第38話 聖夜
クリスマスマーケットで小腹を満たした俺達は腹ごなしに、と、そのまま駅周辺への道を散歩する。冷たい飛沫をあげる湾を見ながら橋を渡り、ふと目に止まったのは大きな観覧車だった。
「わぁ……! ライトアップしてるよ! 綺麗~!!」
「もうすっかり日が沈んじゃったもんな。でも、近くで見ると一段と綺麗だな。赤と緑で、クリスマス! って感じ」
「雰囲気ある~! ねぇねぇ、ヒロくん?」
手さげの鞄を持っていない方の手で、ちょいちょいと指先を引かれる。上目遣いでおねだりするような七海の要望を、俺が理解できないわけがない。だって、幼馴染だから。
「……わかった、わかった。乗っていこうか?」
「うん!!」
俺の答えは、大正解だったようだ。
急かすように足並みの早くなる七海に続いて、俺達は小さな遊園地に足を踏み入れた。観覧車のチケットを購入し、列に並ぶ。
「そういえば、ヒロくんと観覧車って乗ったことなかったよね?」
「うん? そうかも。前に遊園地に行ったときは、観覧車が無かったからな」
「わ~。ヒロくんと初体験!」
「……言い方が紛らわしいよ」
「あ。照れた~!」
この手の話題も案外わかって言っている、小悪魔の七海。そんな思わせぶりな煽りにも慣れてきた。だが――
(案外、冗談で言ってないときも多いんだよな……)
そう思うと、つい顔が熱くなる。
「ほら、来たよ。乗ろう?」
嬉しそうな七海に促されるまま観覧車に乗り込み、俺達は向かい合って腰かけた。
「わ。結構揺れるねぇ」
「この絶妙な浮遊感、なんともいえないな」
「ヒロくん、ふわふわするやつ苦手?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ジェットコースターだって普通に乗れるし。ただ、落ちるでもなく宙に浮いたままっていうのが、こう……そわそわするっていうか」
「あ、わかるかも。なんか落ち着かないよね」
ふふふ、とはにかむ七海と共に街の夜景に視線を移す。
「綺麗だね? 上から見ると、今日歩いてきた街が、全然違って見える」
「そうだね」
「イルミネーションがきらきらしてて、街灯がぼんやり明るくて……それは同じはずなのに、ゆらゆらしてて、ここからの眺めは静かで。私達だけ別の世界にいるみたい……」
夜景にうっとりとする七海の横顔がなんだか大人っぽくて、そちらばかりを見てしまうのに気が付いたのだろうか。七海はふいにこちらに向き直った。
「ふたりきり、だね?」
いたずらっぽいような表情。だが、街の夜景を背にした七海は今までに見たことのないような、どこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。それとも、ロマンチックな雰囲気というのはこういうことをいうんだろうか。
思わず言葉を失っていると、七海は手さげの中からリボンの付いた包みを取り出した。
「ヒロくん、これ……」
「……!」
赤と緑の色合いが鮮やかな包み。少し違うが、俺の鞄にも似たようなものが入っている。いつ渡そうかとタイミングを逸していたプレゼントを、俺も取り出した。
「じゃあ、これは俺から……」
「……! いいの!?」
「あたりまえだろ? だって――」
いつもなら言い淀んでしまうような言葉も、今なら言える気がする。
「七海ちゃんのことを想って、買ったんだから」
そう言うと、七海の表情はまるで泣き出すんじゃないかってくらいにくしゃっと明るくなった。
「ふふ。ふふふ……! ありがとう、ヒロくん?」
「こちらこそ。いつもありがとう」
「うん! ねぇ、開けてもいい?」
「うん。俺も――」
ふたりしてわくわくしながら包みを開けると、そこには――
「「――あ。」」
似たような柄のマフラーが、それぞれの手に握られていた。
七海の手には明るい色のが。俺の手には、落ち着いた色のづかいのものが。
「「ふふ、ふふふ……!」」
思わず顔を見合わせる。そうしてやっぱり思うのだ。ああ、幼馴染だなぁって。
「冬だから、あったかいのがいいかなと思って――」
「それでいて、学校へ行くときに使ってもらえると嬉しいよね?」
「考えてること、同じだったな」
「私達、似た者同士ってこと? それとも、仲良し?」
マフラーを抱き締めるようにして笑みを浮かべる七海に先程までの妖艶さはなく、いつも通りの愛らしい七海だった。
だが、七海は何を思ったか、席を立って俺の隣に腰掛けると一言――
「ねぇ? ちゅーして?」
「……!」
「ここなら誰も、見てないからさ?」
「でも、外は恥ずかし――」
言いかけて、大きな瞳と目が合った。期待するような、それでいて見透かしたような瞳だ。
(ああ、敵わないなぁ……)
「……わかった。ちょっとだけだよ?」
「ふふ。そうやって、いつもお願い聞いてくれるヒロくん、好きだよ?」
「もう……」
そんな風に笑うから、いつも言うことを聞いてしまうんだろう?
遠慮がちに唇を合わせると、七海はこれ以上ないってくらいに嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりヒロくん、だ~いすき……!」
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