第8話 いつものメルト?

「・・・ナァー」


「お、メルト、やっと話す気になったか?」


ぐい、ぐい・・・


「あ、餌をよこせね・・・了解です」


===============


「ナァー」


「お、メルト、やっと・・・」


ブンブン・・・


「あ、ベランダに行きたいから窓を開けろね・・・はい、どうぞ」


ダダダ・・・


===============


「メールト」


「ナァー」


「あの、そろそろ聞かせてくれないか?昨日の言葉の続きを」


ブンッ


「・・・ハー」


高速で尻尾が往復するのを見て、俺はこの日何回目かのため息を付いた。


彼女に振られ、酔っ払い、猫が人間になってまた猫になった次の日。

俺は、朝から何度もメルトに昨日のことを問い続けているが、知らぬ存ぜぬだ。


いつものようにご飯を要求し、窓を開けろと甲高い声をあげ、俺の声を無視して日向ぼっこに励んでいるメルトは、ずっと俺が見てきたメルトの行動と、何も代わりはしていなかった。

昨日人間の姿に戻ったから、猫になっても人間のときと同じような行動をとったり、何なら猫のまま喋ってくれることを期待したけれど、蓋を開けてみれば何も起こらない。


貴重な何もない土曜日も、つい数十分前に終わって日曜日に突入してしまった。


メルトとの話し合いに費やそうとした一日は、何もしないメルトに振り回される一日として終わろうとしていた。

既にシャワーも歯磨きも終えて、後は寝るだけの状態で、俺はベッドに寝っ転がっている。


チロチロ・・・


今、メルトは取り替えた水を一生懸命に飲んでいる。

姿勢良く、舌を器用に使って水分を摂取している。

どこからどう見ても、誰が見ても猫だ。


餌だって、いつも食べているヘルシーなキャットフードを、朝も夜も当然のように食べた。

よくよく考えれば、本当のメルトはこのキャットフードを毎日食べていたけれど、人間が食して大丈夫なのだろうか?


「なぁメルト・・・戻らないのか?」


ブンッ


水を飲んでいる時に話しかけるなとでも言うように、高速で尻尾を振ってくる。


「おお、そうか・・・ごめんな」


なぜか謝ってしまった。

いつものように話しかければ良いのか、深夜に見た人間のメルトに対してのように話しかければ良いのか、一日を通してわからなかった。

あらゆる手を尽くして、何も成果が出なかった一日だった。


・・・やっぱり、俺、おかしくなってたのかな?


ふと、考えてしまう。

そりゃ考えてしまうのも仕方がないと思ってほしい。

昨日猫のメルトを風呂場で見つけてから、メルトから人間らしい反応は一度もない。それらしい振る舞いすらも見せない。

完全に猫というか、今までのメルトそのままの行動だった。


昨日、俺が何の説明もせずに隠れるようにお願いした、というか、強制したことを、ずっと怒っているのだろうか。

今日、事あるごとにそのことについて謝ったけれど、特に何の反応も示さなかった。


俺はメルトに、彼女が人間であることを信じると誓ったのに、こうも反応がないと揺らいでしまう。

・・・金髪で、整った顔立ち、モデルのようなスタイル、でも慌ただしく、忙しくなく、笑顔が素敵な・・・あのメルトは、俺が作った幻なのだろうか。


『ありがとう、エイスケ』


感謝する時に見せた、メルトの微笑み。

あの時の光景が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。


揺らぎそうになる誓いを、鮮明に記憶された言葉で再び奮い立たせる。

あの時のメルトは、笑顔は、夢や妄想なんかじゃない。

本物だった。


「また、君と話をしたいけれど・・・」


今日は・・・メルトも、話したい気分じゃないだけなんだ。

そもそも、猫であるメルトはよく知っているけれど、人間であるメルトのことを俺は全然知らない。

昨日の印象では、気高くも慌てん坊で快活な女の子のイメージだったが、実際は違うのかもしれない。

猫になっているくらいなのだから、本当はもっと自由気ままで、人の行動に左右されない人なのかもしれないし。


「・・・ん?」


そんなことを考えていると、ふと・・・俺は寝ている足に、何かの感触がした。

起き上がり、足元を確認すると、そこには壊れた首輪が落ちていた。


「あ・・・そういえば」


メルトの方をバッと見やると・・・そうだ。首輪をしていないんだ。

メルトの言動や行動に注意を向けすぎていて、何かおかしいと思っていたけれど結局今までわからなかった。

青緑のシンプルな首輪で、ブルーの短毛であるメルトに合うものを選び、飼うのを決めてからずっとつけてもらっていた。


「あ・・・」


確か・・・昨日、壊れた音を聞いた気がする。


どこかで、何かが弾けるような音を聞いたんだ。

多分、その音がこの首輪がメルトから取れた時の音だったんだ。


確か・・・何かが起きた後に、パチンッ!って音がしたんだけど、いつだったかな?



ピカッ!!!


そうだ、あの時、最初に目を開けていることが困難なくらいの光が目の前に現れたんだ。

みたいに、目を閉じて、収束するのを待つしかなかったな。

突然の出来事に、びっくりしたもんだ。

そして次に怒るのが・・・


パランッ!!


そうそう、その後、この聞いたことのない不思議な音。

一体どういうことをしたらこんな音がなるのか今ではとても不思議だと感じられるほどの余裕がある。

確か、みっちゃんも聞いていたな。驚いていたもんだ。


・・・


・・・


・・・って、あれ?


「あの・・・エイスケ、申し訳ないんだけれど。パーカー、また貸してくれない?」


俺の名前を呼ぶ、鈴のような、聞いていて心地の良い声。

数十時間前にも、この声を聞いた。


・・・ゆっくりと、声の主の方へと顔を向ける。

・・・いつもの、メルトが定位置として寝ている、端っこのクッションの方を見やる。


そこには俺が一日を費やしても何も言って来なかった、金髪美人のメルトが、顔を真っ赤に染めながらクッッションで身体を隠しながらお願いしてきた。

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