第21話 積極的な彼女?

 夏休みも終わりに近づき、いよいよ温泉旅行を来週に控えたある晩。洗面台で歯を磨いていると不意に姉に声を掛けられた。風呂上りでまだきちんと乾ききっていない濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながら、ブラからはみ出た乳を一応ちょっとだけ直して、俺の顔色を伺うように鏡にひょっこりと映りこむ。


「七海ちゃんとは、どーよ?」


「どう、って言われても……」


「ちゃんと付き合い始めたんでしょう?こないだもプール行ってたし。帰ってきた時の楽しそうな声、私の部屋まで聞こえてたよ?」


「それは、まぁ……」


 言われるまでもなく、プールは楽しかった。水着がポロリなアクシデントはあったものの七海もその日は大変満足だったようで、帰り道はふたりして『楽しかったね』『また行きたいね』などと話に花を咲かせながら帰宅したのが丸聞こえだったようだ。付き合いたてのバカップルっぷりが身内にモロバレなのは若干恥ずかしいが、姉は件の温泉旅行を手配した良き協力者でもあるので今更隠したところで意味も無い。俺は開き直って相談してみることにした。


「付き合ってまだ一か月ちょいなんだから浮かれててもしょうがないだろ?それより、最近七海ちゃんが――」


「ほうほう、悩み事かな?良い心がけだ。お姉ちゃんになんでも相談しなさい!」


 どや!と胸をたぷつかせた姉は下着姿のまま俺の手を取ると『ちょっと場所を移そうか』と言って姉の部屋に俺を押し込む。


「ちょっと、姉ちゃん……!」


「飲み物取ってくる!真尋まひろ、コーラでいい?」


「もう歯ぁ磨いたからお茶にして!それより先に服着ろよ!?」


 床に散らばった洗濯済みの衣服の中からかろうじてTシャツを拾い上げ、アレコレ丸出しの背中に投げつけると、『コレ胸がキツいからヤだぁ~』とか言ってそのまま投げ返された。ぼふっ!と顔に張り付いたTシャツを引っぺがしながら、俺は思う。


(姉ちゃんもアレで女子だしそれなりにいい匂いはするんだけど、七海ちゃんのはやっぱこう、なんか違うんだよなぁ。より甘いっていうか、『七海ちゃんの匂いがする』ってだけでなんかこう、ヤバイ……)


 そう。最近目下の悩みはソレだ。単刀直入に言うと、七海ちゃんが蠱惑的すぎて我慢がきかなくなりそうなときがある。


(彼女が積極的なのは嬉しいんだけど、度が過ぎると下半身がツラい……)


 俺の中の善なる俺がかろうじてセーブしてくれているからいいものの、こないだも結構ヤバかった。だって、宿題終わった七海ちゃんが『ヒロくん、ご褒美……』なんて言いながら膝の上に跨ってキスをおねだりしてくるんだから、コレを我慢しろなんてもはや拷問の域だ。

 考えたことあるか? スカート姿で跨られると、ズボンの上にはもうパンツなんだよ。つまり、股間、パンツ(俺)、ズボン、パンツ(七海)の順で七海ちゃんが触れているってこと。わけわかんないって? うん、俺もぶっちゃけよくわかってない。ただひとつ言えるのは、跨られたときの感触がなんかヤバいってこと。どれだけ理性ががんばっても生理的に耐えられなくて下が固くなってしまうときもあるが、七海ちゃんはソレに気づいているのかいないのか。それに……


(最近、『意図的に当てられている』ように感じるのは俺だけ……?)


 自意識過剰なら恥ずかしいことこの上ないが、もし七海が積極的に当ててきている場合、俺はいつまでもソレを無視するわけにもいかない。いや、このままだと無視ができない。我慢ができない。その場合、俺はきちんと七海に『七海ちゃんのこと大切にして付き合いたいから、責任が持てるようになるまでセッ――はちょっと……』と説明をしないといけないわけだ。

 無論、七海とシたくないわけじゃない。むしろ大いにシたいと思っているが、善なる俺が出した結論は『真に彼女を想うなら、今は我慢がジャスティス』だ。そこは七海ちゃんにもご理解いただきたい。それに、むやみに手を出すのも『七海ちゃんが汚れてしまいそうでなんかイヤ』みたいな漠然とした感覚が俺の中には消えないでいた。両手に汗をかいたグラスを持って帰ってきた姉に、率直に相談してみる。


「姉ちゃんさぁ。その……彼氏と付き合ってるとき、意図的に誘惑したことって、ある?」


 一瞬きょとんと大きくなるこげ茶の瞳。


「なに?それって――」


「いや!べ、別にナイならいいんだけど!」


 慌てて訂正するも、遅かった。わくわくとした表情が四つん這いで俺の前まで迫ってくる。


「なになに!?真尋ってば、七海ちゃんに誘惑されてんの!?」


「そ、そうじゃないけど!」


(いや、本当はそうだけど!なんて言えばいいんだよ!?)


「ただ、好奇心で!女子からそういうことするのってあるのかな?って思っただけで……!」


「ほ~う?ほうほう……!」


「べ、別に七海ちゃんの態度がどうとか、そういうのじゃないから!」


「ふ~ん。七海ちゃん、そ う な ん だ ?」


「ちがっ……!」


 動揺を隠すようにグラスに入ったお茶を一気に流し込む。しかしそれが良くなかったようだ。姉は『あはは!真尋は本当に隠し事がヘタだなぁ!』と笑ってグラスにおかわりを注いだ。


「なんで隠すの?いいじゃん、別に。ロリ巨乳彼女が清楚な見た目に反して中身がどエロくっても。男子的にはそういうの、むしろサイコーなんじゃないの?」


「ちょ、言い方!!それに、ちょっと積極的なだけで、どエロくはないって!!多分……」


「その言い方だと、心あたりはあるんだな?へぇ、七海ちゃんエロいんだぁ……♡」


 にやにや。


「だから、違……!」


 俺は、反論するのを諦めた。


「ねぇねぇ、七海ちゃんにどんなことされてるの?」


「それは――」


 膝の上に跨ってぎゅうぎゅう胸を押し付けられているとは言いづらい。スゴいときは、もの欲しそうにほっぺをチロっと舐められるなんて、言えない……


「言いたくないなら言わなくてもいいよ。お姉ちゃんは、プライバシーは無くてもデリカシーはある方だから」


「プライバシーも守れって」


「いやぁ、そこはまぁブラコンだから?」


「言い訳になってない……」


「で、質問の答えだけど。私は意図的に彼氏を誘惑したことは無いかなぁ~。そういうのって、性格とか向き不向きもあるし。だけど、女の子の方から積極的に攻める話はよくあるみたいだよ?友達にも何人かそういう子いるし」


「えっ?そうなの?」


「うん。ほら、最近の男子は草食系っていうし?」


 その話に、思わず前のめりになる。


「それって、どういうときに?」


 問いかけると、姉はニヤッと口角をあげた。


「それはまぁ。『物足りないとき』じゃん?」


「物、足りな……」


「それか単純に、シたいとき?」


「…………」


(え、うそ。俺って『物足りない』のかな?)


 イヤな予感が頭をよぎる。


(待てよ。このままだと――)


 七海ちゃんに、飽きられてしまうのでは?


 俺としては七海を大切にしたいからこそ、日々がんばって男子的欲求と戦っているっていうのに!それが伝わらなければ何の意味もなく、ただのつまんない草食系男子になってしまうっていうのか!?


(ツラい!ツラすぎる!!)


 そうして果ては『ヒロくんて、性欲とか無いの?つまんなぁ~い』って言われてフラれたりなんて……


「……!!」


 ハッとしたように顔をあげると、姉と目が合った。


「どう、しよう……」


 意図せずこぼれた弱音に、姉は姉らしくそっと頭を撫でる。


「だ~いじょぶだって、真尋なら。七海ちゃんは真尋のこと大好きだもん。それは見ててもわかる。きっと真尋が考えてること、七海ちゃんもわかってくれるよ?」


「でも……」


「それにほら、七海ちゃんが『ヒロくんにべったり』なのは、昔からじゃない?」


「それはそうかもしれないけど……」


 最近はそういうのともちょっと違うっていうか……


 うじうじと脳内がマイナスに染まっていく俺に、姉はにやりと声をかける。


「だ~か~ら!そういうときの『温泉』だってば!!」


「え――」


「考えてもみなよ~? 一泊二日で同じ部屋! 同じ風呂! 個室で露天風呂!! これで仲良くならないカップルはいないって!」


 なんだそのドヤ顔。それはまぁ、温泉旅行に行ってくれるんだから好感度はかなり高いと思うけど。


「いやいや、さすがに風呂は別……」


 言いかける俺に、姉は追い打ちをかけた。


「なんのために個室露天風呂付きにしたと思ってんの?」


「え――」


「真尋は真面目だからさぁ?ちょっとくらい遊んでもいいんじゃない?っていう姉心がわからないかなぁ~?」


「待てよ。それってどういう――」


 まさか、一晩のアバンチュールを推奨してるのかこの姉は!?


「ナイナイ!ナイって!絶対ダメ!いくら付き合ってるからって、向こうもその気だからって……俺達高校生なんだから!」


「別にシろとは言ってないじゃん?」


「姉ちゃん!?もっとオブラートに包んでくれる!?」


「だから~私が言いたいのはぁ~!」


 『なんだよ?』と思ってジト目を向ける。姉の口から出た言葉は――


「露天風呂くらい一緒に入れば?ってこと♡」


「え――」

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