第1章 彼女はメルト
第1話 振られた夜に
保護した猫、メルトと出会ってから・・・二年が過ぎた。
俺はふらつきながら、ポケットから鍵を取り出して家の扉を開けた。
「たっっっだいまぁメールト!遅くなってごめんねぇぇ」
酔っ払うと口調が伸びる俺は、ドカドカと靴を脱ぎ捨てる。
玄関で待っていたメルトは、いつもと様子が違う俺に少し体が引き気味だった。
悪酔いほどタチの悪い者はないだろう。
「ちゃァんとエサ、食べたーー?お!食べてるじゃぁぁん!今、水変えてあげるからねェェ」
家を出る前に事前に餌を皿に入れておいたのだが、綺麗に完食されていた。
満足した俺は、たどたどしい足取りでお皿を持ち上げ、キッチンで新しく水を補充する。
「はぁい、メルト!たくさん飲んでねぇ!」
メルトは机の上に置いた皿のところまで来ると、一瞬俺を見たあと、いつものようにチロチロと飲み始めた。
「はっはは!俺も、水飲まないとなぁ。あいつらに散々言われたからなぁぁ」
またキッチンに戻り、コップに水道水を入れ、それを一気に飲み干す。
まだ酒の味を覚えて一年そこらだが、ここまで酔ったのは初めてだ。
氷を入れなくても十分に冷たかったが、酔いはそんなのじゃ覚めるはずもなく、水を飲み続けているメルトの元へまた戻る。
「今日はねぇ。みっちゃんと松村先輩とナオと飲んだんだぁ。メルト、覚えてるぅ?いつもより、飲んじゃってねぇ」
俺も三人も同じ散歩サークルに所属しており、仲良くしてもらっている。
みっちゃんは入学して一番最初に仲良くなって、男友達の中で一番よく遊ぶ。同期のナオは交友関係がとても広く、授業やサークルでとても頼りにしている。松村先輩はサークルの先輩でもあり、俺にバイトを紹介してくれた頼りなナイスガイ。ナオとは一年以上前から付き合っていて、常に安定した仲良しこよしを周囲に振りまいている。
そんな三人に・・・俺は飲まされた訳ではない。三人に止められるくらい、自分から飲みにいった。
やけ酒をしたんだ。
「メルトぉ。俺、栞に振られちゃったよおぉ、あはははァ・・・」
乾いた笑いが部屋に溢れる。
防音だとはいえ、大きな声を出せば近所迷惑になるのだが、その日の俺は、もう止まることができなかった。
水を飲み終え、定位置であるクッションの上に乗っかっているメルトに向かって、俺は続ける。
「しかも聞いて、メルトぉ。浮気だよ。浮気ぃ!」
二回言うことで、本当に自分の体験として起きたことであると噛み締めた。
後日、哀れむような目で、「が、頑張って、気をしっかり持ってください!」とご近所さんに励まされたのは、まんま俺の声が聞こえていたからだろう。
「栞さぁぁ、ここ数ヶ月返信の頻度は落ちるし、用事があって会えない、って日も続いてたのよ。まあ倦怠期なのかなぁ、って。彼女、栞が初めてだったからさあァァ。・・・でも、友達に、栞が、男と仲睦まじげに、歩いてるって話聞いてぇ。・・・しかも、写真も見せられちゃってええぇ。えへへ・・・」
自分で話していて、声が小さくなっていくのがわかった。
酔っ払っている俺は、鬱陶しそうにこちらを見ているメルトにひたすらに話しかける。
「・・・今日、それで、栞と話し合ったの。話し合ったら、栞は俺が悪いの一点張りでさ。あまり構ってくれない、長期の旅行に行ってくれない、私を第一に考えていない、とかさぁ。あれこれ言われるうちに、自分が悪いのかなって思って。自分のできる精一杯の時間、彼女と過ごしたつもりだっだけどねえぇ・・・。バイトにかまけすぎたかなぁ。はは・・・」
無理矢理に作る笑顔をメルトに向けてもしょうがないのに、喋るのをやめることができない。
「それでさぁ、みっちゃんに振られちゃったことを連絡したら、ナオと松村先輩連れてきて、飲んだんだぁ」
みっちゃん達が飲みに連れて行ってくれたおかげで、どれだけ不安定な心を落ち着かせることができただろうか。
俺の酔いながらの話に真剣に聞いてくれて、浮気されていたことを話したら怒ってくれて、ただ寄り添ってくれて。
みっちゃん達には感謝してもし足りない。今度もう一度お礼を言って、前に歩み出して行こうとする俺の元気な姿を見てもらおう。
だけど・・・。
「だけど・・・今日ばかりは、ちょっともう無理かなぁ」
再びメルトに話してて、飲みの席では煽れなかった涙が煽れそうになる。
家に帰ってきたことによってリラックスしたことや、もう一度自分の口から説明することで・・・栞との思い出が頭の中で浮かび上がってきたことによるものだろう。
世間では花金だか華金だとかで盛り上がっている日のはずなのに、ここまで打ちのめされている人間はそういないと勝手に思う。
「何が花金だよぉ・・・ちくしょう」
一人になって、また最悪な気分に陥る。
どうしようもない時は、寝るに限る。
明日は久々にバイトが入っていないため、風呂に入ることも何もせず、そのまま玄関から見て奥の窓際のベットに仰向けに寝転がる。
ボスっ
俺の体を受け止めるベッド。
寝転がってから気づいた。電気をつけっぱなしであると。
電気代がもったいなかったが、寝っ転がってしまってもう消すのもだるい。
ダラーンと手をベッドの外に放り出す。もう、今日は何もしない。さっさと寝て、明日の俺に俺を任せよう。
頭がガンガンする。
居酒屋で一度出したが、もしかしたらまだ出るかも・・・。
ふと、壁にかけている時計に目を向けると、まだ十二時になったばかりだった。
ガバガバと飲みすぎた俺を心配して、かなり早くにお開きになった。
近くまで送ってくれた三人は、もう帰っただろうか?
俺を肴にして、また飲み直しているのかもしれない。
「はぁー・・・ん?」
ふと、放り出した手に何かがぶつかる感触。
首を少し横に向けると・・・メルトがいた。
頭を俺の手に擦り付けている。
「メルト・・・もしかして心配してくれ・・・てるわけないと思うけど、ありがとなぁ」
手を動かし、優しくメルトの短毛を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
猫の行動を良いように人間が考えるのはあまり良くないと言うが、今日ばかりは好意的に捉えておこう。
いつも気ままで、甘えてくることも少ないが・・・こうして甘えてくれているメルトは、良く漫画とかでみるツンデレのようなキャラに思えた。
でも・・・メルトはもっと知的なイメージで、どちらかと言えばクーデレなのかもしれない。
すらりとしたメルトの体型を見て、人間像を思い浮かべてみる。
メルトは短毛だが、勝手なイメージでブルーのロングヘアーのつり目な大人のイメージだ。
クールビューティーと言う言葉を体現したかのような凛々しさだろう。
あまり他人と馴れ合おうとはせず、だけど仕事はちゃんとこなす。
とても冷たいイメージをまわりから持たれているが、たまに部下を慣れない様子で頰を赤らめながら褒めてくれる。
そんな和やかな映像が頭に浮かぶ。
・・・あれ、この場合だと俺がメルトの部下になるんだけど。
まあ、実質メルトがこの家の頂点として君臨しているし、間違いではないか。
「・・・って、何考えてるんだ、俺ぇ・・・」
はっと我に帰ると、もうメルトはおらず、また水飲み場で水を飲んでいた。
チロチロと水を飲む姿は、先ほどイメージしたクールビューティーとは似ても似つかない。
そりゃあそうだ。猫を無理やり人に当てはめたんだもの。
酔っているせいか、とてつもなくしょうもないことを妄想してしまった。
変なところで頭を回してしまい、疲れているんだと自覚する。
頭は先ほどから痛むというのに、何をしているんだ。
もしかして、栞に振られて恋しくなっているのか?
「だめだ。さっさと寝よう。おやすみ、メルトォ」
変なことを考え出した時の一番の解決方法を寝ることだ。
四月に入って少し暖かくなってきたが、まだ夜は冷えて仕方がないので布団をかぶる。
電気は付けっ放しだが、目を閉じたらさほど気にならない。
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それから、ほんの二十分くらい後。
意外にも目を閉じたらさっさと寝れてしまった。
今日のことを思い出して眠れない夜を過ごす、ということもなく、体に回ったアルコールが睡眠へと誘った。
だが、まだ深い眠りに付いていない俺は、その時の異変に気が付いたのだ。
もそもそ・・・
この時、目は閉じたままであったけれど、俺は少し意識が戻った。
すごい、ぼんやりしていたけれど。
俺のベッドの上を小さな生き物が歩いている感覚。
最高に酔っ払っていたというのに、朦朧とした意識の中、メルトがベッドに登ってきたとわかったのだ。
太もものあたりから登り始めそのままゆっくりと俺の顔の方へと向かって行っているのがわかった。
軽く、心地良い重さだ。
・・・もしかして、今日は俺の胸の上で寝るのか?
そんなことをうっすらと考えた。
メルトが俺の上で寝るのは数ヶ月ぶりのことだった。
心地よい重さなのだが、如何せん乗っかられたら体を動かすことができない。
でも、メルトが俺の上で寝てくれるのはほとんどないので、この好機を見逃すことができない。
前に乗られた時はそんなことを葛藤し、結局胸の上に二時間ほど滞在したメルトはまたいつもの定位置のクッションに戻って行った。
だんだんと俺の顔の方まで登ってくるメルト。
・・・さっきからメルトに励まされてばっかりだな。
メルト自身は俺を励まそうなんて微塵も思っておらず、本当に気まぐれなんだろうけれど、とても嬉しかった。
もそもそ・・・
メルトは腹より上の胸のあたりまで登り、そこで前足をたたんで座ったのが目を閉じたままだったがわかった。
思わず俺は気になり、重たい瞼を頑張ってあげた。
ジーッ
それはそれは近い距離に、メルトの顔があった。
近くで見れば見るほど、艶やかなブルーの短毛が細かく見える。
鮮やかな碧眼が俺を写していた。
やっぱり、綺麗な顔立ちをしているなと思った。
そんなメルトは顔をずいっと俺の方に差し出している。
この姿勢・・・きっと、撫でることを望んでいる。いや、要求している。
なんて可愛いんだ、この猫は。
俺は・・・なんだかいつも以上にメルトが恋しくなって、頭を撫でると同時に、首を少しあげてメルトの鼻にキスをした。
それが・・・全ての始まりだった。
ピカッ!!!
最初に起きたことは・・・光だった。
突然、あたりが激しい光に包まれたのだ。
瞬間的に何もかもが白くなり、俺は目を背けた。
パランッ!!
次に・・・聞いたことがない音を聞いた。
光に目をやられ、目を背けている俺の耳に飛び込んできたのは、自然界のものでもなく、かと言って楽器などで出せるものでもない、初めて聞く音だった。
パチンっ!
最後に・・・何かが弾けるというか、取れる音。
何かに耐えきることができずに、壊れてしまったプラスチックの音だった。
この間、二秒もかからなかっただろう。
俺は突然の出来事にわけもわからず、夢なのか現実なのか区別することができなくなっていた。
目を背け、瞼の裏に映るモヤモヤが消え始めた頃。
パニックになりかけている思考をなんとか収めようと必死の俺は・・・なんか、上半身が重いと感じた。
あ、そうだ。さっきメルトが俺の上にのっかていたはず。メルトは逃げ出したのだろうか。
俺は、目を開けて正面を向いた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
酔いは・・・完全にどっかいっていた。
ああ、これは夢だな。と覚めた頭で理解した。
随分ヘンテコな夢を見るもんだな、と我ながら思った。
やはり・・・栞と変な別れ方をして人が恋しくなってこんな夢を見させているんだな、と思った。
これが、夢じゃなければ何というのだろう。
だって、目の前には・・・金髪で裸の女性が、呆けた顔でまたがっているんだもの。
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