第46話 彼氏の趣味に合わせてくれる彼女ってどうだろう?


 着替えを済ませてホテルに備え付けの食堂で宿泊者サービスの朝食をいただいた俺達は、最初の目的地である金閣寺を目指した。


 数年前に修繕したばかりという建物はピカピカで、幼い頃に家族と来たときよりも数倍輝いて見える。屋根の上には鳳凰が立ち、アメリカではついぞ見ないような如何にもな荘厳さに、七海は息を飲んだ。


「わぁ~! 金閣って、ほんとうに金ぴかなんだね!?」


「なんだこれ、すごいな。昔はもっとくすんでたイメージあったけど……見てよ、池に映った姿まできらきらだ」


「わ、綺麗!」


 二月の京都は思った以上に寒く、わかってはいても池の近くはかなり冷える。七海は手袋をした上からは~っと息を吐きながら興奮していた。


「写真もたくさん撮ったし、あたたかい飲み物が飲めるところにでも移動しようか?」


「あ。じゃあ、途中にあった茶店で甘酒飲もうよ」


「賛成。俺は抹茶ラテにしようかな」


「京都に来て、ラテにするの?」


「じゃあ、お抹茶チャレンジしてみる? 子ども舌の七海ちゃんには苦いかもよ?」


 「う~ん」と悩む素振りをした七海は、不意に握った手を俺のコートのポケットに自分の手と一緒に突込み、茶店へと引っ張る。


「それもまた経験!」


「はいはい」


「それに、これからは苦いのも飲めるようになりたいもん……」


 ふふ、とイタズラっぽいその笑みを見て、これからも一緒にそういう経験を増やしていきたいな、と思った。

 人生初。ふたりで試した本格お抹茶は、高校生の俺達にはきんつば無しでは飲み切れない苦さで。茶道のわびさびとお茶菓子の美味さを教えてくれたのだった。


      ◇


 次に向かった平野神社は桜で有名な神社。二月のこの時期ということもあり、参拝者はほとんどおらず、ほぼ貸切のような状態だった。

 七海はそこで桜が描かれたお守りを購入し、参拝を済ませてメインの目的地である北野天満宮を目指す。

 北野天満宮では、赤、白、ピンク……と。色とりどりに咲き誇る梅の花を楽しみ、その庭園の広さに驚く。これなら天満宮の紋様が梅なのも納得だ。閑散とした梅の庭を人目が無いのをいいことに手を繋いで歩くと、好きな人と同じ歩調でゆっくりと隣を歩くことがどれだけ幸せで贅沢なことなのかと、まるで隠居した翁のようなことを考えてしまう。

 のんびりと庭園散歩を楽しんだ俺達は帰り際、ふとある列に目を奪われた。


「ヒロくん、アレなんだろう? 珍しく、人が沢山いるよ?」


「うーん……? ああ、アレは御朱印の列だ」


「ゴシュイン?」


「七海ちゃんがアメリカに行ってるここ数年で流行りだした、お寺や神社のトレードマーク? みたいなのを集めることだよ。御朱印帳っていう冊子を自分で買って、そこに一筆書いてもらったり、判を押してもらうんだ。新手のコレクション……みたいなものかな? それか、旅の記念」


「へぇ……なんだか素敵だね?」


「ちょっと見ていく?」


 そうして人だかりの方へ寄って行くと、そこには様々な御朱印があり、刀を描いた印まであった。大きく描かれた御霊刀の鬼切丸。別名、髭切。ふと見ると、並んでいるのは女性ばかりだ。


(まさか……聖地商法?)


 オタクの俺は知っている。これはおそらく、刀を擬人化した美男子を育成するソシャゲ、刀剣乱腐を愛する乙女たちの集まりなのだろうと。


(京都でやたら二.五次元舞台の看板を見かけると思ったら……そうか、京都のほぼ全域があのゲームの聖地ってわけか……)


「見て見て、ヒロくん! この御朱印、刀が描いてあってカッコイイよ! 他にもいっぱい、国広……青江……?」


「実際にやったことはないからわからないけど、多分、ゲームに出てくる刀なんじゃないかな? 鬼切丸は元々鬼退治で有名な刀だし、刀剣乱腐以外のゲームにもたくさん出てくるよ。ほら、渡辺綱の刀で――」


「詳しいね! でも、そっかぁ、ゲームかぁ。ヒロくんゲーム好きだよね? 私も何かやろうかなぁ? ゲーム。オススメある?」


 その言葉に、俺は吹奏楽部の先輩の言葉を思い出した。


『最近さぁ、彼女がトキヤって男に夢中らしくて全然デートしてくれないんだけど……浮気かな? 真尋、そいつ誰だか知ってる? 三年にはそんな名前の奴いないし、ひょっとしたら二年かも……』


 その先輩に、俺は『そいつは乙女ゲームのプリンスさまですよ』とは言えなかった。結局先輩の彼女はその後、二次元に没頭するあまりに先輩と別れを切り出したらしい。曰く、「時間もお金も足りない」と。

 薄情な話だ。ゲーム優先でリアルの彼氏を振るなんて。でも、『運命の推し』に出会った人間はそうなってしまうことがあると噂に聞いたことがあるので、誰も先輩の彼女を責めることはできない。かくいう俺も七海がアメリカに行ったきり帰って来なかったら、いずれアイドルや二次元キャラに推しを見つけてそうなっていたかもしれないから。


 しかし。問題はそこではない。


 俺が気にしているのは、七海にゲームを勧めることで、七海が二次元男子に夢中になってしまったらどうしようということだ。


「な、七海ちゃん……やるなら俺と同じやつにしよう。刀剣乱腐はオススメしない」


「なんで? すごく人気みたいだけど……」


 きょとんと御朱印列の人気ぶりに首を傾げる七海に、「たとえ二次元の男が相手でも恥も外聞もなく嫉妬してしまう」とは言えない。あんな造形美の塊みたいなキャラクターに張りあおうなんて自分の顔面偏差値的にはおこがましいにも程があるけど、それでもイヤなものはイヤなんだ!


 七海ちゃんがスマホに映った美男子をによによ眺めて、甘い言葉にうっとりするなんて……


(い、いやだ……! 七海ちゃんにはずっとこっちを向いていて欲しい……!)


 でも、本当は七海も、そういうゲームというか、美男子が好きなんだろうか……?

 思い切って、聞いてみる。


「七海ちゃんはさ、ああいう、カッコイイキャラクターが出てくるゲームに興味があるの?」


 ほんのりどきどきしながら尋ねると――


「う~ん。そういうわけじゃあないんだけど、甘いものと美味しいもの食べる以外に新しい趣味でも見つけようかなって思って……それでね、できればヒロくんと一緒に楽しめるものがいいなぁって」


「う~ん……それってつまり、俺の趣味に合わせてくれようとしてるってこと?」


 な、なんていい子なんだ……! 疑ってごめん、七海ちゃん!

 彼女とゲームが楽しめるとか、サイコーすぎるだろ!?

 勉強が終わった後はソファで一緒にごろごろゲームして、そのままイチャイチャ……

 はぁぁ……! 究極の理想形がそこに……!


「でもさ、気持ちは嬉しいけど、無理に俺に合わせる必要は――」


 伺うように視線を合わせると、七海は指先を合わせてもじもじと頬を染める。


「恥ずかしい話なんだけど、私って、ほら……趣味らしい趣味が食べ物と可愛いぬいぐるみとかしかなくて、皆みたいに何か打ち込めるような好きなものが……」


 ――『ヒロくん、だけなの……』


(……っ!!)


「な、なんか改めて口にすると恥ずかしいね? でも、頭の中がヒロくんでいっぱいなのは本当で……あはは……あ。も、もしかして引いちゃった……?」


 恥ずかしそうな上目遣いが、クリティカルヒットだ……!


「そ、そんなわけな――!! げほっ……! ぐっ、ごほ……!」


「だ、大丈夫!? ヒロくん!」


 可愛さと愛しさのあまりその場で吐血しそうになるのをなんとか抑え、俺は七海の手を引いた。


「そういうことならさ、ホテルに帰ったらオススメのゲームを教えるよ。今年は受験もあるから、手軽に楽しめるもので――」


「ヒロくんと一緒に遊べるやつがいい!」


「うん、もちろん」


 幼い頃と変わらない、うきうきとした笑みを浮かべる七海に、幼い頃と同じ笑みを返して。

 俺達は、今日も一日を満喫したのだった。

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