第11話 魔女
「・・・ふぅ。あ、あの、エイスケ。申し訳ないんだけれど、シャワー、浴びさせてもらっても良い?」
「・・・あ、あぁ。どうぞどうぞ」
額に少し汗をかいているメルトは、大きな息をはいて、そのまま風呂場へと去っていく。
なんだか、一仕事終えたような、晴れやかな表情をしていた。
メルトなりに、俺に対してわだかまっていたものを取り除くことができたのかもしれない。
そんな彼女を、俺は未だ呆けた顔で見送った。
「・・・」
「・・・キャン!キャン!」
目の前のクッションの上で、ハムスターサイズの犬らしきものが俺に向かって吠えていた。
俺はベッドからクッションが置いてある床へと降りこの得体の知れない生き物をよく観察してみる。
俺に聞こえるか否かくらいのとても小さな声だったが、どうやら俺に敵意をむき出しているようだ。
顔が険しく、威嚇の表情を見せるが、可愛いとしか思えない。
だけど、こいつがメルトの手によって現れた時は目を疑った。
『魔女よ』
あんな綺麗でまっすぐな瞳をした女性がはっきりと口に出した、ファンタジーな単語。
まさか大学生にもなって、あんな真剣な表情で不思議なことを言われるとは思いもしなかった。
「魔術、魔力、魔女・・・」
口に出すことで、うまく俺の中に消化しようと試みる。
猫から人間に変身したメルトの正体は、魔女。
魔女と言われてイメージするのは、悪虐非道だったり、永遠を生きるめっちゃ怪しいお姉さんかお婆さんだったり、箒に乗って宅配をこなす少女だったり・・・。
どれも、彼女には当てはまりそうにない・・・だけど。
「まぁ、そうすれば色々納得できるか・・・」
驚きはしたものの、意外にも早く、メルトが魔女であることを飲み込むことができそうだった。
昨日、そして今日目にした眩い光、そして聞いたことのない音。突如現れた人間のメルト。人間から猫に戻るメルト。
極めつきに、今、俺に端的に説明するために見せてくれた召喚術と、その結果として現れたこの小さな犬のようなやつ。
メルトが「魔女」だと思えば、それらが全部そういうものだと認識でき、なんだか体の奥にあるわだかまりのようなものがすっと消えていくような・・・気がする。
そう、魔術なんだ。あの、呪文みたいな奴を唱えて火とか水とか何もないところから出したりする不思議現象。
目の前で起きたことは魔術とかいうもので、俺が到底理解できないものなんだ。
だから、悩んだって仕方がないんだ。
ある種の自己防衛のように自分に言い聞かせ、グッと口の中に飲み込んだ。
メルトに誓った手前、目の前のことを信じて行かないとな。
「お待たせしたわね・・・久しぶりのシャワーで、時間を忘れそうになっちゃったわ」
タオルで髪を乾かしながら、パーカー一枚のみというさっき際どい格好をしてユニットバスから出てきた。
時間にして25分くらい。もう少しかかると思ったけれど、急いでくれたようだ。
シャワー浴びる前にゆっくりして良いと声をかけるべきだったな。
でも、ベストタイミングとでも言うのだろうか。
ちょうど自分の中でも何かが完結したため、余裕を持って話し合うことができそうだ。
メルトはちっちゃい犬(仮)の前に座り込み、話の続きをする態勢に入る。
クッションを挟んで対面する俺とメルト。
「キャン!キャン!」
そのクッションの上で未だ小さい声で吠え続ける犬。
「あの・・・この子は?」
「多分、神社に根付いている妖精か何か。
「こ・・・これが狛犬?」
あの、神社とかお寺の入口らへんに置いてある、めっちゃイカつい想像上の生物?これが?
俺の想像していたいかつくて大きい狛犬とは違くて面食らった。
でも、確かに言われてみれば・・・
未だ俺を威嚇するように吠えている狛犬だが、クッションからは出ようとはしない。
「そろそろ帰してあげようかな。ごめんね。急に召喚して」
唐突に、メルトは右手を再びクッションに添える。
「またいつか・・・」
しゅんっ
一瞬のうちに、クッションから狛犬は消えていた。
跡形もなく消え去り、再び二人だけになる。
もう、狛犬が消えたくらいじゃ驚くことは無くなった。
「・・・君が魔女だと言うことはよくわかった」
「!、信じてくれるの?」
「今更疑う気にもなれないよ」
「ありがとう、エイスケ!」
とびきり元気の感謝の言葉が返ってきた。
そのまますっとお辞儀をするメルト。
まあ、もう前回のような驚愕して信じられないというような表情をしなくなったから、メルトも俺が受け入れたんだとわかってくれたんだろう。
口角が上がっていることから、嬉しがっていることがわかる。
だいぶ、俺もメルトも緊張が和らいだんだな、としみじみとした。
「で、メルトが俺の常識外の存在だとわかったところで、さっきの質問に答えてもらいたいんだが・・・」
「猫の時に、どうして反応を示さなかった、だったかしら?」
「そう。そう言うのも、例え猫の時だって魔術とかで喋ったりしないのか?」
魔女と猫はセットでおとぎ話や物語で登場することが多い。
想像するのは、赤いリボンの少女と一緒に箒に跨った口の悪い黒猫。
当然のように喋る猫を画面や絵本越しにしばしば見たことがあるため、魔女とわかった今、メルトも摩訶不思議な術を使って喋ることができないかなと思った。
「・・・喋りたくても、喋れないのよ」
顔を横に向けて、気まずい感じで答えるメルト。
「えっと、それは、君を猫にしたという魔女にそうされたの?」
「それはわからないわ。・・・あの、一応言っておくわよ?私が見てきた、この国の魔女に対するイメージから察するに、エイスケ達からしたら奇跡に近いようなことをチチンプイプーイとか、テクマクマヤコン テクマクマヤコン、とか呪文を唱えて平然とやってのけるのが魔女だと思っているでしょうけど・・・」
「いや・・・そんなことは・・・思ってるかもしれない」
手を指揮者のように振り回しながら語るメルトは、やっぱりまだまだ若い女の子に思えた。
そういえばまだ年齢を教えてもらっていないな。
「実際は多くの人の叡智と研究の末に、やっと術式を完成させて、実行することができるの。さっきの召喚術だって、何百年も前から召喚魔術の研究をした結果としてできるようになったものなんだから」
「お、おう」
魔術のことになると、メルトはすごい熱弁するな。
金髪がポヨポヨと揺れ動きとても可愛らしいが、パーカー一枚しかきていないことを忘れないでほしい。
そうか・・・魔術に対する認識を、改めなければならないな。
科学の歴史と同じだ。
発展するまでに多くの天才や努力家が月日をかけて作り上げ、それを何世代にも渡って受け継ぐことで今の豊かな科学社会がある。
魔女だって、そんな簡単に魔術を行使できる訳ではないのだな。
「それで・・・話は戻るんだけれど・・・。私がかけられた、人間を別の動物に置き換えて、保管する魔術なんて、魔女界には存在しなかったわ」
「それは・・・未知の魔術ってこと?」
「ええ・・・。生物以外なら錬金術を行使して形を変えることができるわ。体の一部をある程度の時間変化させることも。後・・・別の存在から人間に一生戻ることができない、片道切符の魔術もずいぶん昔からあるわね」
「こっわ」
想像するだけでいやになる。
「だけど、その場合、人間以外の生物や何かに変えられた場合、人間の時と同じ思考を持つことはないみたいだから、それだけは救いね・・・」
「えっと、どう言うこと?」
「たとえば、あなたが片道切符の変身魔法で犬に変えられたとしましょう。その時、人間としての記憶はなくなり、自分は犬に変えられたことすら気づかずに、犬としての本能のままに行動するようになるわ。犬になってしまったことを認識して、人間に戻ることができないまま、喋ることも伝えることもできないで死んでいくなんて、あんまりじゃない?」
当然のように流暢に喋るメルトの話を聞き、背中がぞくりとする感触を覚えた。
魔女の世界では常識なのかもしれないが、今、初めてメルトの例え話通りになった時のことを想像して、とてもショックを受けた。
魔術って・・・やばいな。
・・・ん?じゃあ、一体メルトのかけられた魔術はどういうものなんだ?
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