第51話 幼馴染の彼女と十年ぶりの遊園地②


 暗闇の中、星屑に照らされた宇宙の道を超高速、急上昇、急降下で駆け抜けるジェットコースターアトラクション。それがスペースマウンテンだ。

 定番と言えば定番。王道なアトラクションにも関わらず、七海と乗るのは初めて。

 だって前に来た時はお互い幼稚園児だったから、身長が足りなくて乗れなかったんだ。


「どきどきするね、ヒロくん!」


 薄暗い通路で並びながら、七海が笑顔を向ける。

 ひゅんひゅんと星が流れて、シャトルの発射される音が周囲に響き渡る。宇宙旅行のクルーと思しき女性のアナウンスが流れる中、俺達は各々胸を弾ませていた。


(これ、思ったより横の旋回が早いから密着度が高いんだよな……)


 前に姉ちゃん(Eカップ)と乗ったときはぎゅうぎゅう押し付けられてめちゃくちゃ狭い思いしたけど、今回はそれを七海ちゃんと味わえるのか……


 ……控えめに言ってサイコーだ……


 そんなサイテーなことを考えている俺の気など知らず、七海はわくわくと瞳を輝かせた。


「ねぇ、ヒロくんはジェットコースター平気なの?」


「うん。七海ちゃんは?」


「私もねぇ、今度こそ平気! むしろコースターは大好きだよ! あ、でも、縦に落ちる系はちょっと苦手かも」


「俺も」


「ヒロくんも? あれさ、心臓がヒュってなるんだよね」


「そうそう。なんか寒いような怖いような、なんともいえない感じの悪寒が苦手……」


「あはは~一緒だ。じゃあ、滝に落ちるスプラッシュマウンテンはやめておく?」


「七海ちゃんが乗りたいなら俺は構わないよ」


「……がんばっちゃう?」


「「…………」」


 しばし見つめ合った俺達は、互いの意図を理解して口元を緩めた。


「……気が向いたらにしようか」


「ふふ、そうだね……! 時間が余ったら、ね!」


 こういう、意思疎通がすんなりと図れるあたり、幼馴染が彼女って素晴らしいなと改めて思う。


 十年前、広い園内で乗れるアトラクションはひとつふたつくらいしかなくて、ずーっとイッツァスモールワールドでふたり仲良くどんぶらこと舟に揺られていた記憶が懐かしい。

 ふと隣に視線を向けると、周囲の星屑が霞むくらいの美少女に成長した七海が映る。


(また七海ちゃんと来れた……今度は、ふたりで……)


 ――『大きくなったら、また来ようね』


 十年前にできなかったジェットコースターへのリベンジをこうして果たしに来れるなんて。

 密かに感動していると、七海は何を思ったか、こしょこしょと耳元で囁く。


『ねぇねぇ、ヒロくん?』


『なに?』


『真っ暗、だね? 周りのお客さんの顔、全然見えないや』


『そりゃあ、このコースターは宇宙がモチーフなんだから』


『コースターの中は、もっと暗いんだって?』


『え? うん、多分……?』


 言いかけていると、七海はイタズラっぽくにや~っと笑う。


『この暗さなら、チューしてもバレないかもよ?』


『……!?』


『ふふ。……してみる?』


『…………』


 あ~も~…………


 十年前は、こうなるとは思ってなかったよ、ほんと。色んな意味でな。


『お客様? アトラクションにお乗りの際は、安全第一……』


『ヒロくんつれな~い』


『ちょっ。別に俺だってイヤなわけじゃなくて、常識的に考えて――』


 ぷくーっ。


『いくら膨れてもダメなものはダメ!』


 あああ! 可愛いなぁ、もう!


 そんなこんなで順番が訪れ、ジェットコースターに乗り込んだ俺達はいざ、宇宙へ飛び出さんとして……


「ん……せまぃ」


 ……セーフティバーが、閉まらない。


 言わずもがな、七海のFカップがむぎゅう、と邪魔し、バーが降り切らないのだ。


「七海ちゃん……大丈夫?」


「んっ……! ん~……!!」


 カチャン、と固定されるまで、全員がセーフティバーを降ろさないとコースターは出発しない。最後尾に乗り込んだ俺達のところまでクルーさんが点検に来るまであと六人……!


「んっ! んんっ!」


「七海ちゃん、無理に閉めるとあぶな――」


 ……ふにゅん! ……ガチャッ!


「はぁ……できたぁ!」


 どや! とこちらを振り返る笑顔が大層愛らしいが、上から降ろすタイプのセーフティバー――そのU字の部分に胸を寄せまくり押し込んで乗っけることでしか閉められなかったんだろうか。絶対、他に良い方法があったと思う。俺はクルーさんに問いたい。もっと大きいサイズの人が来たときはどうしているのかと。


「七海ちゃん、それ……」


 寄せすぎて、鎖骨のすぐ下までくっきり谷間が見えちゃってるけど……


「ん? なぁに? ちゃんとできたよ? ガチャって音したもん」


「あ、うん……」


 もう、突っ込むだけ無駄か。


「……俺以外の人と乗るときは、係員の人にセーフティバー降ろしてもらわなきゃダメだよ?」


「なんで?」


「なんでも」


 ……ほんと、無自覚でこの破壊力だから、色々心配すぎるんだよなぁ……


 修学旅行とか、寝間着に毎朝見るいつものジェラートピケ持ってくるのかな? あんなゆるふわ、ならぬパジャマで館内うろついたら、周囲の視線が集まりすぎて……ガードするにはどうしたら……


(はぁあ……今から考えただけで胃が痛ぇ……)


「はぁい、全員セーフティバーOKです!」


「ヒロくん、出発するって!」


「よかったねぇ」


 チェックに来たクルーさんが、女の人でさ。


 そうして、十年越しにふたりで乗ったジェットコースター。

 スペースマウンテンの急旋回、急上昇、急降下は思ったよりも早くて、機体が風を切るようで。頬は冷たいのに、終わって出てきた俺達の体温は感動と興奮でとてもあつくなっていた。

 半ば放心状態のまま出口からとぼとぼと出てきた俺達は、ふたりで顔を見合わせる。


「はは……」

「あははは……!」


「「あはははは……!」」



「「た、楽しかったぁっ……!!」」



「ジェットコースターってこんなに早かったっけ!?」


「いや、俺も久しぶりすぎて覚えてない……」


「すごい! すごい楽しかったね!」


「うん……! でも、かなり旋回したけど七海ちゃん大丈夫だった?」


 どこが、とは言わないけど。俺ですらセーフティバーの締め付けが結構キツかったんだから、七海にとっては相当だったんじゃないかな。食い込んで痕とか付いてないといいけど……

 ふと視線を胸元に向けると、七海ははた、と気が付いたように目を合わせたあと、ブラウスの襟に人差し指をかける。そして、こっそりと中を見せるようにしてかがみ込み――


 ――『確かめて、みる?』


「……!」


 にや~とイタズラっぽい上目遣いに、もうため息しか出てこない。


(どうしてこうなった……いや。こんな小悪魔になったんだ……)


 幼い頃は予想だにしていなかったよ。まさか俺達が大きくなって、付き合って、七海ちゃんはこ〜んな積極的な小悪魔になっちゃって。そんな七海ちゃんに、口では注意しつつも内心デレデレしながらふたりで仲良くデートすることになるなんて。



 十年前。ジェットコースターに乗れなくてしょんぼりしていた俺たち。

 身長を測る看板の前で残念そうに「大きくなったら来ようね」と呟いた、その小さな背中に教えてあげたい。



 ――『ジェットコースター、ふたりで乗れたよ』って。


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