第20話 プール
結局、『わぁ楽しそう!行く行く!』と、ふたつ返事で温泉旅行のOKを貰った俺は拍子抜けしたような先が思いやられるような心地のまま夏休み中盤を迎えた。照り付けるような陽ざしに目を細めながら、大きめのトートを引っさげてやってきたのは……
「わぁ~!プールだぁ~!!」
麦わら帽子の下からぱぁっと咲くのはヒマワリみたいな眩しい笑顔。こんな大型レジャープールに来てテンションが上がるなんて、子どもっぽい? 陰キャの俺には縁がない……なんてひねくれていた過去の自分は捨て去って、ぐいぐいと手を引くワンピース姿の七海の後に続く。いいさ別に、子どもでも。今日は七海と思いっきり夏を満喫しちゃうから。
「すごいねぇ!広いねぇ!ねぇねぇヒロくん、アレ乗ろうよ!!」
「ん?」
白魚のような指の示す先には、施設の中心にそびえ立つひと際巨大な青い建物。
「……ウォータースライダー?」
「だって!!」
園内パンフレットを片手にうきうきの七海。『もう待ちきれない!』といったその表情に思わず顔がほころぶ。
「じゃあ、早速着替えてこようか。男子更衣室はあっちみたいだから、着替えが終わったらあの看板の前で待ち合わせで。あ、防水ポーチは持ってきた?この広さではぐれたら大変だからな。スマホはロッカーに入れないように」
「うん、バッチリ!それに、ずっと一緒にいるんだからそう簡単にははぐれないよ!じゃあ、行ってくるね!」
ビッ!と可愛らしく敬礼する七海を見送って、俺もさっさと更衣室へ足を向ける。どうせ女子は着替えに時間がかかるだろうから……と、着替えを済ませて待ち合わせ場所付近で浮き輪に空気を入れていると、白い水着に薄手のパーカーを羽織った七海が現れた。
「お待たせ~!」
俺の姿を視認するや否や小走りに向かって来る七海。
「……!?!?」
俺はその目を疑った。
なんていうか、その……一言いいですか?
( で か っ ……!)
白いビキニの三角形からはみ出しちゃいそうなぷるんぷるんを弾ませてこっちに来る。
「ごめんね、待った?」
髪をポニテで纏めながらおずおずとこっちを覗き込む。ボリュームのある上半身と打って変わってすらりと伸びる脚に、引き締まったくびれ。両方の腰には紐っぽいリボンがちょこんと愛らしく揺れて、真っ白い太腿が太陽を反射して眩しいのなんのって……!
「いや、そこまで待ってないけど……」
ごにょごにょと言葉を濁しつつ、思わず二度見する。
どこをって?それは見りゃわかるだろ。
(やっぱ、でかっ!!えっ、ちょ。Fカップって生で見るとこんなに大きいの?つやつやのすべすべって、もう見ただけでわかるやつ……)
絶対、柔らかい。
いやいや、その前に言うことあるだろ?って俺も思ったよ。でも、前が全開のパーカーからこれでもかってくらいにばいーん!と主張してきて、目に飛び込んでくるんだから仕方ないだろ!? ちょっと走るだけでふるふる揺れるし、何ソレ水まんじゅう?いや、大きさ的にはメロン?スイカ?もうどっちでもいいよ!っていうか……
「七海ちゃん、ちょっと無防備すぎだから……!せめて前閉めて!」
さっきから、若い男のグループがこっち見てひそひそしてる気がする。俺は居ても立っても居られずにパーカーのファスナーをジャッ!と閉め……ようとしたが、巨大な山岳に阻まれファスナーは下乳部分までしか上がらなかった。
「ひゃうっ!?」
ファスナーが胸に激突し、ヘンな声が出る七海。
「あ、ご、ごめん……!」
パッと手を離すと、むぎゅっと窮屈そうにファスナーを閉めようとする七海と目が合う。おずおずとした視線。ファスナーが胸元を隠す直前、七海は肩紐をちょいとつまんで問いかけた。
「に、似合ってなかったかな?」
「……!? え、あ。いや……」
「白ビキニ、テッパンだと思ったんだけどなぁ?雑誌にも、男の子に人気なカラーって書いてあったのに……」
「~~っ!?」
(七海ちゃん、そういうの意識してるの!?前までは男ウケとかそんなの全然気にするような子じゃなかったのに……どうして急に!?)
「ヒロくん……白、好きじゃない?」
「え――」
ちょいちょいと、七海は不安そうに俺の水着の裾を引く。
(~~っ!! あああ!そういうことですか!?)
俺の為に、意識してくれたのね?
(はぁ~もう、可愛い!何このイキモノ?七海ちゃんって、付き合うと彼氏の好みに合わせるタイプなんだなぁ……)
って。それどころじゃねーよ。他に言うべきことがあんだろ?
「白……好き、です……」
「ほんと!?」
「……うん」
「よかったぁ……!」
両手を合わせて、心底嬉しそうな顔。
「すごく、似合ってるよ……」
俺は思わずにやける口元を浮き輪で隠したまま、ぼそりとそう呟いた。
◇
貴重品ロッカーからほど近い木陰に拠点を確保した俺達は、最低限のタオルで場所取りをしてから、流れるプール、波のプールなどを満喫した。ゆらゆらと、浮き輪にお尻をハメて心地よさそうに足をパシャつかせる七海のなんとあざと可愛いことか。『ひっくり返らないように、傍にいてね?』なんて。俺の二の腕を掴みながらそわそわお願いしちゃってまぁ……
(あ~~~~っ。プール、サイコーかよ)
俺がひっくり返りそうだわ。
正直、プールナメてた。七海の水着が見たいから、そりゃあまぁ行きたいとは思っていたけど、まさかここまで楽しぃとは。思わずちょっとイジワルしたくなる。
「どうしようかな?もしひっくり返したら、どうする?」
問いかけると、パシャパシャと両手足をバタつかせる七海。
「わわわ!ダメダメ!」
「七海ちゃん泳げるからいいじゃん?」
「良くないよぉ!ひっくり返ったらお尻がプカって浮いちゃうじゃん!浮き輪にハマったままなのにカッコ悪いよぉ!水着の紐がほどけちゃったらどうするの!?」
「…………」
ハマった尻が、水面にプカっ……? 水着、紐、ほどけ……?
(なにそれ、エロくね?)
いや、もうわけわかんないわ。さっきからパシャパシャとわちゃつく七海が逐一可愛すぎて、俺の思考回路はほぼほぼ壊滅しているからな、仕方ない。
「どれ、試しにひっくり返して……」
「きゃ~!やめ、やめっ……!」
「ふふっ。冗談だよ」
「もう、ヒロくんいじわる~!!」
そんなこんなで若人らしくプールを満喫した俺達は、本日お目当てのウォータースライダーにやってきた。
「わ……!長い!」
「そしてデカい……!」
全長何メートルなのかはわからないが、うねうねとした青いチューブが蛇のように曲がりくねってバシャーン!と人を吐き出し続けている。上から滑ってくる人は勢いをつけて深いプールに投げ込まれ、誰もかれもが『きゃー!』とか『楽しー!』とか、友人同士で口々に感想を言い合っては笑顔でプールサイドに上がっていった。
「近くで見るとすごい迫力だね……!だ、大丈夫かなぁ?」
「大丈夫だって。ほら見て、あんな小さな子も滑ってる」
「あ。ほんとだ」
小学生くらいの男の子が楽しげに『もう一回行こうぜ!』なんて言っている姿に七海は安堵したようだ。一変してわくわくとした笑みを浮かべて俺の腕をつかむ。っていうか、挟む。
「ヒロくん、私たちも行こう!」
「えっ。ちょ……」
(七海ちゃん、当たってるってば!おっぱい当たってる!!)
とは言えず。俺はただ、そのすべすべとして柔らかい感触に『うん……』と小さく頷くことしかできないヘタレなのであった。
列に並んで順番になると、係の人に案内されて俺達は各々違う入り口にスタンバイさせられる。どうやらコースはふたつあり、異なる出口から同じようなタイミングで射出されるようだ。
「じゃあ、出口で」
「うん……!」
にっこりしつつもなんだか勇気が出ない七海を励ますように、俺は一足先にスライダーに身を任せた。激しい水流に身を任せながらも、その速さと涼しさの爽快感に浸っていると、視界いっぱいの青の先に、光が見えてくる。出口だ。
(あ。もう終わっちゃうのか――)
バシャーーーーン!!!!
「 !?!? ぶはっ!げほっ!」
(ちょ、思ったより勢いが……!!)
でもその激しさと、予想外に精一杯になっている自分がなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになる。
(そっか。皆これが楽しくて……)
大丈夫かと七海が出てくる口を見ていると、盛大な水しぶきをあげて隣のチューブが人影を吐き出した。
「きゃぁあああ!?」
バシャーーーーン!!!!
プールサイドに向かって泳ぎながら、その楽しそうな悲鳴に顔をほころばせていると……
「きゃぁあああ!?!?」
なんだかさっきと方向性の違う悲鳴が聞こえた。不思議に思って振り返ると、七海が水面からちょこんと顔を出したまま、犬かきみたいにたどたどしい動きでこちらに泳いでくる。
「ヒ、ヒロくぅん……」
「どしたの?」
水面でぷかぷかしたままの俺に掴まって情けない声を出す七海。だが、俺はすぐにその異変に気が付いた。なんか、水中から透ける七海ちゃんの肌色面積がやたら多い気がする。
「まさか、流され……!?」
「水着、取れちゃったぁ……」
(ppppopo……! ポロリ……ですか!?!?)
「ふぇぇ、どうしよう……!ヒロくん以外の人に見られるのヤダぁ……!!」
(俺はいいのかよ!?)
「す、すぐに取ってくるから!下は!?下は履いてるの!?」
「うん……」
「よ、よかった……」
俺の下は全然よくないけどな!!
「ここで待ってて!」
俺はすぐさま潜って白いぴらぴらを探す。こんなときゴーグル無しだと目が痛いけど、無しでよかったわ。だって、視界が良好だったら七海ちゃんのアレやコレが見えちゃうわけだから。無くてよかったんだよ。
「ぷはっ!あった!」
(うわ。女の子の水着って、小っさ……てか、ほぼ紐じゃん……)
面積が少なくてカップ以外があまりにも心許ない、まだほんのり温かい布を手に戻ると、泣きそうな表情が一層泣きそうになる。
「うわ~ん!ヒロくんありがとうぅぅ……!」
「い、いいから早くつけて!!」
他の客のから目立たないように端に移動して、庇うように、且つ見ないように待つ。パチン!と背中のホックがとまった音がして、七海は笑顔に戻った。
「えへへ……ご迷惑、おかけしました」
「も、もう大丈夫?見ても平気?」
「うん、大丈夫。ありがとね、ヒロくん?」
七海は照れ臭そうに礼を述べると、一言――
「別に、ヒロくんにならいつ見られても大丈夫だけどね……」
と。赤面しながら俯いて、小さく付け加えるのだった。
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