第31話 コスプレデート 後編


 結局、メイド服が一番良い(マトモ)という結論に至った俺達は原宿で数あるメイド服を扱っている店の中でも質の良いものをチョイスして購入した。


 文化祭の衣装については実行委員が算出した予算比から少しではあるがクラスに配給が行われる。足りない分については生徒の頭数で割ったり、男子が気になる女子に『どうしてもコレ着て!』というものを着てもらったりするために多めに出したりなんて攻防が水面下で繰り広げられているらしく、それらを統括しているクラスメイトの米島から『領収書くれればいいよ』なんて太っ腹なことを言われているので、俺達は安心して買い物をすることができた。

 そんな俺達が選んだメイド服は――


「ヒロくん……どうかなぁ?」


 自室でミニ丈なスカートを翻しながら、背後に手を回して白エプロンの紐を正す七海。エプロンと胸元のフリルは大ぶり過ぎず、華奢過ぎず、いい塩梅に上品さを醸し出している。


「うん、いい感じ。ミニだけど胸元がリボンとフリルのついた襟で覆われるデザインにしたのは正解だったな。清楚っぽさの中にも若々しさっていうか、『メイドさん!』って感じが残っているし、でもセクシーに寄り過ぎないっていうか。丁度いいと思う」


 我ながら完璧なチョイスだ。


 そう。七海ちゃんの体型は一言で言うとロリ巨乳。つまり、胸元の谷間さえうまく隠せれば俺以外の男子に下卑た視線……というか、必要以上にイヤな感じに注目されてしまう恐れもないだろう。

 それでいてミニ丈だから防衛に寄り過ぎず、女の子同士でも『それ可愛いね!』みたいな文化祭特有の雰囲気を楽しむことができるはずだ。


 そんなことを考えながら、俺は七海の部屋でベッドに腰かけながら大満足でお披露目会を楽しんでいた。


「うん。イイ。すごくイイよ」


「えへへ、そうかなぁ? ヒロくんが嬉しいなら、私も嬉しいなぁ......」


「嬉しいなんてもんじゃなく嬉しいよ。だって七海ちゃんのメイド服だもん。それを一番乗りで見れるなんて。それより、サイズ感はどう? 一応店で試着はしたけど、キツかったり緩かったりしない?」


 どこがキツそう、とは言わないけどさ。


 そう尋ねると、七海は俺の隣に腰掛けて自分の胸元を覗き込む。


「ちょっと胸がキツいけど、これ以上大きいサイズは腰回りとか緩くなっちゃうし、コレがベストかな? あ、でもね! これ、暑くなったら首元の襟取れるんだよ!」


 そう言ってリボンの付いた襟から胸元にかけてのフリルブラウス部分をペロっと取り外すと、大きく開いたセクシーデザインに早変わりする神仕様。


「ほら取れた! 二種類のデザインが楽しめるの!」


「ちょ......!」


 取れた!じゃないでしょ!?


「ああ、わかったってば。そんなにぐいぐい来ないでもわかるよ……」


 谷間の深さがヤバいって。


 だが、そこは七海も理解しているのか、『でも、文化祭ではこっちね』と言って、取り外した襟を付け直す。しかし次の瞬間、イタズラっぽい表情でこちらにぐっと身を寄せた。


「でも……ヒロくんなら、いいよ?」


 七海はそう言って胸元のフリルを付けて外して、チラチラと見せつけては遊んでいる。


(うっ。最近七海ちゃんはふたりになると小悪魔これだから……)


 困ったように視線を逸らしていると、七海は再びじゃれるようにしてこちらに覆いかぶさってきた。

 為す術の無い俺はそのまま押し倒されるようにベッドに仰向けになる。


「せっかくメイドさんになってるんだから、マッサージしてあげようか?」


(マッサージ……どこを?)


 さわさわと脇をさする手がこそばゆくて蠱惑的だ。


「それともご奉仕しましょうか? ご主人様?」


 上から猫のようにぺたーっと擦り寄られると、いつにも増して密着度が高い!


(七海ちゃん、結構ノリノリだな……ひょっとしてこういうの、好きなのかな?)


 でも、これ以上はちょっと困る。


「ちょっと七海ちゃん? あんまり煽らないでよ……そういうのはしないって、前も言っただろう?」


「む。ヒロくんのケチ~」


「ケチって……我慢してるこっちの身にもなれっての」


「しなくていいってばぁ」


「そういうわけにもいかないの」


「む~」


 コスチュームプレイにノッてくれないことに、七海は不満げに頬を膨らませる。そりゃあ俺だって男だから、本音を言えばメイドさんプレイがしてみたい。だが今は、メイド服姿で楽しそうにじゃれつく七海を見ているだけで俺は大変満足だった。

 だって、『ケチ~』とか『バカ~』とか言いつつもすりすりしてくれるのが可愛くて仕方がないんだから。


「ほら、七海ちゃん起きて? いつまでも上に乗られてると、身体が痺れるから」


「え~? 私、そんなに重いかな?」


「そうじゃないけど、メイド服がヨレちゃう前に写真が撮りたくて」


 その一言に、きょとんと固まる七海。


「え? 写真?」


「うん、写真。え? ダメだった?」


「しゃ、写真って……! そんなの恥ずかしいよぉ!?」


 今度は急にバタバタと手を振り、真っ赤になって慌てだした。


(えぇ~? これだけ大胆に迫っておきながらソレ言うか!?)


 女子の『恥ずい』の基準がわからない!!


「だ、だって! 写真って、ポーズとか、その……色々撮るんだよねぇ!?」


 それでどうしてスカートの股下をおさえるのかわからないんだけど。一体どんなポーズをさせられると思ってるの? 俺ってそんなにエロい彼氏だと思われてるの? それはちょっと誤解だってば。


「まぁ、ポーズとってくれてもいいけど。そのままでもいいよ? 十分可愛いし」


「かわっ……!? ヒロくんて、最近躊躇ないよね!?!?」


「え? そう? 前から普通に言ってないっけ?」


「そこまで躊躇なくサラッとは言ってなかったよぉ! 昔はもうちょっと照れてたよぉ! 私は、ヒロくんが……その……照れながらも一生懸命『可愛い』って褒めてくれるところが好きで……ああもう! 何言わせるの!?!?」


「急にキレるなよ!? てゆーか何ソレ初耳! ちょ、そんな……! 何思い出させてんの!? こっちまで恥ずかしくなるだろ!?」


「あぅ……だってぇ……」


 耳まで真っ赤にして涙目で照れだす七海。思えば、七海ちゃんがここまで恥じらうのは露出がどうこうとか、密着度がどうこうというのではなく、俺に褒められたときだったかもしれない。


「ああもう! 七海ちゃんはこれだから!」


 可愛いが過ぎる!!


「とにかく! 文化祭ではちゃんと胸元の襟付けてよ!? あと、休憩時間は被るように米島にお願いしておくから、予定入れないように!」


 ペシッ!と外された襟を投げつけると、『ひゃわっ!』とか言いながらそれをキャッチする。そんな慌てふためく七海が、カメラロールにまたひとつ保存されたりされなかったり。


 文化祭まであと二週間。俺達はクラスの皆よりも一足先に、ふたりだけのコスプレウィークを楽しんだのだった。

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