第9話 メルトの正体 前編
「昨日はごめんなさい、また元に戻ってしまって・・・」
「い、いや、気にしないでくれ。俺も、昨日は突然君を風呂場に押しやっちゃったし」
昨日と同じようにダボダボのパーカーを身にまとったメルトと、これまた昨日と同じ、俺がベッドでメルトが床と、対面になるように座る。
パーカーは前回同様ユニットバスで待機してもらったメルトに俺が手渡し、そこで着替えてもらった。
メルトの手には猫のメルトがいつも座っているお気に入りのクッションがあり、両手でお腹の前でぎゅっと掴んでいる。
「よかった・・・また、元に戻れたんだ、私・・・」
時折自分の手足がしっかりと動いているのを見て、たまらなく嬉しそうな表情をするものだから不思議だ。
・・・なんか、メルトが俺を見下ろしているように感じてあまり良い気持ちはしないのだが、こうして対面してしまった以上ベッドから降りるタイミングを見逃してしまった。
時計をちらりと見る・・・時刻は午前零時三十分。
日曜日が始まったばかりの中、いきなりすごいイベントが始まってしまった。
二日連続であまりに綺麗な金髪の美人と対面するなんて、普通だったら俺の心は持っていないだろう。
だけど、深夜に起きた出来事があまりに衝撃的すぎて、今は意外と冷静にメルトと向き合えている、と思う。
「あの、その首輪。壊しちゃったわね。ごめんなさい・・・」
メルトは俺の座っている横に置かれている青緑の首輪を見ながら、申し訳なさそうな表情をしている。
人間のメルトと対面してそうそう、二回も謝られてしまった。
「そんな謝らないでよ。仕方なかったことだし。こちらこそ、女の子なのにずっと同じ首輪をつけててごめんね」
「そんなことないわ。あの首輪は・・・エイスケが私を飼うって決めた時に買ってつけてくれたものだもの。それを、壊してしまって」
落ち込んだ様子で俯くメルト。
金の髪がゆらゆらと揺れる。
余程首輪を気に入ってくれていたのだろうか。
いや、それよりも・・・やっぱり、猫としての記憶をちゃんと覚えている。
「大丈夫。気にしないで。さ、この話は終わり。それで・・・」
揺らぎそうになった誓いは間違いなんかじゃなかったんだ。
「メルト。どうして昨日は猫に戻ったんだ?」
一人でに感動している場合ではない。
メルトがまた少し首輪のことで落ち込んではいるが、本題に移らせてもらう。
そうすれば、メルトも首輪のことなんて頭の隅に行ってしまうだろう。
昨日聞きそびれたことや、話したいことはたくさんあるんだ。
今日はとことん、質問しよう。
まずは昨日、みっちゃんの前で起きた、あの事件からだ。
「・・・私も、まさか戻るとは思わなかったわ。ただ、エイスケがとても焦った顔で、私とミッチャンを鉢合わせたくないみたいだったから、猫に戻れ!って思ったら、戻っていたの」
メルトの口から、イントネーションは少し違うが、みっちゃんの名前が出てくるのはあまりに新鮮だった。
まあ、猫の記憶を持っているのなら、みっちゃんは何度もこの家に来たんだし、覚えているのも当然か。
確かにメルトの心遣いで、窮地というか、俺が心配する事態にはならずに済んだ。だが、その後メルトは人間に今まで戻らなかった。
「その後、どうして今の姿に戻らなかったんだ?猫の時、俺の言葉に反応を示さなかったのは何で何だ?」
「・・・それは、昨日、言いそびれた言葉の続きと関係するわ。まあ、あなたが何の説明もなしに私を隠すもんだから、それは叶わなかったけれど」
じ・・・っと、上目遣いで俺を睨むメルト。
正直、可愛いという感想しか出てこなかったが、メルトには悪いことをしたなと思うので、ちゃんと謝る。
「やっぱりそのこと怒ってたんだ・・・ごめんな、急に」
「別に怒ってはいないけれど・・・テンパりすぎよ。全く」
なんか、俺、呆れられている?
メルトに注意されて反省するが、メルトの表情は・・・とても柔らかかった。
二回戻ったことで余裕が出てきたのだろうか、彼女の素みたいな部分が出始めていると感じた。
最初に見た時は、馴染みのある日本人顔じゃなかったことと、とても気高く大人びていて、だけどあどけなさも少し残っているという印象から、推定年齢の振り幅がすごい広くてわからなかったが、今のメルトを見ると結構若いのかもしれない。
「あなたは今日一日中、私の行動にとても振り回されていたけれど、昨日のうちにちゃんと説明しておけば良かったわね・・・」
姿勢を正して、メルトは一息つく。
持っているクッションを掴む力がより一層強くなっている。
どうやら、これから昨日の言葉の続き・・・どうして猫の姿になってしまったのか、
そして、それが一日中何も反応せずにただ猫として過ごしていた行動の答えを言うつもりらしい。
「エイスケ・・・昨日、あなたが誓ってくれた言葉、忘れてないわよね?」
「・・・ああ、忘れていないよ」
「・・・あなたを、信じるわよ」
確認するように俺の表情を伺ってくるのに対し、俺はしっかりと返事をする。
メルトが何であろうと受け入れるし、信じることを誓う。
不安な表情のメルトを励ますためでもあったが、その言葉に偽りはない。
「ふー・・・よし!」
覚悟が決まったかのように、俺を見つめる。
碧眼が、まっすぐ俺を捉えていた。
俺も何だか緊張して、ベッドの上で正座をする。
人間が猫になる。一体、どんな仕掛けだと言うのか。
その答えが、今、メルトの口から明かされようとしていた。
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