第43話 幼馴染がラブホに興味津々


 修学旅行の下見に行く生徒がどこの世界にいるっていうんだ。


 と、思っていたらココにいた。


 なんでわざわざ下見するのかって?

 それは俺達が、彼女(彼氏)抜きではぼっち属性気味な陰キャだからだよ。


 高三春に行われる修学旅行。その最大のイベントは男女四名で行われる班行動だ。

 俺には七海が、七海には俺がいるからいいとして、それはあくまでクラス替えで同じになれた場合の話。もしバラバラのクラスになったら俺達は、どちらかというと『誰か組んでくれる子いませんか~?』と斡旋(同情)される余りもの側の人間だ。


 その上、クラスに知り合いがいなかった場合は得体のしれない奴と組み、会話に困るお葬式ダブルデートになるのは目に見えている。最後の修学旅行がそんなん……俺ならアルバムごと閉じ込めて沼に沈めたくなるわな。


 元来人見知りしがちで、ここ数か月でクラスにようやく友達が片手レベルの七海も、当然同じ末路を辿る。

 だから、あらかじめ下見をして会話のネタを増やそう! というのが七海のアイデアだ。


 ぶっちゃけ俺は、あんまり効果ないと思う。

 いくら知ってる場所に行ったからってドヤ顔で案内できるかって言われたら、対・七海以外は陰キャな俺には到底無理なわけで。せいぜい、はぐれても迷わずに集合場所に着ける、くらいのレベルアップしか見込めない。


 だが。七海と旅行に行けるなら理由なんてどうだっていいんだ。

 そういうもんだろう?


 幸いこの時期の京都は「どうせ行くなら桜の時期が良い」という人間が多いせいで比較的空いているし、とはいいつつも梅なら見頃で楽しめる。大学生の春休みも受験が終わった三年生も来るにはまだ早い。

 そんなこんなで俺達は、週末に七海の部屋で旅行の計画を立てることとなった。


 ちなみに資金は、姉と両親からの緊急援助。

 七海と旅行に行きたいと姉に打ち明けたところ、「これは私の将来への投資。義妹はゆるふわロリ巨乳がいいの」と入ったばかりのバイト代を持たされ、両親は「七海ちゃんを逃したら真尋はきっと子ども部屋おじさんになるから」と新幹線とホテル代を出してもらえることになった。

 七海はというと、両親が共働きで家になかなか帰れないため、もとよりお小遣いが多いらしい。俺とのデート以外では使うあてもなく、結構貯まっているんだとか。

 とはいえ、俺達はまだ高校生。資金は有限なので、できれば安くおさめたい。


 新幹線とパックになっているホテルもあるが、できればもっと安いもの……と、ローテーブルに置いたノートPCとスマホを片手に検索する。


 今では頻繁に来るようになった七海の部屋は相変わらずいい匂いがして、そんな中でも俺からのプレゼント(夏祭りで取ったくまのぬいぐるみとか、ささやかな化粧品など)が棚の上に増えているのを見ると、思わず頬が緩む。

 俺はそのうちの一つを手に取って、七海に尋ねた。


「七海ちゃん、コレ使ってないの?」


「あ。付き合って一か月記念で貰った香水……なんかもったいなくて」


 照れ照れと小瓶を受け取った七海は、さも大切そうに撫で、蓋を開ける。


「ふふ。たまにこうして匂い嗅いでる」


 にんまりと満足そうな笑顔がクリティカルヒットだ。

 でも――


「もったいないって……使って欲しくてプレゼントしたのに。その香り、苦手だった?」


「そんなことない! でも、使ったら無くなっちゃうなぁと思うと、ね……」


「そしたらまたプレゼントするよ」


「ええ~、悪いよぉ。でも……」


 七海は何を思ったか、香水の瓶からシュッと手首に振りかける。そうしてそれを手に馴染ませて首筋に香りを付けると、ふわりと俺に抱き着いた。


「ヒロくんが好きな匂いなら、付けようかな……?」


(……!)


「どう? いい匂いする?」


 頬をすり寄せ、ふふ、と微笑む顔はどこか蠱惑的で、身体をむにゅうと押し付けているあたり、誘っているようだ。


(ほんと、七海ちゃんはふたりきりになるとこれだから……!)


 ――小悪魔が過ぎる。


 でもそこが好き。


「わ、わかったから。香水はもう七海ちゃんの好きにして……で。ホテルなんかいいとこあった? 部屋は(俺の理性が頑張るから)同じでいいとして、でもダブルはさすがにきついから、シングルふたつのツインルームがいいんだけど……」


「私はダブルでもいいよ?」


「俺は(理性的な意味で)よくないよ」


「ヒロくん、ダブル嫌?」


「七海ちゃん、わかってて聞いてくるのやめてくれる? 嫌なわけないでしょ」


「え~? ヒロくんいけずやわぁ」


「京都の人に怒られるよ?」


「ふふふ! 京都の言葉、はんなりしてて好き!」


 とかなんとか。雑談しつつお得なホテルを探していると、七海が不意にPCを見せてきた。


「あ。ねぇ、ここ安いよ? 一人あたり五千円から……」


「うっそ。どれどれ……?」


 見た瞬間、心臓が止まった。

 比喩とかでなく、ピタリと凍りついたんだ。


 だって、このホテルどう見ても――


(ラブホじゃん……!)


「フリードリンク、室内カラオケ完備!? すごい!」


(まぁ、そりゃあ、な……)


「お部屋綺麗! 浴室にお花浮いてる~!」


(………………)


「料金体系、宿泊、休憩……?」


 サイトをスクロールする七海が、次第に頬を染めだした。


「……あ。コレ……ラブホだぁ……」


(お花の時点で気づいて欲しかったっっ……!)


 『あはは……』と照れ臭そうに視線を泳がせた七海は、ちらり、と上目遣いでこちらを見る。


「……ダメ?」


「ダメでしょ!?!?」


「そっかぁ、ダメかぁ……安くて綺麗なのになぁ」


「そういう問題じゃない!」


 ほんっと、この幼馴染は! こういうとこ、あああ、もう……!


「そっ、そもそも、十八歳未満だから無理だって。今回の旅行だって、宿泊には親権者同意書を書いてもらえるっていうから可能なのに、そんなところに泊まるなんて言えないだろ……」


「な~んだ、ざんねん」


(うっ……残念、なんだ……)


 ってことは、本当は行きたいと思ってる……

 うわ、やばい。照れる。どうしよう。


「じゃあさ、大きくなったら行こうねぇ?」


「うん――」


(…………………………)


 ……うん?


「ちょっ……! 七海ちゃん!?」


「わぁ~、ヒロくん顔真っ赤!」


「『わぁ~』じゃないだろ!? なんでそんな、『大きくなったらジェットコースター乗ろう?』みたいなノリで――」


 ラブホに誘うんだよ!?


(い、言えない……! 『ラブホ』って単語を口に出せない……!)


 顔ばかりが熱くなって――これだから童貞は。


(も……ヤダ……なんだこれぇ……)


 情けないったらありゃしない。

 そんな俺の気も知らず、七海はぐいぐいとサイトをスクロールし、時折頬を染めながら興味津々にサイトを眺めていた。気になりつつも、俺は覗き込むことができない。


 ひとまず気を取り直して新幹線往復チケットとセットになっている駅周辺のホテルを予約した俺達は、書店で買ったるるぶ的な観光本を手に、各々行きたいところを報告しあった。

 梅が見たいから北野天満宮は必ずチェックしたい、金閣寺はどうか、銀閣とは本当に銀なのか。清水寺? 全部回るには結構遠い……など。

 そして、七海とデートといえば……スイーツ。


「ねぇヒロくん。これ食べたくない?」


「なに? 抹茶スイーツ的な?」


「それもマストで食べるけど、これ。烏骨鶏の卵ソフトクリーム」


「うわ、美味そう」


「烏丸の近くだって~」


「ホテルから近いじゃん」


「あれ? 最寄りは河原町かな?」


「それなら歩ける距離だよ。その辺はスイーツのお店が集まっているみたいだから、散策するには丁度いいかもな。俺もロンドン焼き食べたい」


「ロンドン焼き?」


「今川焼っぽいけど、中身なんだって。珍しくない?」


「わ~! 絶対美味しいやつだ! ヒロくんて、案外甘党だよね?」


「七海ちゃんに付き合ってたら、味覚も似てきたのかも」


「ふふ! おそろいだ!」


 にこっ! としたその笑みを見て、これ以上ないほどに心癒される週末。


(ああ、幸せだ……)


 幼馴染との楽しい旅行は、まだ始まってすらいなかった。

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