第4話 猫であり人間であり
*ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。今日はこの後第5話も続けて掲載致しますので、よろしければそちらもよろしくお願いします。*
「と、とりあえず、話し合いをさせてもらっても良い、でしょうか?」
「・・・そうね。それが、今は一番重要でしょう」
「え、ええと・・・そのままの格好ではあれなので、何か服を・・・」
キャパオーバーで再びショートしかける頭を何とか抑えて、メルト・・・を名乗る女性との話し合いの場を設ける提案をした。
状況の整理をしたいのは向こうも同じようなので、特に問題なく可決された。
・・・まずは話しを聞く前に、あの子の服をどうにかしないと。
流石に・・・裸のままだと気が散って仕方がないし、向こうもそれどころじゃなくなってしまうだろう。
『私・・・メルトよ』
いそいそと引き出しを開けて何かあの子が着れる服はないか確認しようとするも、先ほどの女の子の発言が頭の中を反芻する。
あの子が・・・メルト?
二年間、同じ屋根の下に生活してきた、あのメルト?
猫が、人間に??
いや、いやいやいや!と笑って否定をすることができないのは、先ほどから起きている摩訶不思議体験のせいだ。
それでも・・・猫が・・・あの気ままで自由でクールビューティーなイメージのメルトが・・・あの子?
今までで一番世の理から外れた発言に、俺はもう頭を抱えるしかなかった。
パッと、俺の部屋を一周見てみる。
メルトが、猫のはずのメルトがいつも寝ている場所も重点的に見てみるも、どこにも見当たらない。
ベッドの下にも隠れておらず、ベランダへ続く窓は開いていないし、帰って来てから開けた覚えはない。
・・・本当に、メルト、なのか?
何だ?何か俺は、試されているのか?
意味のわからないことが続き、しまいにはぶっ飛んだ発言を聞いて、俺は自分自身を疑い始めた。
「あ、あの・・・服なら、確か二番目の引き出しにエイスケの大きなパーカーがあったから、それを、着させてもらっても、いいかしら?」
「え・・・?あ、どうぞどうぞ」
服が渡されない事に疑問を持ったのか、メルト(人間)からおずおずと服の提案をされた。
俺は引き出しを開けて去年サークルのクイズ大会でもらった、180cmある俺でも着れない、一体誰が着るんだよと思うくらいでかいパーカーを取り出してユニットバスの方へと持っていった。
「どうぞ」
「ありがとう・・・ちょっと待ってて」
彼女のいる部屋を覗かないようにさっとパーカーを渡して、再びベッドへと戻る。
ガサゴソと、パーカーを着る音が聞こえてくる。
なんか・・・とても、やらしかった。
・・・っていうか、どうしてパーカーの場所を?
先ほど、メルト(人間)は当然のように俺のパーカーの場所を見てなくても言い当てた。
去年貰ってから一度も出すこともせずに眠っていたパーカーの存在に、俺も彼女に言われて思い出した。
あそこにパーカーがあるなんて、俺以外は知らないはず。
栞も・・・あ、そういえばさっき栞の事で悩んでいたな。
今となっては栞どころではなくて頭の隅に追いやられてしまっていたけれど、栞もあそこにパーカーがあるなんて知らないはず。
あと知っている人物がいるとすれば・・・。
・・・そういえば、パーカーを持って返って、机に放置したパーカーが入っているビニールを、メルトが舐めようとして怒ったな。
そして、すぐにそのままパーカーを引き出しに入れた・・・。確かそうだ。
「・・・まじ?」
当然のように日本語を流暢に扱い、俺の名前まで知っているし、服のことまで知っているなんて・・・。
本当の本当に、メルトなのか?
「いや・・・待て待て待て待て」
事態を受け入れようとしている自分がいることに気づく。
ここまできて往生際が悪いと思われるかも知れないが、こんなあっさりと認めて良いはずがない。
目の前で起きていることは、ファンタジーやそんなものじゃないと説明がつかないぞ。
どうするんだ、おい。
「お、お待たせしてしまったわ。ごめんなさい・・・」
「!、いえいえ、全然、って・・・」
なんで俺はさっきから下から伺うように話しているんだ。
なんて思っているのもつかの間、改めて現れた女性に、俺は目を奪われた。
遠慮がちにユニットバスから現れたのは、どでかいシンプルな黒のパーカーに身を包んだメルト・・・と名乗る女性。
身長は、165cmくらいだろうか。
すらりとした足が露出したモデルのような体型に、俺は見とれてしまう。
俺でも随分と大きいサイズのパーカーなので、彼女の大切な部分までしっかりと隠してくれているが・・・。
なんか、裸の時より一層、危ない雰囲気を出しているというか、結局安全ではないというか。
さっき、この人が俺に跨っていたのか・・・裸で。
ショートしていない今の俺から見る彼女は、あまりにも魅力的すぎた。
裸にパーカー一枚と、見えないぶん変なことを想像してしまい、やっぱりまだ酔っているんだなと、酒のせいにする。
そんな俺の目線を気にせず、彼女は・・・メルトと名乗る女性は、未だに自分の手を交互に見つめ、なんだか驚いたり感動したりしている。
ちょこん、とベッドに座る俺と対面するように床に女の子座りを座りをしており、なかなかに・・・際どい。
「ええっと、それじゃ・・・まずは、何からきけば良いんだろう?」
気を取り直し、口調も下からではなく対等を意識して話しかける。
年上だったら失礼に当たるかもしれないが、ここは自分のためにも堂々としておかなくてはならない。
俺と目があう。
若干、申し訳なさそうな顔をされ、なぜか傷ついた。
「そうね・・・私もだけど、あなたの方がわからないことだらけよね。好きに、なんでも聞いてちょうだい。答えられる範囲でなら、答えましょう」
鈴のような、聞いていて心地の良い声で俺のことを優先してくれた。
ここで遠慮をしても仕方がないので、思い浮かんだことを深く考えずに聞いてみる。
「君は・・・本当にメルト、なの?」
「まあ、あなたが名付けた、メルトだったものと言えば良いのかしら・・・」
「?」
辿々しく、躊躇しているもののちゃんとした受け答えをしてくれる。
先ほど裸でご近所迷惑確定の叫び声をあげて抱きついてきた人物とは思えない。
だった、か。
っていうことは、猫としてのメルトはもういないということか?
猫から変身したとでも言うのだろうか。
「君は・・・じゃあ、猫の姿として、俺と一緒に住んでいたというのかい?」
「う、うん。そういう事に、なるわね・・・」
先ほど同様、なぜかみるみる内に顔が赤くなっていっているメルト(仮)を横目に俺は思案する。
この子が、こんな訳の分からない美人が、猫として俺と過ごしていた?
え?じゃあ今までの、猫としての立ち居振る舞いはわざとだったってこと?
完全に、どこにでもいる猫そのものだったぞ。
もしかして、あれか?俺が家から出ていったすきに人間に戻って色々やっていたとか?
だめだ。全然わかんない。
ファンタジーやSFものは好きだし、そんな世界があればいいなと人並みに思ったりもする。
だけど・・・いざ、目の前でそのようなことが起きると、人はどうして良いのかわからず、無力を痛感するだけなんだなと感じた。
整理しようとして、かえってごちゃごちゃになった頭の中。
次は、何を聞くべきなんだ?
で、ふと思いついたことがある。
なぜか頭に手をやって俯いているというか、悶絶したような格好をしている疑わしきメルトに、別の質問を投げかけてみる。
「もしかして、君は、妖怪とか、そういう類のものかい?」
「ち、違うわよ!私は、正真正銘の人間!なんて事聞くのよ!」
急に強い口調で主張してくる彼女に、もしかして地雷でも踏んでしまったのかと焦る。
見ると、彼女の顔が先ほどではないが赤くなっていた。
いや、なんでも聞いて良いって言ったの貴女じゃないですかやだぁ・・・。
猫が人間になるとなったら、それはもう妖怪とそういうスピリチュアルな存在なのではないだろうかと考えたが、どうやら全然違うようだ。
よほど気に障ったのか、彼女はずいっと俺に上半身をこちらに近づける。
「ほら、どこからどう見てもそうでしょ!?」
「ちょ!?」
さぁどうぞ見てくださいと言わんばかりに体を近づけてくる彼女は、自分がパーカーしか着ていない事をもう忘れたのだろうか。
さっきまでの辿々しく喋っていた貴女はどこに行ったの?
先ほどは気づかなかったが、柑橘系の匂いが金髪から漂っている。
もう、どうすれば良いんだよ。
男にとってラッキー展開の連続だとか考えている暇なぞないくらい、早く事態が収まって欲しいと願うばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます