第52話 幼馴染の彼女と十年ぶりの遊園地③(遊園地編・完)


 念願のジェットコースターをはじめ、シアターやライド系のアトラクションをとことん楽しんだ俺達は、お土産屋でお揃いのストラップなぞを購入して、パレードを楽しんだ。

 可愛いキャラクターモノのストラップ(しかもお揃い)なんて、以前は「よくあんなのこれ見よがしに鞄に付けられるな」「爆発しろ」なんて冷めた目で見ていたわけだが、世の彼氏たちがアレを付ける意味がわかったよ。


 彼らは、ストラップを付けているんじゃない。「彼女にお揃いを望まれた=俺って愛されてる」という事実を目に見えるカタチで保持し、それらを目にする度に悦に浸って幸福を感じているのだ。


 かくいう俺も、お土産屋で「ヒロくん、これ、お揃いにしようよ?」なーんて言われたら「おいおい、可愛いなちくしょう!」と内心で自ら爆ぜ、羞恥心は塵と化したわけだ。


 そうして暗くなり、灯に照らされ始めた広場で、俺達は仲良くレジャーシートの上にちょこんと腰かけて夜のメインイベントに備えていた。手元には並んで購入した期間限定の飲み物。狭いシートの上で寄せ合った肩から伝わる熱が懐かしい。たしか、夏祭りで花火を一緒に見たときもこんなことがあった。何度経験しても、幸せな狭さだ。


「あ、そろそろ始まるみたいだよ?」


 くい、と肘を引かれて周囲を見渡すと、灯りが徐々に落とされていく。それと同時に、頭上の音響機器がはじまりを告げた。瞬間。目の前に七色の光が満ちる。


「「わぁああ……!」」


 美しくライトアップされた城に投影されるプロジェクションマッピングは圧巻で、響き渡る音楽と相まって幻想的かつ夢いっぱいの思い出を俺達に残してくれた。


(ショーが楽しいなんて、はじめてかも……)


 それはきっと、七海が隣で表情をころころと変えて、知っているキャラクターが出るたびに「ねぇ、見て!」と言わんばかりにこちらに向かって顔を輝かせるからかもしれない。


(本当に、来てよかったな……)


「七海ちゃん、今日は楽しかった?」


 なんとなく呟くと、七海は満面の笑みを咲かせる。


「うん……! ありがとう、ヒロくん!!」


 ああ。この笑顔の為に、生きてる……


 俺は今、仕事終わりの冷えたビールに浸る父さんよりも幸せかもしれない。


「そろそろ帰ろうか」


 おわりを告げる園内で帰路についていた俺達だったが、パークを出る手前で、ふとある光景に目を奪われた。不意に聞こえた大きな泣き声と、目に映ったのは、まあるい赤。


「お母さん! おかぁさぁあん……!」


「ああもう! だから手を離しちゃダメって言ったじゃない!!」


「わぁあああ……!」


 風に流されて近くの木に引っかかりそうなソレを見て、咄嗟に駆けだす。


(とどけ、届け……!!)


 花壇の縁石を足場に目一杯ジャンプすると、指先が僅かに引っかかった。すぐにくるくると糸を手繰り寄せ、泣いている女の子に真っ赤な風船を差し出す。みっきーの形をした、可愛らしい風船だ。


「……はい。これ」


「……!」


「もう、手を離さないようにね」


「あ、ありがとう、お兄ちゃん……」


「すみません! ありがとうございます!」


 おずおずと受け取る少女に笑顔を向けると、隣にいた母親も大げさに何度も頭をさげる。

 微笑ましい親子と別れた俺は、一瞬の出来事にぼーっと立ち尽くしていた七海の元に戻った。


「ヒロくん……」


「ごめんごめん。つい、足が……」


 居ても立っても居られなかったのだ。

 だって、あの光景は、十年前にも見たものだったから。


 あの頃、俺達はふたり揃って泣いていた。


 買ってもらったばかりの赤い風船を空に放してしまった七海と、天高く気持ちよさそうに飛んでいく風船を前にして何もできなかった俺。どうしようもない悲しさと悔しさで、俺たちは泣いていた。


「今度は、助けられてよかった」


 その言葉に、七海は大きく目を見開く。


「ヒロくん、覚えてたの? 小さい頃、私が同じように風船飛ばしちゃったこと……」


「忘れられるわけがないって。あのとき、俺は悔しくて泣いたんだから」


 答えると、七海は何を思ったかそっと手を握る。

 そして、俯きがちに頬を染め、ぽつりと――


「ヒロくんさ……ほんとうに、かっこよくなったよね……そういう優しいところ、十年前と変わらないはずなのに。変わったところも、沢山あって……」


「な、何? 急に……」


「ねぇ、私……今日はまだ帰りたくないな。もうちょっと、ヒロくんと一緒にいたいよ……」


 出口のゲートの前で名残惜しそうに手にぎゅうっと力を込める七海に、俺は笑った。


「あはは……! あははは……!」


「な、なんで笑うの!? 私、おかしいこと何も言ってないよねぇ!?」


 わたわたと焦りだす七海に、俺は引きつる腹筋を抑えて告げる。


「だって、七海ちゃん……! 十年前と言ってること変わらないから……!」


「……!?」


「確かあのときも、『帰りたくないよぉ』って出口でダダこねて……! あははは……! ほんっと、変わらない!」


「そ、そういう意味で言ったんじゃ……! これは、えっと、その、『終電逃しちゃったよぉ』的な『帰りたくない』で……!」


「ふふ……! あのとき、俺がなんて言ったか覚えてる?」


「え……?」


 問いかけると、思い出した七海は顔が真っ赤だったのが次第に綻び、口元に手を当てて、俺と同じように笑った。


「そうだ、思いだした……! ヒロくんあのとき、ああ言ってくれたんだ……!」



 ――『明日も、また。一緒に遊ぼうよ』って……



「七海ちゃんてば、そう言ったらすぐに満足してさ。帰りのバス乗った瞬間寝てたじゃん……!」


「あれ? そうだったっけ……?」


「そうだよ。それで、翌日も朝早くから一緒に遊んだ」


「そっか……そうだよね、そうだったよね。だったら、明日も――」



 ――『一緒にあそぼ?』



 にこーっと微笑む七海と共に、俺達は新しい思い出が追加された遊園地を後にした。まるで魔法にかけられたみたいな、胸いっぱいの満足感を抱いてふたり仲良くバスに乗り、


(ほんと、変わらないなぁ……)


 十年前と同じ、すやすやと眠る頭の重みを肩に感じて、

 変わらない手のぬくもりに心地よさを覚えながら、家路についたのだった。



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