第42話 ぼっち属性にクラス替えはきつい
翌日から、天上院の席の周囲にはひとだかりができるようになっていた。
昼休み、その名の通り天上からの贈り物と言わんばかりの美少年フェイスを一目見んと、他クラスからも野次馬が押し寄せる有様に、天上院
「どこ行くんだよ!」「待ってぇ!」なんていう陽キャの呼びかけに応えることもなく、天上院は屋上に足を踏み入れた。
そこには、弁当を仲良く食べている生徒がふたり。
そのひとりを睨めつけて、天上院は大股で歩み寄る。
「おい、茅ヶ崎。お前のせいでとんでもない目に遭っている。なんとかしろ」
分厚いメガネの奥から覗く鋭い眼光をものともせずに、俺は答えた。
「とりあえず、そこ座れば? にしても、屋上が開いてるってよく知ってたな。ここは俺と七海だけの秘密の場所だったのに」
残念そうに呟くと、隣で弁当を広げていた七海は卵焼きを頬張りながらにっこりと微笑んだ。
「今日は祐二くんとか皆が委員会でいなくてふたりだけだからってここに来てたのに。人が来るとは思わなかったよ。でも、どうしてヒロ――真尋君不機嫌なの?」
「そりゃあ……」
七海とふたりで昼休みを過ごしたいからだ。
いつも放課後はデート三昧とはいえ、学校でふたりきりになれる時間なんてそうそうない。それに、高校にいる間しかこういった時間を楽しめないと考えると、七海とふたりで学校で過ごせる貴重な時間を邪魔されればさすがの俺もちょっぴり不機嫌になるというものだ。
「で? なんでお前が教室から追い出されるのが俺のせいなんだよ? 元々昼休みはぼっちだったんじゃないの?」
不貞腐れつつ問いかけると、天上院はその場にドサッと腰を下ろしてコンビニの袋から菓子パンを取り出す。
「そのつもりだったし、今日もそうするつもりだった。なのに、お前が俺のメガネを取ってからというもの、俺の容姿をネタに近づいて来る輩が絶えなくて困る。やれ「両親も美人なのか」「美容院はどこへ行っているのか」「日頃の手入れはどうしてるの」だとか。見た目が良いからなんだっていうんだ。人間の価値は心根と勤勉さで決まるというのに。まったく、これだから学校は……」
うんざりといったため息に、一応頭をさげる。
「勝手にメガネ取って悪かったよ、ごめん。代わりといっちゃあなんだけど、屋上の鍵の開け方教えるからさ、それで許してくれよ」
「鍵……? 茅ヶ崎、お前まさかピッキングでここを……?」
「卒業生の姉ちゃんの受け売り。前にちょっと、人目を避けたいときにね。それ以来、たまに来るんだ」
「屋上、晴れた日は気持ちが良いよね!」
にこ! と笑う七海にほだされたのか、天上院の怒りは鎮火したようだ。天上院は諦めにも近いため息を吐くと、ちらりと俺に視線を向ける。
「にしても、そっちは平和で良さそうだな? クラスでは芹澤さんとお前の仲の良さが露呈してはやし立てられていると聞くが?」
その問いに、七海はかぁっと顔を赤くする。
「だって、あれ以来、朝来るとみんなに『芹澤さん今日も可愛いね!』って言われて、恥ずかしいよぉ……」
「事実なんだから別にいいじゃん」
「ヒロくんがそうやって真正面から『可愛い可愛い』言うから、みんなそう言うんだよ!? からかわれてるわけじゃないからありがたく受け取ればいいんだけど、やっぱり恥ずかしいってば……」
「そのうち皆忘れるって。今はそうやって誰かを褒めちぎるのがブームみたいだし、時間が経てばその言葉は身近な誰かに向くもんだ――というか、なんでその話を天上院が知ってんの? クラス違うのに」
不思議に思って視線を投げると、天上院は両手をひらりとあげて首を傾げる。
「さぁ? どういうわけか知らんが学年内でも噂になっているからな。リア充なのに成績を維持している茅ヶ崎は何者なのかと」
「うわ、何それ」
「勉強と部活、恋愛の両立は至難の業だ。体力的疲労もさることながら、成績、大会、デートの回数などで実績を求められるという点において精神面への負担も計り知れない。それをいとも簡単――というか、楽しそうにしてのけるお前は常人ではないと考えられているのだろう」
「俺からしてみたら、恋愛を『負担』と言い切ったお前の方が人間じゃなく思えるけど……」
うわ~、と呆れた視線を向けると、天上院は驚いたように口をぽかんと開けた。
「そう、なのか……?」
目からウロコだったらしい。
俺は隣で『そんなことない、よねぇ?』と不安そうに視線で様子を伺う七海にこっそり微笑んだ。
「恋愛が負担だなんて考えたこともない。むしろ逆。デートするのが楽しみだから学校へ行くのも足が軽くなるし、テストだって一緒だから頑張れる。部活も、まぁ……いい演奏をすれば七海は喜んでくれるし、もっとやりがいが生まれたかな」
照れくさいが、事実は事実。
そもそも俺は、今までこういったことを素直に口にできる人間ではなかった。
それを変えてくれたのも、七海なんだ。
――と。やっぱり改めて考えるとちょっと恥ずかしいな……
「と、とにかく! 俺が凄いわけじゃなくて、そんなの個人の考え方次第だと思うぞ?」
「リア充な上に人格者か……これは、ますます負けられないな。俺には勉強しかないから」
どこか自嘲気味に嗤う天上院に、『加賀谷に声かければ一発でリア充になれるぞ』とは言いたくない。悔しいからな。だって、俺は七海と付き合うまでにあんなやきもきして苦労したんだから。天上院も味わえよ。
「にしても、安心して弁当が食えないのは困る。これからは俺も屋上を使わせてもらいたい。茅ヶ崎、鍵の開け方を教わっても?」
「いいよ。あ、じゃあさ……」
交換条件として、俺達は学年一の秀才に勉強のコツを教えてもらえることになったのだった。
◇
「つっても、結局は回数こなして努力しろ、だもんなぁ……参考になるような、ならないような……」
寒空の下を下校しながら歩いていると、七海は嬉しそうに一冊の本を取り出した。
「でもでも! 『もう覚えたから』って、英単語の本貰っちゃった。見てよ、ヒロくん! 類義語と出題傾向までびっしり記載してあって、これだけで辞書みたい!」
「敵に塩を送るのはどうこう、とか言ってた割に親切だよな」
「真正面から競ってみたい、とか?」
「見かけによらず武士だなぁ。あんな華奢な美少年フェイスしてるのに」
「武士って! なにそれ~! ふふふっ……!」
『変なヒロくん~』と楽しそうに笑っていた七海は、単語集を俺の鞄に突っ込むと両手を空に向かって伸ばす。
「はぁ~、寒い。雪、振りそうだねぇ?」
「ほんと。早く春になって欲しいよ……」
「ヒロくん、寒いの苦手?」
「あんまり好きじゃない」
ほぅ、と白い息を吐く俺の手を、七海はちょこんと握り直す。
「私は、冬、キライじゃないよ」
「そうなの?」
「うん。だって、昔ヒロくんと一緒にお庭で雪だるま作るの、すっごく好きだったから……」
「あ……」
覚えてて、くれたのか……
「雪がたくさん降った日はがんばってかまくらを作ったりしたっけ?」
尋ねると、七海は口元をほころばせて懐かしそうに笑う。
「中でおもち焼こう! って火鉢を入れたら、すぐに溶けちゃったよねぇ?」
「ああ、そうだったそうだった。懐かしいな」
「懐かしいね……」
僅かに目を細めて思い出に浸る七海は、ふと立ち止まり、寂しそうな表情を見せる。
「ねぇ、ヒロくん?」
不思議に思って立ち止まると、七海は手をきゅっと握って自分側に俺を引き寄せた。
不意に近くなる距離に思わず身体がどきり、とこわばる。
一変して甘い空気を纏い出した七海に動揺しつつも言葉を待っていると、マフラーの下で小さな唇が動いた。
「三年生になったら、クラス変わっちゃうの……?」
「え――」
そうだ、忘れてた。
クラス替え――
いや、本当は考えないようにしていたんだ。現実逃避だ。
だって、こればっかりは抗いようがない。
「私、またヒロくんと同じクラスがいいな……」
「それは、俺も……!」
寒空の下、やりきれない沈黙が流れる。
「信じるしか、ないよね?」
「うん……」
もし三年でクラスがバラバラになってしまったら、今後の予定に支障があり過ぎる。
ただでさえ三年は最後の行事ばかりだし、春先には修学旅行、山籠もりの夏期講習だってあるから、外泊予定が目白押しなんだ。そんなん、バラバラになったら心配だしつまらないし受験勉強どころじゃない!!
というか……
「俺は七海ちゃんと京都行きたい!!」
「えっ」
(しまっ――!)
思わず、声に出てしまった。
「京都……?」
きょとんと首を傾げる七海に、わかるように説明する。
「三年の修学旅行は行先が毎年京都なんだ。だから、その……やっぱり同じクラスがいいなって……」
「班行動とか?」
「もちろんあるよ。男と女でふたりずつの四人グループ」
高一のときにそういうイベントがあると姉に聞かされたときは『拷問か』と絶望したものだが、七海がいる今では楽しみ過ぎて吐きそうなトンデモイベントである。
「クラスバラバラだと厳しいねぇ。私、友達いないし……」
「俺も七海ちゃん以外にまともに行動できる女子なんていない。気まずい。話題ない。同じ空間にいると困る。汗かく。動悸する」
「ヒロくん……それはどうかと」
「七海ちゃんもね」
「「ふふっ……あははっ……!」」
俺達は顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「陰キャかよ! リア充のくせにふたりとも陰キャとか!」
「クラスの皆には言えないよねぇ? あはは! でも困ったねぇ! どうしよう!」
くすくすとひとしきり笑った七海は、『あ!』と思いついたように俺に顔を近づけた。
ぐいっと腕を引いて身体を引き寄せ、背伸びをしてイタズラっぽく耳打ちする。
「いいこと考えた……!」
ひそひそと、囁く声がくすぐったい。
「ねぇ、ヒロくん?」
(い、息が……!)
「私たちでさ、先に、京都の下見行こうよ?」
「え? 下見……?」
こうして俺達は、翌週。ふたりきりで再び旅行へ行くことになったのだった。
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