第7話 忙しない時間の終わり

「じゃあな、英介・・・月曜、ちゃんと大学来いよ」


「ああ、ありがとな、みっちゃん。おやすみ・・・」


カン、カンと軽い金属音を鳴らして階段を降りていくみっちゃんを、俺は玄関扉から見送る。

みっちゃんは実家暮らしなのだが、大学から家までとても近い。

大学最寄りの駅から二つ離れた駅近にあるこの家から歩いて20分もすれば家に帰れる。


あの後、どうにかしてみっちゃんに俺が大丈夫であることを訴えたら、なんとか納得してくれた。

変な光も目撃したし音も聞いたみっちゃんだったが、何もなかったと言うことで、若干勘ぐっていたものの、俺を気遣って少し励ました後帰っていった。


「・・・ふー」


思わず、深い息がでた。

ここにきて、どっと疲れを感じ始めた。


玄関の鍵をかけ、俺は奥の洋室へと戻っていく。


「・・・メルト」


ぶんっ


俺の呼びかけに、クッションに座っているメルトは反応して尻尾を一振りした。

自分の手で顔をゴシゴシしていた。


「・・・」


「・・・」


「・・・戻らないの?」


ぶんっ


返ってくるのは、尻尾の往復のみだった。

数時間前と変わらない、気高くて自由気ままな猫のメルトがそこにはいた。


みっちゃんに疑われて人になったメルトがいるユニットバスを覗かれた時はあわやと思ったが、そこには猫のメルトとパーカーだけだった。


・・・やっぱり、このメルトがさっきの・・・。


先ほど金髪美人のメルトに信じると言ったものの、実際にこうして消えた人型と戻った猫型を見て、本当に変化したんだと改めて確信した。


「・・・なあ、メルト、お前のせいで散々な目にあったぞ」


きっと、俺の声が届いているものだと思い、メルトに話しかける。


耳がピクリと動く。

こちらの声に反応はしているが、すぐにまた顔をゴシゴシとする作業に戻る。

まるで、こちらの言葉など意に介さないとでも言った感じだ。


「あれー?まだ話途中なんですけれど・・・」


この子が、さっき騒がしかった金髪のメルト?


さっきも思ったが、人間と猫のメルトは共通点が少ない。

あるとすれば、綺麗な碧眼くらいだろうか。


「・・・怒ってるのか?」


メルトが重要な話をしようとした時、みっちゃんから電話がかかってきて、慌てた俺はメルトになにも説明せずに隠れるようお願いした。

メルトの突飛な行動もそうだったが、俺も大概なのかもしれない。


「ごめんな、メルト」


そう思うと、無視されていることに納得がいく。

目を細めて、耳がピクリと動くだけだった。


もう、今日は人間に戻らないのだろうか。


メルトをじっと見つめる。

まだ俺の質問に答えてもらっていないというのに、このまま無反応をされるのはきつい。

メルトは・・・先ほどから目を細め・・・ついに、目を閉じてしまった。


「・・・もしかして、疲れちゃった?」


そういえば、時間を気にしていなかったなと思い、壁にかけている時計を見やる。

時刻は午前一時半。

飲んで返ってきてから、まだ二時間くらいしか経っていないいないということになる。

いや、濃すぎる二時間だったな。


スヤスヤと、気持ち良さそうに手足をたたんで眠りに付いているメルト。


この子のおかげでとんだ日になってしまったな。


「・・・」


二年間共に暮らしてきて、人間である素ぶりすら見せてこなかった。


この子は、結局なんなのだろう?

先ほどから同じ疑問ばかりが浮かんでくるが、正解を教えてくれるものはこうして床に就いてしまっている。起こすのもかわいそうだ。


・・・まぁ、明日は何もないし、ゆっくり聞けるだろう。


明日・・・というか今日土曜日は、バイトも約束も何も入っていない。

だから、メルトには今からちゃんと睡眠をとってもらって、一度頭を整理してからまた話し合いの場を設けるとしよう。

っというわけで・・・


「寝れるかな、これから・・・」


別に激しい運動をしたわけでもないのに、妙に体が疲れを感じているが、睡眠を取れるかは別問題だ。

とりあえず、俺はまたベッドに戻り、天井を仰ぐ。

あ、そういえば頭がガンガンしている。

気を張っていたのだろうか、無意識に。


・・・今日のこと、俺はどう向き合っていくのだろうか。


メルトは、人間に戻ったというが、これからどうするのだろうか。

それくらいは、早めに聞いておいた方がよかったのかもしれない。

少なくとも、今は寝そべっていることから、すぐに何かしらの行動を起こすということはないのだろう。


やるべきことは多い。だけど・・・。


信じるって、言ったからな。


そのまま、俺は思案した後、いつの間にかタイマーもセットせずに寝てしまっていた。


「おやすみ、メルト・・・」







*ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。また、小説の応援やフォローをして下さった方、とても励みになっております。ありがとうございます。

まさか作中の一日に7話も費やすとは思ってもいなかったのですが、明日の8話以降もまた長い一日を何話かにしてお送りします。

長ったらしい展開で申し訳ありません・・・。この後もよろしければお読みください。よろしくお願いします。*

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