第36話 告られ
後日、文化祭を無事に乗り切った俺達は十二月上旬の中間テストを終えてひと段落。いつものように五人で昼休みを過ごしていた。
結局七海は、文化祭で何人かの女の子とアドレスの交換をすることに成功したらしいのだが、昼食を一緒にとる仲までは至らないようで、未だに俺と祐二、光也、遼平の四人と共に昼休みを過ごしている。
今は購買に行くとかなんとかで席を外しているが、七海を含めた五人が俺にとってのいつものメンバー、所謂いつメンというわけだ。
そんな中、チャラ男風の髪型にひと際気合の入った祐二が口を開く。
「で、結局どこまでいってんの?」
「え? なにが?」
「何がって! 芹澤さんとだよ!! 付き合ってんだろ? 手は繋いだ、よな? 仲良さげだし。キスは? え、ちょ、ひょっとするとそれ以上とか――!」
「ぶっ……!」
身を乗り出してそわそわとする祐二のあまりにあまりな物言いに、思わず噴き出す。
「で、どうなん?どうなん?」
光也と遼平も興味津々な眼差しを向けた。
(こいつら……! 七海ちゃんが席を外すとすぐコレだから……!)
「別に、どうもシてないって……」
誤魔化そうと視線を逸らすが、こいつらとは長い付き合いな手前、あまり意味は無い。
「え~! 嘘だぁ! あんな美少女と付き合ってて何もナシってそりゃあないだろう!」
「俺ならせめてBくらいは……」
「何ソレ? B? 芹澤さんはどう考えてもBどころの騒ぎじゃねぇだろ?」
「違うって、カップじゃなくて恋のABCの話!」
「ああ、AがキスでBが――って、光也、それ知ってるとかお前中身何歳だよ? アラフォー?」
「うるせ。祐二だって知ってんじゃん。遼平は自分で調べろ――ってか、どうなの真尋?」
にやにや顔の光也。俺は自分にできる精一杯の笑顔を浮かべた。
「さぁ~? どうだろ?」
「う~わ、出たよ! 勝者の余裕!」
「こいつぜってーCまでいってるぞ!」
(ふざけんな!! いってねーよ!!)
「はぁ~もう、羨ましい! あんな美少女が幼馴染で彼女とかマジで羨ましい! 前世でどれだけ徳を積めばそうなんの!? 最近、クリスマス前に駆け込みで付き合いだした奴の話も多いしさぁ! ああもう! 誰か俺の絶望を、分かち合ってくれよ!!」
大袈裟に天を仰ぐ祐二の肩を、光也と遼平が抱いた。
「「「男三人でクリスマスパーリィもイイよな!! な!!」」」
ちらりと見やる視線が痛い。
そう、俺も去年まではそのむさ苦しいクリスマスパーティーに参加していたのだ。アレはあれで楽しいから、好きなんだけど……
「あ~、その、今年は……」
「わかってるって、皆まで言うな。アレだろ? 性の六時間」
「ちょ、祐二……! 声落とせよ! クラスに女子がまだいる――」
「と、とにかく! 真尋は今年は不参加ってことでいいんだな?」
「ご、ごめん……」
「気にすんなって! 真尋がリア充になったのは羨ましくて血涙出るけど、同じくらいに祝福もしたいんだからさ! とりあえず、卒業おめでとう!!」
「だからっ……! 卒業はしてな――!」
言いかけていると、七海が唐揚げの入った袋を片手に帰ってきた。
「ただいま~! って、あれ? なんか盛り上がってた?」
「「「「――っ!!」」」」
男ども四人は一斉に口を噤んで着席した。そんなことも露知らず、七海は満足そうに袋の中身を見せびらかす。
「あのね、食堂のおばちゃんが唐揚げ一個おまけしてくれたの!『よく食べる子は好きだ』って!」
「へ、へぇ~。芹澤さん、購買じゃなくて食堂に行ったんだ?」
「うん! お弁当足りなくて、小腹空いちゃって……」
「それで唐揚げ? 芹澤さん、小柄な割によく食べるよね? まぁ、いいことだと思うけど……」
こらこら遼平、そこで七海の胸を見ない!
「五個入りなんだけどおまけで六個あるから、あげるね? はい!」
「あ、ありがと……」
目の前に差し出された唐揚げに、口を開けると――
じぃ~……
三人が、ジト目でこちらを見ている。
(し、しまった! つい、条件反射であ~んして――)
すかさず割りばしを受け取って、唐揚げを口の中に放り込む。
この場は、これが正解だ。
「皆も食べる? 唐揚げ」
「食べる! 食べます!」
「でも、俺達まで貰ったら、芹澤さんの分が――」
「いいの。こういうのは皆で食べるのが美味しいんだから! ほら、あつあつだよ~?」
「「「芹澤さん……!」」」
そんなこんなで、俺達は平和な昼休みを過ごしていた。
すると――
「あの~……」
背後から遠慮がちに声をかけられる。振り返ると、そこにはひとりの女子生徒が立っていた。先日一緒に喫茶店のフロアを担当した、菊岡。ウェーブの髪を肩まで垂らした、少し気弱だけど利発そうな女子だ。
「菊岡? 七海、菊岡が来て――」
「ち、違うの。今日は七海ちゃんじゃなくて、茅ヶ崎君に用があって……」
「俺?」
「う、うん。その……ちょっと、一緒に来てくれるかな?」
菊岡とは別に委員会が一緒とか、そういう関わりは一切ない。不思議に思いながらついていくと、菊岡は屋上に繋がる階段を上り、扉の一歩手前で止まる。屋上は封鎖されているため、この場所はいつもひとけの無い場所だった。
「で? 用って何――」
「あの! これ! 受け取って欲しいの……」
菊岡が手にしたランチバックから出てきたのは、小さな包みに入ったクッキーだった。
「私、料理研究部なの。それで、これ……こないだ文化祭で、助けてもらったから。お礼……」
「ああ、大学生に絡まれてたやつか……」
(別に、あの程度でわざわざお礼なんて必要ないのに、律儀だな……)
戸惑いつつも、こくこくと頷く菊岡からクッキーを受け取る。
「あ、ありがとう……?」
そわそわとした菊岡につられて、こちらまでなんだか気恥ずかしくなってくる。礼を述べると、菊岡は意を決したように顔をあげた。
「あ、あの! 茅ヶ崎君!」
「な、なに?」
「ええと、その……茅ヶ崎君って、クリスマスに予定とか……ある?」
(え――)
「もしよければなんだけど、私と一緒に……映画とか……」
(あ。これは――)
いくらなんでも、ここまで言われて気が付かない俺ではない。
目の前でもじもじとする菊岡の頬は染まって、よくよく見れば大学生にしつこくナンパされるくらいには整った顔立ちをしている。というか、普通に可愛い部類だ。もしこれが去年の出来事だったら、間違いなく俺はOKしていただろう。
だが――
(はぁ。こんな、女子に告られまがいのことをされるなんて嬉しいイベント、できれば去年までに体験しておきたかったな……)
俺は深呼吸をして口を開いた。
「ええと……菊岡は知らなかったみたいだけど、実は俺、彼女がいるんだ……」
「あ……」
「クリスマスは、彼女と一緒に過ごすから……その……ごめん」
はっきりとそう告げると、菊岡は一瞬しょんぼりとしたように俯いたが、一度こくりと首を縦に振って、俺を見据えた。
「うん……わかった。ありがとう、はっきり言ってくれて」
泣き出すんじゃないかとそわそわしていた俺は、菊岡のことを見誤っていたようだった。
「菊岡……」
なんとも言えず、受け取った包みを返すべきなのか判断がつかない俺に、菊岡はクッキーを押し付けた。
「それ、お礼の気持ちだから受け取って。今の話とは関係がない……私の、感謝の気持ちだから」
「あ、ああ……」
再び包みに視線を落とす。受け取ったときは気が付かなかったが、手作りと思われるクッキーは中に複数枚入っており、その一枚一枚がどれも手の込んだ、全て異なる種類のものだった。
市松模様に渦巻き、サブレ風の砂糖をまぶしたものに、丸くて白い可愛らしいのは、ブールドネージュだろうか。見栄えも綺麗で、すごく上手だ。
きっと、一生懸命作ってくれたのだろう。
想いを、込めて。
「……ありがとう」
その一言は、ふたつの意味を含んだ言葉だった。ひとつはクッキーのお礼。もうひとつは、想いを伝えてくれたことへの――
その意図がきちんと伝わったことは、菊岡の目を見れば明らかだった。
「こちらこそ。時間とらせてごめんね? あ~、残念だなぁ! でも、言ってみてよかった! すっきりした。やっぱり茅ヶ崎君、いい人だね?」
「え、いや……俺は、その……」
「ううん、いい人だよ。絶対。私が保証する」
晴れ晴れとした菊岡の顔。俺は、その想いに真摯に応えることができたようだ。
「じゃあ、これからもクラスメイトとしてよろしくね、茅ヶ崎君? 教室、戻ろっか?」
「ああ」
クリスマス前の、思いもよらない体験。
だが、このとき俺は知らなかった。
学校内でのスクールカーストが、徐々に動き出しているということに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます