第6話 ピンチアンドピンチ
突然、俺の脳内で勝手なシミュレーションが始まった。
みっちゃんの気持ちになって、俺を考えた場合だ。
友人(英介)が彼女に振られる→連絡を受けて先輩たちを引き連れて居酒屋にいく→酒を飲んで、励ます→浮気されていたことを知り、彼女への怒りが治らない→ひどく酔いつぶれた友人を家の近くまで送る→心配になって家を訪れる→金髪の知らない姉ちゃんが、サークルの景品だったパーカー一枚だけ着て、友人(英介)の家にいる。
・・・色々アウトだろ。
「メルト!話は後だ!隠れておいてくれ!」
「ど、どうしたの急に!?」
「頼む!事態を穏便に済ませるために必要な措置なんだ!と、とりあえず・・・」
この時・・・言わずもがなだが、俺はテンパっていた。
一番仲の良い、俺を心配して訪ねてきてくれたみっちゃんにあらぬ誤解を受けたくないという思いが、他のあらゆる対処法を消去していった。
人間になったメルトをみっちゃんに見られるのはどうにか避けたい。
その思いだけが、今まで散々目の前で起きていた奇々怪界な現象を目の前にして、あまりテンパることのなかった俺をいっぱいいっぱいにさせた。
隠れる場所、メルトが見つからないような場所・・・。
別にみっちゃんが部屋に入ってくることはないかもしれないのに、精一杯の俺にはそんなこと関係ない。
「メルト!こっちだ!」
「ちょ、ちょちょちょっと!」
「君もあらぬ誤解を受けたくないだろう?静かにしておいてくれ。頼んだ」
そうして俺は・・・玄関近くの、先ほどメルトが何度も往復したユニットバスへメルトの手を取って連れて行く。
どうかしてたんだと思うんだけれど、ここならみっちゃんも入ってくることはないだろうと、その時は考えたんだ。
バタンとユニットバスのドアを閉め、いそいそと玄関へと向かう。
ガチャンっ
「よ、よう。みっちゃん。さっきぶりだな」
玄関を少し開けて・・・何もないですよと言わんばかりの笑顔をみっちゃんに向ける。
玄関扉の隙間から顔を覗かせる。
不自然かもしれないが、メルトが気がかりで玄関を閉めて外に出たくはなかった。
「おお、英介。どうした?なんかお前の部屋から聞こえてきたけど」
茶髪のクールボーイであるみっちゃんが、心配そうな表情で俺に問いかける。
今日もお気に入りの革ジャンを羽織っているが、これがなかなか様になっていてズルいとたまに思う。
俺と同い年でここまで革ジャンを着こなせる人は周りにいないからだ。
第一印象は少しイカツイが、面倒見と人当たりの良さがギャップを生んで絶えず告白を受けている。
「へ!?あ、いやああァァ、酔っ払ってて、足がもつれて変な声が出ちゃってさ」
自分の演技の下手くそ加減に内心憤りつつ、はははと笑ってみせる。
酒なんて・・・とっくに抜けていた。
「そうか。ほら、三人で割り勘して買ったんだ。ありがたく飲めよ。後、メルトのチ○ールは、俺のおまけだ」
俺の大根芝居は特に気にされることなく、みっちゃんは手にぶら下げていたビニールからスポドリとオレンジジュース、それにメルトの大好物のキャットフードを俺に差し出す。
飲み物は酔った後の体に効くもので、酔いつぶれていた俺を心配してのチョイスだろう。
「うお、こんなに?・・・わざわざありがとな。い、いやー、本当に助かるわぁ」
みっちゃんと松村先輩とナオの心遣いに純粋に感謝の言葉が出てくる。
だが、その後どういうテンションで話せば良いのかわからず、すごい不自然な振る舞いを見せてしまった。
「・・・英介、本当に大丈夫か?お前さっきから変だぞ。やっぱり、別れたばかりのショックで・・・」
「ん!?そ、そんなことは、なくはないというか、なんていうか・・・」
みっちゃんがとても心配した様子で問いかけてくる。
って言うか、さっきの振る舞いはみっちゃんが無視してくれただけなのか。
みっちゃんは俺を心配してくれているのだが、如何せん俺はパニック状態。
メルトのことを気にしすぎていて、ろくな回答もすることができなかった。
「・・・まさかお前、自暴自棄になって、変なもの飲んだりしてないだろうな?」
「いやそこまでの馬鹿じゃないって!ほんと、大丈夫だから」
みっちゃんの心配は的外れだが・・・みっちゃんから見る俺は、そんな風に見えているの?
みっちゃんはオカン気質だから、振られた俺が気がかりで仕方がないのだろう。
それも、浮気という最悪の結末を、大学入学してからつるんでいる友人がされたというのだから、みっちゃん自身もどういう対応をして良いのかわからないのかもしれない。
どうやってみっちゃんを抑えよう・・・そう思った時だった。
パランッ!!
「・・・え?」
數十分前に、俺はこの音を聞いた。
メルトが、人間のメルトが、気づいたら俺の上に跨っていた、その数秒前に聞いた。今までに聞いたことのない不思議な音だ。
恐る恐る、俺は後ろを振り返る。
後ろで・・・正確にはユニットバスの扉の隙間から、白い光が漏れていた。
「・・・なぁ、英介」
「・・・なに?みっちゃん?」
ドアの隙間から・・・当然、みっちゃんにも、今の現象が見えていた。聞こえていた。
「なんだ、今の?」
困ったような表情で、当然出てくるだろう疑問を俺に向けた。
俺だって知りたいよ・・・。
「き、気のせいじゃないかな?」
苦し紛れすぎる言い訳を炸裂させる。
「見に行った方が良いんじゃないか?」
「い、いやー?多分大丈夫だよ。ほら、多分メルトが、そう、猫のメルトが!遊んでるんだよ」
恐れていたことが、起きようとしていた。
頭の中で警告音が響き渡る。
とっさに、メルトを言い訳に使った。
猫、の部分をやたらと強調して、みっちゃんに無理やり作った笑顔で答える。
「いや・・・メルトが何かしたって、今まで見たことのない音がしたぞ。確認させろ」
ギーーッ
言い訳を考えている間に、警戒した表情を見せるみっちゃんはドアに手をかざし、そのまま開けて、俺の横を通り過ぎる。
「邪魔するぜー」
「あ!ちょ!みっちゃん!」
さっさと靴を脱いで目的地に向かうみっちゃん。
流れるように俺の家へと進入していく友人に、ただ声をかけることしかできない俺。
何度も俺の家に遊びにきたし、泊まりもしたりしたため、遠慮なんてものは存在しない。
「ま、ままま待って!」
「うお!」
ユニットバスの方を見て驚くみっちゃん。
明らかに、驚いている。
恐れていたことが、現実になった。
・・・ああ、どうしよっかな。
「あの・・・みっちゃん、これにはわけが・・・」
「おい、なんでメルトが風呂場にパーカーと一緒に入ってるんだよ」
「・・・へ?」
みっちゃんに続いて、俺は後ろから小さな風呂を覗く。
「・・・なぁー」
二年間、何度も聞いて聞き馴染んだ、甲高い声。
小さくなった・・・というか、元に戻った猫のメルトが、パーカーの上で丸くなっていた。
「・・・へ?」
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