第12話 真っ赤な金髪美女さん
「私に魔術をかけた魔女・・・とても危険な魔女なのだけれど、今言った、一度掛けられたら人間に戻ることができない魔術に似たものを、私にかけたの」
悔しげに、どこか苦しげに、メルトは喋り続ける。
それが、いつ、どこで、どうしてなのかは聞かない。メルトがそこに触れないということは、そういうことなのだろう。
「魔術を行使されたと思った時にはもう遅かった。みるみるうちに視点が下がっていって、目の前が真っ暗になった。人間としての私は、その時終わったと思ったわ」
人間としての終わり。
哲学的というか、宗教的というか、生活の中では聞くことはないだろう言葉に、嫌な寒気を感じた。
「・・・だけど、また気づいたら、私は人間の姿で寝転んでいた。私に魔術をかけた魔女の目の前で目が覚めたの。その後・・・猫として行動した記憶が頭にどんどん入り込んできたわ」
「・・・じゃあ、メルトは猫になっている時、人間としての意識はなくなっているってこと?」
「そう考えざるを得ないわね。その時は二日間猫にされていたんだけれど、高速でフラッシュバックしていく、猫の視点での私の猫としての振る舞い、行動。そして、猫の視点から見られる魔女の独り言、行動、時間の流れ・・・。一気に私の記憶として、流れ込んできたの」
猫として生きている間は人間としての思考を持つことはなく、猫そのものとして生き、人間に戻ったら猫だった時の記憶というか、映像は全部自分のものとして頭に刻まれる。
仕掛けとしてはそうなのだろうが・・・なんか、本当に自分の常識外だな、とつくづく思った。
「そして・・・また猫に戻されて・・・色々あって日本に来て・・・この地で野良猫をやっていたってところかしら?一度この日本で人間に戻れた時があったけれど、それもすぐに戻ってしまって・・・こうして戻ることができたのは、エイスケの家に滞在してから初めてよ」
すごい、まるで他人事のようにスラスラと現在のことまで語られた。
言っていることは非常識だが、とてもわかりやすい説明だった。
「じゃあ、メルトは猫になっていた時は、本当に猫そのものだったってことか」
「そうね・・・だからあなたの呼びかけにも、猫としての私の反応しかできなかったってことよ」
「・・・はぁーそういうことかー」
メルトが俺のことを知っているのも、パーカーの位置を見もせずに当てたことも全部、猫として見たものを記憶として持っているからだったんだ。
まだまだ疑問は尽きないが、大元の疑問が解決されて、どこかスッキリした気分だ。
なんか、長年解消されなかった持病がここにきて治った感じ。
「・・・ん?待って。メルトは、どうしてまたこうやって人間の姿に戻ることができたの?」
そういえば一番重要なことを聞きそびれていた。
目の前に突如現れた謎の金髪美女というパワーワードによって二の次にされてしまっていたが、そもそも、メルトが今こうしていられるのは、彼女にかけられた魔術が解かれたからだ。
では、なぜ?
とある魔女にかけられた魔術によって猫にされて、でも、その変身は永久のものではなく元に戻ることが可能。それはわかった。
じゃあ、今こうして、少なくとも二年間は猫であったメルトが人間に戻ることができたのはどうしてなんだ?
「そうね。魔術が解けたおかげで、こうしてまた人間に戻ることができたのだけれど・・・正確な理由は、私にもわからないわ」
「え?わ、わからないの?」
険しい顔で俺の質問に答えるメルトだったが、まさかの解答に俺は拍子抜けしてしまった。
「だ、だから私がこの姿に戻った時、エイスケに聞いたじゃない」
「あ、あー、確かに言ってたね」
『あなた・・・どうやって私を戻したの?』
昨日のちょうどこのくらいの時間帯に、メルトは俺に聞いてきた。
ユニットバスからちらりとこちらにめちゃくちゃ警戒した様子で尋ねてきた彼女を思い出す。
メルトだってどうして人間に戻ったのかわからなかったから、もしかしたら俺が魔術を解いたのかもしれないと思って、聞いてきたのだろう。
中二の頃だったら、俺にはそういう秘められた力があるかもしれないと嬉々として喜んだかもしれないが、流石にただの大学生である俺には考えられない。無理。
「もしかしたら・・・と思う仮説はあるけれど、どれもこれも確証には至らない。今までに見たことのない魔術だし。術の効果、発動方法、解除方法、魔術の継続期限はおそらく私にかけた魔女しかわからない。いえ・・・もしかしたら、あいつもわからずに、私にかけたのかもしれないわね・・・」
メルトは顔を一段と険しくして、「あいつ」とされる魔女への恨みを強めている。
魔女の世界のことはよくわからないし、メルトとその魔女が一体どういう繋がりで、どういう経緯で猫にした、されたの関係になったのかもわからない。
そのことは・・・俺が知る必要もないのかもしれないな。
「そうか。ま、戻ったことだし万事OKということか」
「ええ。さっき猫に戻っていたけれど、こうして一日経ったらまた戻れたし、魔術の力も弱まっている証拠ね。・・・はぁ、もう、猫としての生活もおさらばね」
ちくっ
・・・ん?
なんか、胸の内で何かもやっとした。
メルトの言葉に・・・何か、俺は反射的に反応することがあったのだろうか。
「これで、とりあえずエイスケが提案した話し合いに、一通りの成果は出たかしら?」
「・・・ん?ああ、そうだな。昨日反応を示さなかったことも、この二年間人間としての振る舞いが一切見られなかったことが、よくわかったよ」
メルトからの質問で、正体のわからない胸のモヤモヤを探ることは中断された。
まあ、もしかしたら後でわかるかもしれないし。
「猫としての記憶が一気に流れて来るのかぁ。っていうことは、ちゃんと俺と二年間暮らしてきた記憶も、バッチリ覚えているわけだな!なんか、よくわからないけど安心したよ」
「あ・・・。そう・・・そう、なの。だ、だから・・・」
あれ、なんか空気が変わった?
俺が晴れやかな表情をしている傍で、メルトはなんだかもじもじとし始めた。
さっきの険しい様子は何処へやら。昨日対面したての時みたいに顔が俯いている。
金の綺麗な髪の先端をくるくると回し続けている。
頰がなんだか、いや、かなり赤く染まり始めている。
「猫としての私は、じ、自分を制御できないの。昨日、ようやく人間に戻れて、その時猫としての記憶、もちろん、エイスケ、と・・・一緒に暮らした二年間の記憶も入ってきたんだけれど・・・。その、ね?」
「?」
なんだ?何を言いたいんだ?
何か伝えたいけれど自分の口からは恥ずかしくてとてもじゃないが言えないよ、とでも言わんばかりにこちらを見てくる。
「・・・」
「・・・」
え?何も言わないのは、察しろってこと?
なんだよ全然わかんねーよヒント少なすぎんだよ。
どうしても言いたくないのか、さっき狛犬が座っていたクッションを再び両手で抱きかかえ、じっとこちらを見てくるばかりだ。
・・・メルトは、猫としての記憶のことを喋っていた。
猫として行動していた時は、猫そのものとして生きるため、自分の手に負えない。
つまり、猫としての本能のままに生活している訳で、そこに人間としての思考が入ることはない。
加えて、俺との二年間の生活にも触れていた。
猫メルトとの生活はとても楽しいし、癒しの存在だ。
浮気はされてしまったけれど、それを差し引いても十分に幸せな大学生活を送らせてもらっている。
メルトには何の不満もない・・・ん?
そういえば、昨日も猫としてこの家に住んでいたと語っていた時に、顔を真っ赤にしていたな。
・・・もしかして。
「もしかして、俺が二年間メルトを人間だと思わずにメルトを抱きしめたりメルトの吐いた餌の処理をしたりメルトが用をたしたトイレの掃除を毎日したり俺が裸で部屋をうろついたりみっちゃん達と下世話な話をしたり俺が栞といやらしいことをしていたこともちゃんと記憶に刻まれていて恥ずかしいからそのことは触れないようにしよう・・・ってこと?」
ばちこーんっ
鋭い平手打ちが答えのようだ。
「え、え、エイスケ!!わかってるんなら!口に!出さないで!!変態!!」
顔を真っ赤にしてユニットバスへと逃げ出したメルトを、俺は黙って見送るしかなかった。
金髪美女に怒りの鉄槌を食らわされる日本人は、多分そうそういないんだろうなぁと、頰を押さえながら思った。
貴女は実際に変態してますけどねぇ、なんて言ったら、殺されるだろうなぁ・・・。
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