第55話 晴れの日はデート日和

 ある晴れた土曜日。カーテンを開けると差し込む眩しい朝陽に目を細める。


「うーん、今日天気いいなぁ……」


 ここ数日天気の悪い日が続いていたから、久方ぶりの太陽がなんともいえず心地よかった。ぐっと伸びをしてあくびをもう一度。


 ああ、こんな日は。七海とどこかに出かけたいなぁ。


 以前までの俺なら心地のいい日にキメる二度寝が最高だとか抜かして布団をかぶり直していた気がするが、彼女ができると世界はこんなに輝いているのか。

 思い立ったら吉日。七海にメールするため枕元のスマホを取りに行こうとしていると――目の前の、お隣さんのカーテンが開いた。

 ふわふわとした寝ぐせが愛らしい見慣れた美少女。風に靡く黒髪。ぐっと背中を伸ばすとゆるふわパジャマ越しでもわかる豊満な胸が一層大きく見えて……

 ぱちくりと、大きな瞳と目が合った。


「あ。ヒロくん。おはよぉ」


 にへら、と笑う無防備MAXな挨拶が可愛すぎるっ!!


 キューピッドの矢で射抜かれたような動悸をおさえ、俺はなにげなく挨拶を返した。


「おはよう、七海ちゃん。今日は――」


「いい天気だね?」


 言い終わる前に先を越され、そして――


「ねぇ。今日ヒマ? 一緒にどこか行こうよ。こんな日はヒロくんとデートしたいな」


 改めて、思う。

 俺たち、幼馴染だなぁって。


「はは。ちょうど同じこと考えてた」


「ほんと!? うれしい!」


 輝くような笑顔が朝の太陽より眩しい。うれしいのはこっちの方だよって……

 そんなこんなで、俺達は青空の下デートへ行くことになったのだ。


      ◇


 取り急ぎ着替えて家の前に集合。

 七海はオーバーサイズ気味の萌え袖ニットにミニスカートという相変わらずの天使っぷりだ。さっきベランダ越しに会ってからほんの少しの時間しか経っていないから、コーデも化粧もそこまで凝ってないだろうに。この圧倒的可愛さ。

 もう何着ても可愛いよ。いや、この際何も着なくても可愛い。


「ヒロくん、どこ行こうか?」


「とりあえず駅?」


「いいね。遠出したい気分」


「晴れだしね」


「だよね♪」


 ノープランでも順風満帆。

 だって幼馴染だから。なんとなく行きたいところは同じになるもんだ。


 駅についた七海はふと大きな広告に目を止めた。

 マスコットキャラのスヌーピーの寝そべる姿。鮮やかでポップな文字が「HOLIDAY!」と踊るショッピングモールの看板だ。

 可愛いもの好きの七海は、今日からそこにやって来るというスヌーピーの巨大バルーンが見たいようで……


「行こうか」


「いいの!?」


 そんな嬉しそうな顔されて、ダメな理由があるわけない。


「俺、あそこのショッピングモールにあるドーナツ屋が好きで。姉ちゃんも大好物なんだよ。ドライフルーツの入った丸くて甘すぎるドーナツ。ミルクたっぷりのコーヒーと一緒に食べるとたまらなく美味い」


「なにそれ! もう聞いてるだけでたまらなく美味しそう~!」


「じゃあおやつは決まりだ」


「決まりだ~!」


 にこっと手を握る七海と共に、俺達は電車に乗り込んだ。


 朝起きてすぐに出かけたせいか電車はまだ空いている。端の席に座ってどんなお店があったかと、スマホを手にふたりしておでこをあわせていると、しばらくして小さな子どもを抱いた家族連れが乗り込んできた。

 一歳くらいだろうか。立てはするが、歩くにはよちよちといった感じが抜けきらない赤ちゃん連れだ。父親は赤ちゃんを両腕で抱っこし、母親は畳んだベビーカーを押している。

 他に開いている席がなかったので、少し離れている気はしたが俺は席を立った。


「どうぞ。赤ちゃんをお連れなようなので……」


「え。いいんですか?」


 優先席でもなかったので、少し戸惑ったのかもしれない。だが、こくりと頷くと母親は頭をさげて破顔した。


「ありがとうございます……!」


 そして、「だぁ」とか「ぱぁ」くらいしか言わない小さな子どもに向かって「よかったねぇ」と笑みをもらす。ママみが深い。不覚にもなんか可愛いと思ってしまった。母親はちょいちょいと父親を手招きして、赤ちゃんを膝に座らせる。


(七海ちゃんも、母親になったら子どもにああいう顔するのかな……?)


 つられて立った七海と一緒に降車口付近に移動すると、ぽつりと七海が笑みを浮かべた。


「ふふ」


「どしたの?」


「あ。いや、その……」

 

 笑みが漏れていたとは思わなかったのか、七海は恥ずかしそうに口元で手をふりながらほんのり頬を染める。


「やっぱり、ヒロくんはヒロくんだなぁって……」


「ん?? どゆこと?」


「あのね、私思うの。どれだけ顔が良くてカッコ良くてお金持ちな人よりも、ああいう風に、困ってる人に当たり前みたいに席を譲れるヒロくんの方が何千倍もかっこいいよなぁって……」


 目を細め、じんわりと想いに浸るように語る姿に、思わずどきりとしてしまう。

 俺からすれば、そういうことを言ってくれる七海ちゃんの方が何千倍も天使なわけで……


「あ、それより! 可愛い赤ちゃんだったね。家族でおでかけかな? いいね、ああいうの。幸せファミリーっぽいっていうか、見ていてこっちまでほんわかした気持ちになる……」


 まだ照れ臭いのか、話題を逸らそうとする七海。

 だが、次の瞬間。


「……私も、将来はああいう風になれるかな? その、ええと……ヒロくんと……」


 ちらりと伺う赤面した上目遣いに、俺の心臓は萌え死――


「ヒロくん。やっぱ好き」


 にこりと小声で。誰にも聞こえないようにそう囁く七海に、俺は。


「……ぁ、りがと……」


 と。俯きがちに照れ顔を隠して呟くしかなかったのだった。

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