第37話 デート
年の瀬も近づいて街全体が色めきだつこの季節。去年まではもやもやとして素直に祝えなかった祭日が、こんなに待ち遠しいなんて。
そう、いよいよクリスマスのシーズンがやってきたのだ。
「あの、七海ちゃん――」
いつも通りの帰り道、いつも通りの口調で問いかけようとすると、七海は満面の笑みで答えてくれた。
「クリスマス、楽しみだね! どこに行こうか?」
なんとなく、煌びやかなショーウィンドウに目がとまって、ふと口を開きかけただけなのに。俺の思考なんて七海にかかればすぐにわかってしまうのか。それとも、考えていることはどちらも同じということなのか。ただそれだけなのに嬉しく感じてしまう俺は、クリスマスを前にして相当浮足立っていた。
何が欲しいとか言われていたわけではないし、交換する約束もしていないが、七海へのクリスマスプレゼントを考えるだけで楽しくて、嬉しくて。それが喜んでもらえるかどうかが少し不安で。そんな気持ちを抱えたまま、俺はクリスマス当日を迎えた。
◇
時刻は正午。いつものように玄関に迎えに来た七海と共に駅へ向かい、電車に乗り込む。今日の目的地は桜木町。デートをするならテッパンとも言えるチョイスだろう。
昼過ぎに着いた俺達はいつもより少し良い子洒落たカフェで軽めの昼食を済ませ、ぶらぶらとショッピングモールを散策。そこから更にバスに乗ってついた先は、赤レンガ倉庫だった。
「わぁあ! 綺麗!!」
着くや否や、歓声をあげる七海。その目に飛び込んできたのは、広場の中央に設置された大きなクリスマスツリーだった。
「大きなツリーだね、ヒロくん!」
「うん。流石は桜木町のクリスマスマーケット。規模も華やかさも、ウチの近所とは段違いだな」
「ね! 私達の最寄駅で開いてるマーケットもこじんまりしてて好きだけど、こっちはもっと凄い! ツリーもあんなに大きいし、お店もたっくさん!」
七海はきょろきょろとして、オレンジ色のランプで照らされた出店に目を輝かせている。
(ああ、来てよかったな……)
正直、クリスマスに桜木町でデートなんてありきたりかと、少し心配していた。しかも今日はクリスマス。同じようなことを考えている人で街は溢れかえっているだろうから混雑しているかと思ったが、人々が一様にわくわくとした表情で街を歩く姿も、クリスマスっぽい雰囲気があって、それはそれでいいものだった。
がやがやとした通路をふたり並んで歩き、鮮やかな海外製の雑貨に心を躍らせる。そして、いい匂いにつられてソーセージを購入した俺達は、同じく購入したホットのアップルティーを片手に立ち食いができるブースにやってきた。
「わ~、寒~い! でも、この街灯の下はあったかいんだね!」
「だね。ストーブみたいに熱が出ているのかな? でも、寒いからこそホットティーが染みわたる……」
「ね~! ランプもオレンジで可愛いし、このソーセージも美味しいよ! ハーブが沢山入ってる! ほら、ヒロくんも食べてみて?」
「うん」
にこにことする七海を見ているだけでお腹はいっぱいだったが、勧められたソーセージを一口かじる。
「……ん。美味い」
「でしょ~?」
やっぱり、七海とデートをするのはとても楽しかった。単に一緒にいられるからだけではない。同じ体験を共有して、ああでもないこうでもないと話を弾ませられる。そして、それが息を吸って吐くように自然にできるから心地がいいし、俺達は幼馴染だということを一層深く感じることができるのだ。それがまた、どうしようもなく嬉しい。
「ヒロくんどうしたの?」
不意に七海が問いかける。
「えっ? どうかって……どうもしてないけど……?」
「でも、なんだかすっごく嬉しそうな顔してたよ? そんなにソーセージ美味しかった? もう一個買ってこようか?」
きょとんと首を傾げると、明るい色合いのコートの肩に黒髪がさらりと零れる。カップを持つ手は少し袖が長めで、細い指先がちらりと覗く姿が普段の制服姿とは異なり、また一段と愛らしかった。
「……ヒロくん?」
「ああ、なんでもないよ。ただ――」
「ただ?」
七海ばっかりを見ていてひとり多幸感に浸っていた、とは、恥ずかしくて言えない。
「クリスマスっていいな、と思って……」
言葉を濁すと、七海も大きく笑顔で頷く。
「ね! 街中がきらきらしてて、見ているだけでわくわくするよね! 赤レンガ倉庫も電飾とライトアップがすっごく綺麗!」
「でも七海ちゃん、アメリカにもこういう煌びやかなマーケットはあったんじゃないの? 日本のここよりも、もっと大きな規模のが」
そう尋ねると、七海はむすっとした顔で俺の手を引いた。
「だって……アメリカには、ヒロくんがいなかったもん」
「え?」
「大きなツリーも綺麗なお店もあったけど、私はいつも、ヒロくんと一緒に見られたらいいのになぁって思ってたから……」
「…………」
俺は心の中で大きなため息を吐いた。
(はぁ~…………尊い)
もう無理、しんどい。やっぱ好き。しんどいくらい好き。
「ねぇ、ヒロくん?」
「はぁ……なに?」
やべ。可愛い。思わずため息でたわ。
「あっちの人達が持ってる、いい匂いのする飲み物、何かな?」
そう言って七海が控えめに視線を向けた先には、小綺麗なコートに身を包んだ大人のカップルがいた。
「ああ、この匂い……多分、ホットワインじゃないかな?」
「ホットワイン? ワインってあの、グラスで飲むやつ?」
「うん。寒い時期はホットで飲むのもアリなんだって。さっきの屋台の隣で売ってたよ。あたたかいワインにフルーツを入れたり、甘めに作ってるやつもあったかな?」
「へぇ、美味しそう!」
「俺達は未成年だから、まだ買えないけどな」
残念、とばかりに眉を下げると、七海は思いのほか嬉しそうな表情を浮かべた。そして、空になったアップルティーのカップをこつんと俺のカップにぶつける。まるで乾杯でもするかのように。
「じゃあ……大人になったら、また来ようね!」
「……うん」
数年先の未来の出来事に、当たり前のように一緒にいる光景を浮かべてもらえる。そのことが、言葉では言い表せないくらいに嬉しかった。
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