部解像度どんだけあるんだよ。

 超広視野角どころじゃねえぐらい見えるな……つーかゴーグルどこいった?

 とか思っていたら、ポロポロと涙をこぼしはじめた。


「よかった……成功した。誰にも届かないかと思っていました」


 スクショ機能とかねえの? 女の着る……トーガっつーのかな。

 薄手の布を巻き付けたような服の谷間に落ちる涙とか撮っておきてえ。

 絶対バズるぜ、間違いねえ。

 何でこのゲームの情報流れてねえんだよ……

 この盛りまくった二つの山を撮って、いいねの山をもらってシェアしてくれよ。


 バーチャル世界もここまできたかと感慨深く見ていると、女が話しかけてきた。


「あの、勇者さま? ご気分でも悪いのですか?」


「おっと悪い、景色に驚いてた。なんだ? 会話もできるのか?」


 人工知能も搭載してるのか? マジですげえな。


「はい、大丈夫です。翻訳の魔法もかけてますからね。がんばりました!」


 ぐっと女が拳を握るモーションも自然だ。

 がんばったんだなあ、ゲームの制作チーム。

 どこの会社だ? 株買っておきてえ。


「よく分かる……いや、たいしたもんだよ。ここまで作りこんでくれたんだな」


「いやあ、そんなあ、照れちゃいますね。勇者さまの体も完璧ですよ」


「体……?」


 見下ろしてみると、スーツを着た俺の体が見えてきた。

 複合現実まで完璧なのかよ……映像のズレすら見えねえ。

 手のシワまで現実の俺のまま描写されてやがる。

 風にそよぐ産毛まで見える気がするぜ。


 ここまできたか、仮想空間。


「再現完璧だな。ちょっと技術力の無駄遣いな気もするが」


「勇者さまの服なんですよね。元通りに再現されているはずです」


「吊るしの安物スーツなんだが……世界観とか大丈夫なのかコレ」


「世界観? ええっと、不思議な服装ですが、一般人だと認識されそうですね?」


 そうですか。まぁ俺の服装についてゲーム内で突っこまれても困るよな。

 会話がなげえし、一般人がいるってことは、これロールプレイングゲームか?

 乗り込む筐体だし、シューティングゲームか何かだと思ってたんだがな……

 長くなりそうなプレイ時間に一瞬不安になったが、ささいなことだな。

 今の俺には腐るほど時間がある。超大作でも何でもこい!


 俺がゲーム熱を上げて燃えていると、女がおそるおそる話しかけてきた。


「あの、勇者さま。お名前を伺ってもいいでしょうか?」


「おっ、そうだな。ロープレなら名前は大事だよな。変な名前にする必要もなさそうだし、アヤトでいいか? 文字制限とかはあるか?」


「文字制限……呪術的な意味でもあるのでしょうか……?」


 とぼけたように女は首をかしげる。地味に融通が効かねえキャラだな。


「無理か? 本名プレイが駄目なら何か考えるぞ」


 フルネームを入力させられるのは勘弁して欲しいな。

 スタッフロールとかオチで急に呼びかけられるのは苦手なんだ。


「いえ、大丈夫です。アヤトさまですね、分かりました。私はレーシュと申します。それでは今後ともよろしくお願いいたしますね、アヤトさま!」


 女は素晴らしく作りこまれた素敵な笑顔で自己紹介してくれている。

 だが、俺はそんなことよりも早くゲームがしたくなってきていた。

 妙に細部と設定にこだわってそうな女の話をとっとと飛ばして遊びたい。

 話を詳しく聞いてるとゲームの先の展開が読めちまいそうだしな。


「はいよ、よろしくレーシュさん。んで、アンタは俺に何をくれるんだ?」


「はい? どういうことでしょうか」


 クソ、またトボけやがる。スキップボタンはどこだ。


「いや、どうせ俺が敵と戦うって話なんだろ? 武器か何かを先に渡してくれよ」


 手持ち無沙汰なんだよ。

 説明は攻撃の練習したりしながら聞き流したい。

 催促してやるとレーシュが重苦しい顔になりやがった。


「ご指摘の通りです。私の力だけでは排除できない敵がこの世界に満ちています」


 強制説明イベントか、面倒くせえな。


「その敵は、この近くにも来ています…――ッ! 来ました! あれです!」


 敵が先に来たか、面倒なイベント戦闘だけは勘弁して欲しいんだが。

 軽いチュートリアル戦闘であってほしいな。

 レーシュがわざとらしく指差す方向を眺めると、空を飛んでくる鳥が見えた。


 小型の鳥……? に、黒い人の顔みたいなモンが腫瘍みたいにくっ付いている。

 ああ敵だわ。気持ち悪い系の。

 改心したりしそうに無いおぞましい敵だな。

 鳥は人間の声が混ざったような、不快感を催す獣の鳴き声を上げて飛んできた。


「くウぃ――ッ! くうィイイー! きょ! チョチョ! チョっ!」


 きめえ。うぜえ。やかましい。

 青空の綺麗な映像を汚す、黒い汚物じみた人面を付けた鳥が飛んできた。

 空中で何かに阻まれたように動きを止め、鳴き声を上げて威嚇してくる。

 血走った目でよだれを垂らして、透明な何かをクチバシで突っついてやがる。

 キモい鳥を眺めていると、レーシュが何やら解説をはじめた。


「アヤトさまには、あの汚染されてしまった敵と戦って頂きたいのです! 結界を弱めて解除しますので、後はよろしくお願いします!」


 そう言うと、レーシュは俺の体をスッと抱き上げて立ち上がらせた。

 さらに俺の背中に隠れるようにして「がんばって!」とか言ってきやがる。

 えっ? 説明終わり? つか何? 立てるの? 筐体に頭ぶつからねえの?

 混乱している俺の頭上で、ガラスが割れるように空にヒビが入った。

 パリンと砕ける音がすると、鳥が勢いよく俺を目指して突っ込んでくる。


「くケーぇェッ! ぎぃひヒィッ!」


 鳥は黒く染まるクチバシを尖らせ、人面の目口で笑って突撃してきやがった。

 マジかよ。せめて何か装備させろよ!?

 慌てて腕を盾にしてガードしていると、鳥は俺の腕を斬り裂いて飛び去った。


いてえ! ……わきゃねえか、こわっ」


 鳥に当たった腕は服が破れもせず、傷一つ付いていなかった。

 ゲームとはいえ焦ったぜ。衝撃だけは感じたな。

 俺から離れた鳥は、また襲い掛かってきそうな雰囲気で空を旋回している。

 どうすりゃいいんだアレ? とボンヤリ眺めながら考えていると、

 俺の後ろに隠れていたレーシュが顔を出して力強く言ってきた。


「アヤトさまの武器はその体です。神である私が鍛えた魔法金属、簡単には砕かれませんよ。命を金属に宿す、数多の世界を救いし勇者さまの武運を祈ります!」


 なんだそりゃ? これボクシングゲーか? リアル動物相手の格ゲーなのか?

 頼むから剣か何かくれよ、おい。ないのか、マジか……

 見渡してみても、周りは草原ばかりで武器になりそうな物が落ちていない。

 頼りにできそうなレーシュは、何かを期待するような目で見てくるだけだった。

 このふざけた状況で、再度突っ込んでくる鳥に向かって俺は吠えた。


「クソゲーじゃねえか! ガッカリだよチクショウ!」


 筐体に殴りかかってやるつもりで、気味の悪い鳥野郎に向かってパンチする。

 ひらりとかわされて、腕を削り取られるような衝撃を残して横切られちまった。

 ハッハー! 素人パンチは当たらねえよなあ! 知ってたよ! ……だがなあ。


「やってやろうじゃねえか、ゲーマー舐めんなよ……!」


 一人称視点の主人公になったつもりで拳を握って構える。

 あまり得意じゃねえが、素手で殴るゲームの経験はある。

 こっちが無敵なら相打ち覚悟で一回叩き落とせば勝てるだろ。多分。

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