第9話 私に宝くじが当たらないのは政府の陰謀である(1枚目5日目・6月12日)

行きしなにふと使いマスクの値段を見たところ、1枚当たりが50円ほどとなっている。

初春に買い求めた頃には50枚入りが500円ほどではなかったかと思うと、約5倍の値段を維持している。

一時期の棚に一つのマスク無し、という状況を鑑みれば確かに買い求められるようにはなったのだろう。

しかし、いつの間にやら使い捨てマスクというものは高級品となり、庶民が気軽に買い求められるものではなくなったのかもしれない。

ただ、街中は使い捨てマスクの姿も数多く見かける。

なるほど、高いと思うのは私だけなのだろう。

それならば、私は大人しくこのマスクを洗わねばなるまい。


さて、この日はマスクを洗う前にジャンボ宝くじの番号を確認して億万長者の夢が散ったことを知った。

そこから生じたのが先述の価格論議なのであるが、果たして私は幾らの金があれば満足するのかと不意に考えてしまった。

そもそも、私の場合は旅してまわるのが好きな性分である。

本当に国内を好き勝手に回ろうと思えば、一日で10万円があっても足りない。

夜の街で10万円などは打ち上げ花火にすらならない。

桁を一つ上げれば辛うじて耐えられよう。

ただ、それだけで年に4億が必要になり、これをあと40年ほど繰り返すとなれば160億円が必要か。

加えて車や拠点となる家、趣味の品々を買い揃えればこれでも足りなくなってしまう。

考えれば考えるほどに必要な金額が積み重なってゆき、果たして満足する金額などあるのだろうかと強い不安が襲い掛かってくる。

ジャンボ宝くじの最高額は前後賞を含めての10億しかない。

必要な金額を考え続けては夢も何もなくなってしまう。

既に、ドリームは実現しなかったのであるが。


逆に、先の宝くじの賞金である3億円を何に使おうかと考えると、陸奥・信州の一人旅とガスレンジ付きのマンションへの引っ越しに車のメンテナンスでとどまった。

陸奥と信州の旅路は蕎麦三昧と仙台を除いての居酒屋巡りが楽しみで、それが何とも楽しそうである。

住まいは家の管理が面倒であるものの、人を呼べる程度の広さとガス調理の楽しさを求めて市内で借家かマンションに越したいのである。

そして、車は今のデミオに愛着が沸いており、先日ぶつけてしまった部分の修理とその他のメンテナンスをして乗り継ぎたい。

何とも余裕をもって終わることができた。

やはり際限なく思いを積み重ねては欲も果てを失くし、限りが見えればその中で楽しみを見つけられる。

加えてその夢見の気分はとても心地よく、それを求めて私は宝くじを買うのかもしれない。

また、夏も楽しみを一つ求めよう。


洗い終わったマスクがどこか震えたように感じる。

物干しにかけ、そっと一言。

「また、次も頼むな」

なに、私は一度使い始めたものは中々捨てきれないのである。

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