第33話 文化祭2

 その日のシフトを無事に終えて、俺と七海は文化祭を楽しむために制服に着替えて校庭に繰り出した。様々な催し物が記載されたパンフレットに目を通しながら、わくわくとした視線がこちらを覗き込む。


「ねぇ真尋くん? どこに向かってるの?」


「ん? ひとまずは校庭かな。だって、七海昨日『チョコバナナとクレープとわたあめが食べたい!』って言ってたじゃないか。とりあえず全部買って、それから考えようかと」


「うっ。改めて聞くと、私ってば食べ物ばっかりだね……そ、それよりも! 真尋くんは行きたいとこないの?」


「俺は別に……」


 七海が満足してくれるならそれでいいわけで。そのために昨日一緒にパンフレットに丸をつけたつもりだったから、自分のことなんて何も考えてなかった。咄嗟に言葉が出てこない。

 すると、七海は腰に手を当てて、ぷんすこと怒った素振りを見せる。


「もう! そういうの、ヒロくんの悪いとこだよ!? 私のばっかりで、自分のことはいっつも後回しなんだから!」


「いや、だって……俺にとってはその方が楽しいし……」


「ダメダメ! 私だってヒロくんと『一緒に』楽しみたいんだから、両方の行きたいところに行かなきゃダメだよ!」


「う……」


 大きな声に、周囲の視線が振り返る。


 傍から見たらなんていう痴話喧嘩なんだろう。

 しかも、怒ると咄嗟に口調が『ヒロくん』に戻るあたり必死さが伝わってきて、申し訳ないけど可愛すぎる……


 恥ずかしさに思わずしどろもどろになった俺は、視界の端に映った校庭の特設ステージに目を向けた。


「じゃ、じゃあ……祐二の出るステージを見に行こう? 男子軽音部の。ほら、あと30分後にやるみたいだから」


 プログラムを指差すと、七海はにこっ!といい笑顔になる。


「いいね! 祐二くんがよく歌ってくれた……Xジャパンだっけ?」


「いや。今年はゴールデンボンバーのメドレーだって」


「ゴールデンボンバー?」


「ああ、ここ最近日本で流行ってたやつ。アメリカではそんなに知られてないか。『女々しくて~♪』ってやつ、知らない?」


「あ、それ聞いたことある! 原宿で流れてたやつだ! ぴょこぴょこ跳ねる振り付けの!」


「それそれ」


「わぁ~! 祐二くん踊るの? 楽しそう~!! あ。クレープのいい匂い!!」


 笑顔でそこらじゅうをせわしなく歩き回る七海。ぴょこぴょことした動きがそれこそ楽しそうで、思わず顔が綻んでしまう。

 文化祭なんて、今まではただ自分の担当をこなすことと空いた時間をどう潰すかくらいにしか考えていなかったが、なんだこれ。すっげー楽しいじゃないか。


「真尋くん! いちごホイップかアーモンドシュガーならどっちがいい!?」


 振り返る七海に、俺は――


「どっちでもいいよ。七海が好きな方で……」


「むぅ……!」


「……じゃなくて。どっちも好きだから、好きな方選んでよ?」


「むっ。じゃあ……真尋くんアーモンド好きだから、こっちね!」


「うん」


 満足そうにクレープを差し出す七海が今日も可愛くて仕方がない。


      ◇


 軽音部の特設ステージにやってきた俺達はにぎわう人混みを掻き分けてギター担当である祐二がよく見える向かって左手側にやってきた。

 すでに始まっていたステージで盛り上がりを見せる軽音部。あいかわらず祐二は歌がイマイチで、ギターの腕は一流だ。俺達を見つけるなりウィンクを飛ばしてくるお調子者な感じもあいかわらず。


「すごい盛り上がり! 祐二くん、楽しそうだね!」


「ああ。やっぱあいつはステージの上が一番輝いてるよ」


「ふふっ! 真尋くん、まるでプロデューサーみたい!」


 なんてことを話していると、ヴォーカル担当のシンヤがパッとこちらを振り向いた。


「あーっ! そこの可愛いお嬢さん!!」


 ババッ!と伸ばされた手が、七海の方にひらひらと揺れている。これは所謂、観客を巻き込む系のステージパフォーマンスってやつなんだろう。


「失恋したばっかりの俺を慰めてくれぇ!!」


 そう言って、『よよよ……』と七海に涙目を向ける。これから披露する『女々しくて』の演出にそれっぽさをプラスするための子芝居に笑う観客。だが、ターゲットされた七海はあたふたと慌てるばかりだ。


「こっち! ステージに来てきて! 一緒に踊ってくれぇ!」


「ふえっ!?」


「跳ねるだけでいいからぁ!!」


「ふ、ふえぇっ……」


 振り返る七海の視線で伝わる、『ヒロくん、どうしよう……!』の一言。たしかに人見知りな七海にとっては若干ハードルが高そうだ。

 心配になりながらも見守っていると、祐二が『俺に任せろ』的な視線を送ってくる。そして、マイクを七海に向けた。


「シンヤはああ言ってるけど、お嬢さん、ひょっとしてその顔は……彼氏いるな!?」


「……!」


 にやりとした視線が俺を見る。


(祐二……! 内緒にしてたの、根に持ってるな!?!?)


 内心で俺も焦りだす。だが、公にしたくない俺達はここでノーと言うべきなのか。だが、これはただの余興……そう思っていると、七海は予想外の答えを口にした。


「彼氏は……い、いません……」


 ちらちらと俺を伺うような七海の視線。

 美少女のフリー宣言に『ヒュ~!』と沸く会場。

 だが、次の瞬間――


「でも……好きな人は、います……」


(……!!)


 はわはわと照れながらこっちを見る七海。明らかにこっちを見ながら言われたら、『隠せてないよ!!』と言いたくなる。

 『告白くるか!?』みたいな流れに再び『ヒュ~!』と沸く会場。内心でドキドキと焦る俺。だが、顔を真っ赤にしながら俺をチラ見する七海が可愛すぎて何もできない!


「だから……」


 七海が言いかけていると、それを遮るようにして祐二のギターがジャァアン!!と鳴った。


「はい! シンヤ! ざんねぇ~んでした!」


「うぁあ……!! 美少女には、想い人がいた。夢破れて山河あり……! この想い、聞いてください……!! 『女々しくて』」


 MCが終わると同時に曲が始まった。内心でほっとする俺に、祐二は『巻き込んじゃってごめんな!』を意味するてへぺろを向ける。

 一方で七海は『ふふ、言っちゃった……!』みたいなてへぺろを向ける。


(はぁ……七海ちゃん。ひょっとして、もう隠す気ないな?)


 今まで隠そうとしてきた俺の苦労はなんだったのか。呆れ顔でため息を吐くと、七海はちょいちょいと俺の指先を引いて、耳元に顔を近づけた。


「真尋くん……好き♡」


「……!」


「えへへ! ほんとに言っちゃった!」


 まるでイタズラでもしているような、楽しそうな表情だ。


(もう。七海ちゃんはこれだから……)


 ちょっと辛抱が足りなくて、秘密が守り切れなかったとしても。


(もう、いいよ……)


 可愛いから許す。

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