第30話 コスプレデート 前編
週末にデートを控え、もはやどうでもよくなったテスト最終日を乗り切った俺はベッドに寝転がりながら充電器に刺さったスマホをいじる。そこには七海からのメッセージが届いていた。
――『明日、10時にピンポンするからね!』
――『了解』
家が隣ともなれば待ち合わせの約束なんてそれくらいで十分なわけで。でも、こういう『一緒に居るのが当たり前』みたいなやり取りをしていると思わず顔がニヤけてしまう。
(七海ちゃんと原宿か。どんなコスプレ衣装が似合うかな?きっとどんなものだって似合うけど、文化祭で着るなら露出度は低めの方が……)
なんてことを考えてながらコスプレのサイトを見ていたら十二時を過ぎてしまった。
(やば。もう寝よう……)
わくわくとした気持ちを落ち着けるように布団をかぶり、俺は目を閉じた。
◇
翌朝。
ピンポーン。
『ヒ~ロ~くん!一緒行こ!』
「はいはい、すぐ出るから!」
そんないつものやり取りを、姉の琴葉は歯ブラシ片手にニヤニヤ顔で流し見る。
「なになに~?今日はどこ行くの~?」
「え、原宿だけど」
「へぇ~、原宿ねぇ?ふたりにしては珍しいチョイスなんじゃない?珍しいスイーツ店も多いし少し歩けば渋谷まで徒歩で行けるし、楽しそう。ああ、ちなみに『休憩』するなら道玄坂方面が沢山あって手軽だよ」
「ん? カフェなら原宿の方が多いんじゃないのか?」
その問いに、ひそひそと耳打ちをする琴葉。
「バッカだなぁ真尋は。デートで『休憩』って言ったら、ホテルに決まって――」
「……!! い、行かないってそんなトコ!!」
「え。行かないの?」
「行かない!!」
「付き合ってんのに?」
「それとこれとは別だろ!?」
「七海ちゃんが『行きたい』って言ったら?」
「なっ……はぁ!?!?」
『ヒロく~ん??』
扉の向こうからの呼び声に、俺はハッとして鞄を手にした。
「ね、姉ちゃんが余計な事言うから!!」
「ふふふっ。お土産は有名パティスリーのエクレアでいいよ~?道玄坂にある……」
「道玄坂は!行かないから!!」
バタン!と勢いよくドアを閉め、玄関先で待っている七海と合流する。
「遅くなってごめん……」
「ううん、全然!ヒロくん、おはよ?」
「お、おはよう……」
「じゃあ、行こ?」
そう言ってにこにこと手を握る七海。ここ数日で涼しくなってきたせいか、久しぶりに見る私服の装いは秋を感じさせるものになっていた。少し厚手なハイウエストのフレアスカートに、こげ茶色の小さなポシェット。控えめなフリルがあしらわれたブラウスの上には淡い色合いのカーディガンを羽織っている。
(わ。露出は少なくなったけど、これはこれで新鮮……)
なんていうか、お清楚可愛い。
(こんな七海ちゃんが自分から『ホテル行きたい』なんて、言う訳ないな……)
『ねぇねぇ、最初にパンケーキ屋でいいよね?』なんて嬉しそうに尋ねるその姿にどこかホッとしたような心地になりながら、俺は差し出された手を握り返したのだった。
◇
「ねぇヒロくん?」
「…………」
七海のことを『お清楚可愛い』なんて言ったのは何処のどいつだ。
今、俺の目の前には、パツパツでボタンが今にも弾け飛びそうな胸元を見せびらかすようにして四つん這いで迫る七海がいた。
ここは原宿のカラオケボックス。七色のパンケーキに仲良く舌鼓を打った俺達は、数多あるコスプレ衣装の中からまずは似合うものに目星を付けようと、様々な衣装を無料で貸し出しているというカラオケ店に来ていた。質より量。とにかく色んなものを着てみて、気に入ったものがあれば違う店で良いやつを購入しようという算段。ここまではよかったのだが……
「どう?似合う?」
じりじりと距離を詰め、片方の手で返事を促すように俺の太腿をゆさゆさと揺する。白いナース服の衣装はSサイズではあまりに胸元が窮屈で、膝上数十センチな短さのタイトスカートからは程よくむっちりとした太腿が覗いている。そして、その側面で華奢なレースのストッキングを支えるガーター……
「ヒロくん?ちゃんと見てる?」
正直に申し上げると、目のやり場に困ってどこを見ればいいのかわからない。というか、360度どこをどう見てもエロいしか言えない。そんな俺の気も知らず、返事がないことにぶぅたれる七海。
「も~!ヒロくんさっきから『可愛い』しか言わない!褒めてくれるのは嬉しいけど、それじゃあコスプレ選びの参考にならないよ~!」
「だって、しょうがないじゃん……」
可愛い、エロい、好き、抱きたい。しか感想浮かんでこないんだから。そのうちなんの抵抗も無く述べられる感想なんて『可愛い』一択なんだから。
視線を逸らしたままごにょつく俺に、七海はぐいぐいと近づいてきてはシャツの襟首を掴んで揺する。
「ねぇねぇ!今までの中でどれが一番よかった!?猫耳!?メイドさん!?チャイナ服!?それともナース!?」
「あああ!太腿の上に跨らないで!」
(そして太腿で太腿を挟まないで!! 理性が死ぬ!!)
ゆっさゆっさと頭を揺さぶられる度に七海の胸もパツパツのナース服から零れんばかりにたぷたぷ揺れる。それを見て、俺は――
(ああ、ナースもアウトだな……)
結局、着てみた中でセーフだったのはメイド服だけだった。猫耳衣装はそれだけだと遊園地の被り物レベルになってしまうし、付属のベルト装着型尻尾を付けたらつけたでスカートの後ろが捲れあがり、中が丸見えだ。
チャイナ服は七海のプロポーションだと谷間もスリットもヤバくて下半身抹殺兵器にしかならないし、なにより胸元のひし形に開いた謎の窓がR18。ちょっと手を引っ掛けて下にさげたら零れちゃうだろ、あんなん。実際に着てもらってわかったが、なんだアレ?Aカップ以外の人間が着たら学祭どころじゃなくなるわ。却下、却下。
でもってナース服だが……
「どう?似合う?何か言ってよぉ……?」
(はぁぁ、もう……正直に言うしかないのか……?)
「か、可愛いとは思うんだけど、そのガーター、ちょっとエロすぎじゃない?無しにできないの?」
「でも、コレが無いとストッキングずり落ちちゃう……」
「じゃあストッキングも無しにしてみたら?」
「え? う~ん……」
指摘されるがままにもぞもぞとスカートの中に下から手を突っ込む七海。ガーターとストッキングを脱ごうとしているのはわかる。わかるが……
「今ここで脱ぐの!?」
「え?ダメ?」
「ちょ、待って!うしろ向くから!」
「別にヒロくんならいいよ?」
「俺がよくないの!!」
いくら諸々見たことあるっていっても、目の前で
「そ、そんなに照れなくても……水着の方が肌出てた気がするけどなぁ?」
「それはそうかもしれないけど……」
確かに七海の言う通り、露出面積自体は水着が最も多かった。だが、なんて言えばいいんだ?そうじゃないんだよ!世の中には、着ている方がエロいこともあるんだよ!俺は今日、身をもってそれを理解した。
カラオケボックスでふたりファッションショーをはじめてからというもの、俺の血流は
「できたよ~」
着替え完了を知らせるその声が思いのほか呑気なものであることに安心しつつ振り返ると、そこには顔を赤くしながらナース服のミニスカをもじもじと抑える七海の姿があった。
「な、なんか脱いでみると、思ったよりも短い……スースーするね。落ち着かないや……」
「…………」
客観的に見る、視覚的な肌色面積に差異は無いはずなんだが。なんだが……
そういう風に照れられると、これはこれでエロい。
「ど、どうかな……?文化祭でナース服……いけると思う?」
ちらちらと上目づかいで問いかける七海に、俺は笑顔で答えた。
「うん。アウトかな」
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