第50話 幼馴染の彼女と十年ぶりの遊園地①


 後日、ある晴れた休日。俺達は揃って列に並び、軽快な音楽に耳を傾けていた。

 現実世界を隔離するかのように立ち並ぶ見渡す限りのファンタジーな建物と、周辺を闊歩する愛らしいキャラクター達。

 そう。俺達は、ディズニーランドにやってきたのだ。


「ヒロくん見て見て~! ぷーさんがいる~! 可愛い~!」


「そうだねぇ、可愛いねぇ」


 ……七海ちゃんが。


 ぷーさんを見て目を輝かせて、無邪気にきゃあきゃあ手なんて振っている七海ちゃんが可愛いねぇ。まるで幼稚園児みたいだ。

 身体は大人、中身は子ども、ロリ巨乳七海……! 

 ……なんてな?


 三月にしてはあたたかい今日の私服は、白いシフォンブラウスに膝上丈のスカート姿。日が沈んで寒くなるといけないからと羽織ってきた、カーディガンの裾が所謂萌え袖で、案の定萌える。


 今朝玄関で待ち合わせしたときは「ミニスカ寒くないの?」と思ったが、七海は以前、「ミニスカはお洒落の一環だからやめられない」と言っていたし、「そういう恰好は若いときしかできないから、今のうちにどんどんしておきなさい」というのがお母さんからの受け売りらしい。

 なんて素晴らしい教えなんだ……さすがは

 ……おっと。まだお母さまだったな。ついつい口が……ふふっ。


「ヒロくんなにデレデレしてるの? ひょっとしてぷーさん好きだった?」


「いや。ぷーさんは別にそこまで」


「じゃあぴぐれっと?」


「ん~……強いて好くならいーよーかな」


 あの、ぼんやりしたロバ。

 少なくとも陽キャパリピっぽい虎よりは幾分マシな気がする。


「いーよーも可愛いよね! ねぇ知ってる? あの尻尾、釘でくっついてるんだよ?」


「えっ。うそ。グロくない?」


「いーよーはぬいぐるみだからいいんだよ~」


「い、いいんだ……」


(女子は可愛いの名のもとにあらゆるグレーゾーンを看過していると思うのは俺だけか?)


 ……なんて。そんな他愛ない会話に花を咲かせていれば、アトラクションに乗る列に並ぶのも全然苦じゃないわけで。

 昔、姉ちゃんにせがまれて一緒に来たときは「こんな列に並んでまで乗りたいもんか?」と首を傾げたが、彼女と来ている今は違う。


 あぁ――フツーに乗りてぇよ。


 肩を寄せ合ってジェットコースター乗りたいし、コーヒーカップで密着して騒ぎたいし、なにより「可愛い!」を連発して終始嬉しそうな七海が可愛い!!

これはもう、チケットをオススメしてくれた青柳に感謝感謝……

 というか、並んでいる時間すらも楽しいんだから。何してても楽しいよ。


(これが『彼女と来ているマジック』の力だというのか……恐るべし、七海ちゃんパワー)


「……ヒロくん?」


「ハッ! えっ? どうかした?」


「さっきから、顔がにやにやしたりデレデレしたり、おかしなことになってるけど大丈夫?」


 ば、バレてた……

 なんか恥ずかしいな……


「だって、七海ちゃんと遊園地楽しくて……前に来た時はジェットコースターにも乗れないくらいに小さかったから、色々新鮮でさ……」


 照れを隠すようにそう答えると、七海もにぱーっと笑みを浮かべて頷く。


「そうだね! さ、今日はこのあとシアターを見て、パレード、ジェットコースター……忙しいよ! ふふふっ! 楽しみだねぇ!」


(ああ……七海ちゃんが嬉しそうで本当によかった……)


 少し早いが、ホワイトデーのお返しを遊園地のチケットにしたのは正解だったようだ。


「でも、ディズニーランドならアメリカにもすごく大きいのがあったんじゃないの? 日本のこことは比べ物にならない……」


「あ~。フロリダのやつね? 家族で一回行ったことあるけど、楽しかったよ。けど、今日はヒロくんと来てるんだもん。それこそ比べ物にならないよ?」


 そう言うと、七海は「ふふ!」と楽しそうに手を握る。


(あ~……幸せ……幸せ……)


 そんな中、メインのアトラクションに乗れるパスを確保した俺たちは、指定時間になるまで、他の比較的空いているアトラクションの列に並んでいた。

 最初に乗るのは――


「そういえば、七海ちゃんはお化け屋敷苦手だったけどコレは平気なの? ゴーステッドマンション」


「えっ?」


 きょとんとした顔を見る限り、これがホラー系コースターだと認識していなかったらしい。不気味な洋館を取り巻く列に並んでおきながら、わかっていなかったのか……?

 恐怖と動揺に揺れる視線がおずおずとこちらを見上げている。


「コレ、こわいやつなの……?」


「そうだけど」


「えっ。だって、これはナイトメアハロウィンのキャラクターとコラボしてて、うきうき楽しいお化け屋敷だって、友達が言ってた……」


「ああ、それは秋冬の期間限定だよ。三月の今は元通りに、洋館を巡るホラーになってるはずだけど。それよりも……」


 今、なんつった?


「ともだち……? って……誰……?」


 ディズニーランドに行くなんて話をできる友人が七海にいたなんて初耳だ。

 驚き尋ねると、七海は意外な人物を口にする。


「えっとね、加賀谷ちゃん……」


「……加賀谷?」


「うん。文化祭のとき、カフェの運営でちょっと仲良くなって。LINEを交換したの。それからは調理実習が一緒だったり、たまたま話す機会が多くて、それで……」


 照れ照れと友人との馴れ初めを話す姿に、俺は感動して震えそうになっていた。


「仲のいい友達ができてよかったな! 七海ちゃん!」


「大げさだよぉ……でも、ヒロくんのおかげで最近は話せるクラスメイトの子が多くなったの。ありがとうね?」


 七海は感謝の意を込めるように服の裾をきゅぅっと握ると、上目遣いでこちらを見上げる。


「でもね、あのね……友達はできたけど、これからもお弁当はヒロくんと一緒に食べたいな……」


(……! そっか、ぼっち飯回避の約束……『仲のいい友人ができるまで』だったもんな……)


 けど、それも今となっては少々事情が異なるようだ。


「……ダメ?」


 その問いに、俺は――


「ダメなわけないよ。これからも一緒に食べよう?」


「……! うん……!」



 ――『一緒にお弁当を食べる』。



 それが俺たちの約束で、始まりだった。


 そんな些細なきっかけが積み重なって、今の幸せがあるわけで……

 そんな些細なことに満面の笑みで喜んでくれる彼女の手を取って、俺はまた歩き出した。


「じゃあ、今日は、友達に自慢できるくらい楽しい一日にしよう? それに、友達は百人作るんじゃなかったけ?」


「ふふっ。そうだね……!」


 喜び勇んで踏み込んだゴーステッドマンションで、七海は……



「あっ。あっ。ヒロくん、後ろ……!」

「そりゃあお化け屋敷なんだから、おばけくらいいるだろ?」


「ちが、ちが……! おばけはいいの。でも、ゾンビはダメなのぉ! ドロドロしててグロいのヤダぁ…………きゃああ! こっち見たぁ!」


「あはは! おおげさ……わっ! 七海ちゃん隣! 墓から出てきた!」

「ひゃうんっ……!?!?」


「ちょっと、目ぇつぶったら意味ないじゃん――」

「ダメダメだめぇっ……! びっくり系はダメなのぉ!」

「え~? そんなこと言ったら全部ダメ――」

「きゃああ! あああ……! 土葬無理土葬無理土葬無理ぃぃ……!」


 次から次へと踊り迫るゾンビに、わけもわからず意味不明な悲鳴をあげる七海。ぎゅうっと俺の腕を胸で挟んで抱き締める様子があまりに可愛くて、こちらも叫びだしたくなるが……


「ふぇぇ……ヒロくん、助けてぇ……」


 涙声の上目遣いは、十年前と変わらない。


「七海ちゃんは、本当に泣き虫だなぁ」


 肩を寄せ、手で目隠しをしてあげると、呼吸が落ち着きを取り戻す。


「うぅ~……ヒロくん、手、離しちゃダメだよ?」


「わかってるって。ほら、もうすぐ出口だよ。最後くらい楽しんでみたら? おばけは平気なんだろう?」


「え……? う、うん……おばけなら、ね……」


「今、俺達と同じ車両にゴーストが…………ほら!」


 ぱっ! と手を離すと、瞬間。ゴーストの映像が俺たちを飲み込んで消え去っていった。


「うにゃぁああっ……!?!?」


「……っ!? 七海ちゃん……?」


 ふるふるとしがみつく彼女に、問いかける。


「……やっぱり、おばけダメなんじゃん……」


「うぐぅ……」


「どうして俺の前で、そういう見栄張るかなぁ……?」


「だってぇ……もう子どもじゃないからぁ。平気かなって……」


「ああ、そういう……」


 十年経っても相変わらず、俺の幼馴染はこわがりで、ダメダメ可愛いままだった。

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