第44話 ぬくぬく京都旅行と幼馴染パワー
二月上旬のとある月曜日。週末に七海との京都旅行を控えている今週は特に気持ちが入らず、一週間が長くて長くて仕方がない。
もう登下校と放課後デートだけで、あとはスキップできないのかな? ソシャゲの既読イベントみたいに。
と、朝からうなだれていると、カーテン越しに元気な声が聞こえてくる。
「ヒロくん! お~は~よ!」
寒さを気にせず窓を開けると、もこもこの部屋着に包まれた七海が手を振っていた。
(羊さん……いや、天使かな?)
「おはよう、七海ちゃん」
手を振り返すと、にこ! といい笑顔が返ってくる。
この瞬間が、俺はとっても好きだった。
俺にとってはもはや日常の一部と化した笑顔だが、実は学校ではたまにしか見かけない。なんだかんだで人見知りの七海は、俺以外の人間がいる場では緊張してしまって、こういった、良い意味で頭のネジ全開のぱーっと輝くような笑みは鳴りを潜めてしまいがちだ。だから、この朝のひとときが俺達が幼馴染だという絆を感じさせてくれて、「今日もがんばろう」という気持ちを与えてくれる。
「おはよう」の一言だけで
やはり俺の幼馴染は最強だ。
「旅行、いよいよ週末だね! ウチの両親も、『楽しんでいらっしゃい』だって!」
「そっか、よかった」
「『ヒロくんとなら、安心ね』だって」
「そっか……」
それは、俺がチキンって意味か? それとも家族公認的な?
ま、まぁ、芹澤さんはそんな意地悪を言うお方じゃない。後者の意味だと捉えよう。
なにせ未来の義理の両親だし? ……ふふふ。
(……そうなると、いいな……なるかなぁ? いや、全力でするけどさ。プロポーズできるの、何年後かな?)
「うっ……」
朝から胃が痛ぇ……
意味わからんとこで自分で自分にプレッシャーをかけるのは、陰キャの悪い癖だ。やめとこう。
気を取り直して身支度をした俺は七海と仲良く登校し、苦難の月曜日を迎えては、週末までの日々を、一生懸命に授業を受ける七海の横顔を見続けるだけで終えた。
授業中に俺の視線に気が付くと、七海はこっそり口元で笑みを返してくれる。それだけで気が付いたら一週間が終わるんだから、学校でも俺の幼馴染は最高で最強だ。
そう話すと友人らは「真尋最近ヤバくね?」「ヤンデレじゃん」「沼だ、沼」とか言うけれど、VTuberアイドルに沼ってスパチャ課金に手を出している遼平には言われたくないし、もし七海ちゃんがアイドルになったら俺は人生を課金するからそれでいいんだよ。
◇
そんなこんなで一週間が経過し、週末になった金曜日。俺達は制服から私服に着替え、意気揚々と新幹線の駅に降り立った。なんと今回は二泊三日! ここ新横浜から京都までは約二時間。俺達が向かった先は、もちろん駅弁屋だ。ここで夕飯代わりの弁当をゲットするのが最初のミッション。
膝上丈のニットワンピにコート姿の七海は、俺とシミラールックのマフラーを揺らしてるんるんと弁当売り場に近づく。冬でも健康的で真っ白な、膝小僧からショートブーツにかけてのラインが後ろ姿でもたまらない。そう思う俺はおやじくさい変態なんだろうか。
「わぁ~! どれにしよう、どれにしよう!」
「思ったより沢山あるな。横浜はシュウマイ弁当一択かと思った」
「深川めし? ってなに?」
「う~ん、穴子が乗ったあさりの炊き込みご飯的な?」
「幕の内……?」
「色んなおかずが入ってる。見た目も楽しいよ」
「中華弁当……」
「横浜は中華街が有名だからかな?」
「むむ~……悩むぅ……」
アメリカで長い時間を過ごした七海は、あまり慣れ親しんでいない駅弁に興味津々だった。かくいう俺もそこまで詳しいわけではないが、ふたりしてあれこれと選ぶだけですでに楽しい。彼女との旅行とは、本当に素晴らしいものだ。両親と、七海ちゃんを産み出してくれた芹澤さん夫妻に深く感謝。
と、その場だけ中華かぶれな俺は結局シュウマイ弁当に落ち着いた。好きなんだよ、これ。冷めたからあげと甘すぎる筍の煮物が。食べたことない人は一度でいいから食べてくれ。冷めててもなんか美味いから。
「七海ちゃん、何にするの?」
「これ。横濱チャーハン。なんかね、今日は中華な気分なの」
「おっ。お目が高い。それも美味いよ」
「お米パラパラ系?」
「うん、比較的パラパラ系」
「パラパラ炒飯好き」
「じゃ、決まりだ」
そう。俺は崎陽軒信者だった。
七海とふたり、お茶と弁当を買い込んで新幹線に乗る。車内では今回行く神社やスイーツ店などに付箋を貼って、スマホで効率的なルートを検索。高校生にもなれば旅行対策はばっちりだ。
今回の重要目的地は梅が見頃な北野天満宮。周辺の平野神社や金閣寺を制覇して、タクシーを使えば二条城のライトアップとプロジェクションマッピングまでいけるかもしれない。
土曜はその辺の観光をしっかり楽しんで、日曜は繫華街でスイーツ巡りと洒落込もう。祇園まで足を伸ばすのも楽しいかもしれない。等間隔に恋人たちが並ぶという鴨川に、俺達も並んでやろうじゃないか。ふふ。
主な活動日である明日は、道中チェックした和スイーツ店で小休憩を挟んでもいいし、金閣寺ではお抹茶も楽しめるらしいからそれも魅力的だ。それに、金閣寺周辺には姉・琴葉オススメの創作フレンチのお店もあるとか。
フレンチのコースなんて高校生である俺達には敷居が高いと言ったところ「じゃあ、大学生になったらまた行くのは?」と七海に提案され、それはそれで胸が高鳴った。
大学生――少し先の未来でも、当然のように隣に俺がいるものだと思ってもらえることがこんなに嬉しいなんて、七海と付き合うまでは知らなかったし、ひょっとすると一生知らないままだったかもしれない。
そんなことを思い出してにやにやが止まらないまま、俺達は京都駅に無事到着した。ホームに降りて少し歩くと、ずらりと並ぶ土産物屋に七海は目を輝かせる。
「ヒロくん! 駅全体が、はんなりしてる!」
「はは、意味わかんないよ七海ちゃん。でも、確かに和風な小物屋が多いな。簪、巾着、お箸……どれも細工が綺麗だ」
「ちゃんと私の言いたいことわかってるじゃん、ヒロくん!」
「そりゃあ幼馴染だから」
「ふふふ……好き♡」
幼馴染パワァ全開の以心伝心っぷりに、にま~っと頬を緩ませる七海と共に、キャリーケースを引き摺ってホテルを目指す。ここから電車で乗り継いで、宿泊先は繁華街に近い四条駅。
チェックインして荷物を置き終えた頃にはすでにとっぷりと日が暮れていた。
部屋は、かねてより俺の希望していたシングルふたつのツインルーム。七海はそのひとつにどさっと腰を下ろすと「長距離移動、疲れた~!」とぐぐっと伸びをし、寝転がってこちらを見上げる。そして――
「シャワー、一緒に浴びる?」
と、無邪気に問いかけた。
心なしかにんまりとしたその顔を見て、俺は――
(小悪魔が……キタ……!)
と、身体をこわばらせるのだった。
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