第10話 メルトの正体 後編


「どうして猫になっていたのか、だったわよね」


「・・・うん」


「きっと、今から言うことに対して、おかしなことを言っていると私を心配するかもしれない。だから・・・まずは、私がなのかを見て欲しい」


「・・・ん?どう言う存在って」


「今から私が行うことに・・・驚くかもしれないけれど、ご近所さんに迷惑をかけてしまうから、あまり叫ばないでね」


声をワントーン落として、メルトは目を閉じ始める。

叫ぶなとは、一体どの口が言っているんだと思ったが、メルトを見ると・・・茶化して良い雰囲気ではないと一瞬にして理解した。


「久しぶりにやるし・・・ここは日本だから、成功するか分からないけれど・・・でも、基礎中の基礎の術だし・・・リハビリには、ちょうど良いわ・・・!」


独り言をブツブツと呟くメルトの言葉が何を指し示しているのかは分からない。

だけど、今から、昨日以上に俺を驚かせる何かが起きることは直感的にわかった。

目の前にいるメルトは・・・先ほど見たメルトとは全然違う。

例えるなら・・・とても、冷たいイメージがした。


スッ


メルトは・・・先ほどから抱きしめていたクッションを目の前に置いた。

よく見ると、手が震えている。

メルトは目を閉じたまま、自身の右手をクッションに添える。

細く、綺麗な右手を、俺は何の気なしに見ていた。


「展開しろ・・・」


一言、たった一言。メルトが日本語を呟いた。

男口調のような命令形に、ぞくりとした圧を感じる。

そして、変化はすぐに起きた。



パランッ!!


あの、聞いたことのない不思議な音が部屋に響き渡る。


「な!?」


俺の目線は、メルトの右手に・・・正確に言えば、手の甲に向けられ、そこから動くことはできなかった。


俺は完全なる文系だが・・・科学が発展し、あらゆる現象、不可思議なことを説明できてしまう時代に、こんなことがありえるのかと絶句した。

受け入れると誓ったからって、理解することとはまた別物だ。


クッションに添えたメルト手の甲に・・・見たことのない文字列が浮かんだ!


何だこの文字・・・一文字一文字が見たことのない不思議な形をした文字だ。

合わさってみると多分規則的な文章として成立しているのかもしれない。


その文字列が、手の甲の上に現れては消え、現れては消えを繰り返している。

よく見ると、現れる文字はさっき消えた文字列とどこか違う。

一体、何が起きるんだ!?


「・・・捉えた!」


「うお!?」


ぎゅっと、開いてた手を拳を作るように勢いよく閉じた。

突如大きな声を出したメルトに、思わず変な声が出てしまった。

碧眼を見開き、確信を得たかのような笑みが浮かべていた。


「見てて、エイスケ。私がどういう存在なのかを!」


メルトは何もしていない左手を、右手の甲に覆いかぶさるように掴んだ。

申し訳なさそうな表情をしたり、不安そうな表情をしていた彼女とはまた違う、好戦的な表情をしていた。

こっちが本来の、メルトなのだろう。


瞬間、さっき見たような、眩い光が部屋中を支配した。

また、またこの光か!

目を閉じて、光が収束するのを待つ。


「・・・エイスケ。目を開けて良いわよ」


「あ、あぁ」


ゆっくりと、俺は目を開き、目の前のメルトと目が合う。


「一体、何をしたんだ?」


「私がエイスケの常識から外れた存在であることを見せるために、一番基礎的で簡単なを使ってみたの」


「じゅ、じゅつぅ??」


メルトの言っていることがさっぱりわからず、俺は赤子のように言葉を返すことしかできなかった。

苦笑いを浮かべるメルトは、どうやら俺がまだ理解していないことを悟ったようだ。


「ほら・・・クッションの上を見てみて・・・」


「ん・・・ん!?」


メルトが手で指し示す、先ほど床に置いたクッションに目を移し・・・また絶句する。

クッションの上には・・・小さな、手のひらサイズの・・・犬がいた。

たてがみ、とでも言うのだろうか。

首の背面にフサフサの茶色い毛が伸びているのが特徴的な、見たことがあるようでない、不思議な犬が・・・動いていた。


「これは超簡単な召喚術。自然の中に存在している下級の精霊や死霊を形あるものとして呼び出すの。最小の力を込めれば済むんだけれど、たまに変なのを召喚してしまうから、注意が必要だったりするわ」


「・・・」


「魔術?魔力?そう言えば良いのかしら?そう言った力を使える人が、この世界にはいる。・・・使えない人達には、本当は言ってはならないんだけどね」


淡々と、まるで教科書に記載されている言葉を暗記したかのようにスラスラと述べるメルトに、俺はまた呆けていた。



「私も、私の家系も、そう言った力を持つ人達と同じ存在。言わば、魔女よ」


ああ、頭の中に、真っ赤なリンゴを持って黒いローブに包まれた老婆や、杖を振り回して火やら水をぶっ放すお姉さんが浮かんで来る。


どれもこれも、小説やテレビで見たファンタジー。

それを・・・当然のように、目の前の彼女は語る。


「私は、ある魔女にやられて・・・猫にされたの」


数十時間ぶりの答え合わせは、呆気なくメルトの口から出てきて終わった。

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