第16話 親の気持ち
「お前の本気を見せてみろ。お父さんが直々に本気で稽古をつけてやる」
「え、あの……」
「ほら、こっちだ。お前もその鉈を持てるんだ。……そうだな、これでいだろう。これを使え」
「おい、アランっ。それは!」
そう言って小屋の中の簡易的な武器庫の中から放ってきたのはショートソードと呼ばれる、実剣だった―――
「いいんだ、トラマー。本物を使わないとわからないこともある」
「おいおい、本気かよ」
「当然だ。カイト、そら外に出るんだ」
「……はい」
そう、か。お父様は本気みたいだ。本気で僕と稽古をつけてくれるのだろう。今の僕にできる対応はいつもの稽古のような木剣ではなくて、このショートソードで力を示すことなんだろう……
「分かりました。僕の本気でお父様に挑みます」
「おいおい、こっちも本気じゃねぇかよ。セレキス、いいのかよ?」
「はぁ~、仕方があるまい。こうなったらとことん話し合ってもらうのが一番なんだろうさ」
「話し合う、ねぇ?」
――――――――――――――――――――
「カイトいつも通り3本勝負の稽古だ。いいな?」
「はい……」
お父様との稽古は基本的な型の練習、試合形式での3本勝負、大体いつもこんな感じの内容だった。でも今回は僕の実力を見たいってことらしいから最初から勝負になったんだろう。
「それと今回は実剣を使った形になる。怪我はあるかもしれないがリーファ様がお前の怪我は治してくれるのだろう?」
「えぇ、私がちゃんと治してあげるわ。……あなたの傷もね」
「そう、ですか。それはどうも」
さっきとは変わってすっかり戦闘態勢に入っているみたいだ。いつもの稽古の時よりもはるかに纏う気配が違う……
「カイト、いつでもどこからでもかかってこい。始めるぞ」
「分かりました」
小屋を出て開けた場所に移動して、僕とお父様の稽古が始まった。
「どうしたカイト、じっとしていては状況は何も変わらないぞ!!」
「……」
「黙っているだけか!カイトォっ!」
「なっ!坊主が……」
「アランの背後にっ!」
「……」
発破をかけてきたお父様の荒げた声を合図に全身に巡らせている氣を使いながら一瞬でお父様の背後に回る。
まずはご機嫌取りにいつももらっていた一本じゃなくて、実力でもらいますよ。お父様―――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日の演習を取りやめて、俺の息子のカイトの捜索を始めようと動き出したところに、あの元気っ子の声が聞こえたんだ。
「まだ心の準備が!あぁあ!!」
「っ!!この声はっ!カイトっ!カイトの声だ!」
「何っ!どこだ!」
トラマーのやつには聞こえていなかったようだが、俺にはよくわかる俺の子だ。間違いない。向こうだっ!
「いたぞー!旦那!あんたのとこの倅だ!…って誰だ?あんた?」
うちの隊の一人がカイトを見つけて叫んでくれていた。だが何か様子がおかしいようだ。
「カイトー!無事か!カイトーーー!!」
いたっ!カイト!心配させやがって……
思わず足に魔力がこもってしまう。一瞬でカイトのところに行き、カイトを抱きしめる。
「ぐぇっ!お、お父様…」
「カイト!カイトカイトカイト!心配させやがって!一体どこにいたんだ!?おい!」
「く、苦しいよ。お父様」
そうだ、この温もりだ。この子だ。俺の息子だ。よかった。ちゃんといた。いなくなってはいなかった!
「おいおい、落ち着けってアラン」
「っ!あぁ、すまないな、カイト。苦しかったか?」
遅れて後方からトラマーが来たようで、一心にカイトを抱きしめていた俺を正気に戻してくれた。
「平気だよ?ゲホッ…」
「苦しかったんだな…」
「うん。実は…」
多少、いやかなりきつく締めてしまったようだ、カイトも少し顔が青い……。まぁ、それだけ心配したってことだ。いや、本当に良かったんだが……。
「で、あんたは誰なんだ?お嬢ちゃんよ」
俺も今更だがようやく視界に入ってきたこの美少女、人、なのか……? それにしてはカイトの魔力を帯びているようにも感じられるこのお嬢さんの……いや、この魔力は、まさかっ!
――――――――――――――――――――
お嬢さん、もといドライアドのリーファ様が話してくださった内容はまさに衝撃だった。
まさか5歳の子供が魔力だけで精霊との契約を果たすなんて聞いたことがない。いや、そもそも本物の精霊使いには冒険者時代に数人しかあったことがないのだが、そのどれもが大きな力の代わりに契約として何らかの習慣を義務付けられていたり、何かしらの献上物が必要であったりと対価はいろいろだったが、魔力だけでは決して補うことのできない何らかがあった。
しかしこの子は膨大な魔力で持ってすべてを補っているという。もちろんドライアドなんていう大精霊様との契約だ。もっと身近にいる精霊たちとの契約とはまた違ったものなのかもしれないが単純に考えて対価はもっと大きいものになっていいはずだ。それが魔力だけでなんて、うちの息子は稽古の時にも感じていたがとても5歳とは思えない……
そうだ、ドライアドと契約したなんて話ですっかり抜けていたが肝心なことを聞いていなかった。
「ところで、カイトお前どうして森の中に行ってたんだ?」
そう、そうなんだ。契約したことはもうこの際仕方がない。いや、そんなことはないんだが、とにかくどうして夜中に森の中になんかいたのか。これが一番聞かなくてはならないことだ。
確かにこの子はもともと夜中でもふらふらしながらそこらを歩いてしまう変わった癖のある子だったが、それにしては用意がいい。手には鉈を持っていたし、服装も寝間着ではなくて稽古をするときにも着るようなものだ。明らかに自分の意思で外に出ている……
「あ~~~、その~~~え~~~~~」
そしてそのことに触れたとたん明らかに戸惑っている。まぁ、正直なところ答えはわかっている。この子も男だ。力に憧れる、なんてことは誰にだってあるし、それこそ男女関係なく聞く話でもある。
「実は、どうしてももっと強くなりたくて、森の中で修行をしていました」
「カイト……、お前……」
だが、この子はもう強い。おそらく俺たちの村、いやヴィーグルヴァバルト領内でもこの子に並べる5歳児なんていないと思えるほどにこの子は強かった。そのことは稽古の時にいつも伝えていたし、何よりそういわれて慢心するような子ではなかった。
にも拘わらずこの子は足りないと言う。もっと力をつけたいという。役に立とうとしてくれているのだろう。家でもそうだ、いたずら好きなところも多いがこの子は基本的にとてもまじめで良い子でいてくれている。手伝いも口ではいろいろ言うこともあるが必ず最後まで頑張ってくれるし、素直に話も聞く。そして姉二人のこともいつも自分なりに気を配っている優しい子だ。
そう、良い子、なんだ。ずっと。森で見つけて、家に連れてきてからもずっと……
この子は誰が何と言おうと俺の子だ。血がつながっていなくても、髪の色が黒くても瞳の色が黒くても、だ。そのことを俺は、俺たち夫婦は、いや俺たち家族全員がずっとこの子に注いできたつもりだ。それはこれからだって変わることはない。 だが、この子の今の顔からは本当に申し訳ないことをした、大変な迷惑をかけてしまったという気持ちがありありと浮かんでいる。いや、それ自体はいい。むしろそうであってほしいと思わなくはないが、この子は5歳の子供だ。魔物と戦うにはあと4,5年は先になるのが普通だ。もっとわかりやすく大泣きしてくれて構わないんだ。もっと感情的でいていいんだ。だが、この子からは理性的なものを感じるし、どこか遠慮、のようなものを感じてしまう。だからだろう……
「それは本当なの?カイト……?」
彼女がこんなにも怒っているのは。
「リーシュっ」
「あなたは黙っていてください!」
「あ、あぁ……」
止めるべきなんだろうが、俺も言葉が出てこなかった。そして……
「僕は、その、お二人の息子で……」
このセリフとどこか他人行儀なその表情は本当に痛かったんだ。よくわかったのだろう、賢い子なのだろう……。立場上どういう問題があるのか、ことの大きさが、そういったものが分かってしまったという顔で、こんな時にも崩れることのない丁寧な口調が痛いほどわからされた。この子は本当に賢くて、何もわかっていなかったんだということが。
リーシュもそれを感じたのだろう。それでも話さなくてはいけないことだからと建前の話をする彼女。そしてもう一度その手で息子を打とうとして―――
それはさせられないんだ、君の手だって痛いんだろう?何よりすまない。本来これは家の主たる俺の務めだ。だから、カイト、お前にはわかってもらわなくちゃいけない。
お前はまだ子供でいいんだってことを。
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