第17話 お昼寝

 サァアアア……


 水が流れる音を聞いていると心が落ち着くのは、なんでなんだっけ?だが、そんなどうしようもないことしか頭に浮かばないくらいには、俺の頭の中はその音でいっぱいだった。


(七海ちゃんが、シャワー浴びてる……すぐ近くの、バスルームで……)


 しかも。俺はこれからそこに入る。シャアアというシャワーの音がもう耳鳴りみたいにぐるぐる脳内を支配していく中、リビングのソファに何故か背筋をぴしっと伸ばしたまま座る俺。別にこれから致そうというわけでもないのに、シャワー待ちっていうだけでこの何とも言えない緊張感。だってしょうがないだろう?この音が嫌でも『今、七海ちゃん裸だよ!』って教えてくるんだから!


(は、はやく出てきてくれないかな……)


 そわそわと、この世で最も忙しいと思われる待ちぼうけを喰らっていると、シャワーの音が止んで廊下の奥から七海の声が聞こえてきた。


「ヒロく~ん!もういいよ~!」


(『もういいよ~!』って。かくれんぼじゃないんだからさ……)


 その声の懐かしさに、胸の鼓動がスッと落ち着く。


「今行くー!」


 俺はお借りしたバスタオルを手に脱衣所へ向かった。すると――


(えっ?)


 上裸姿の美少女と目が合った。部屋着と思しきショートパンツは履いているけど、上が裸な、真っ白な肌の美少女。まだしっとりと濡れた黒髪から水滴を滴らせ、その水の粒を胸の谷間にスッと吸い込みながら、パチクリと驚きに目を見開く。そして、しばしの間を置いて……


「きゃあぁ!?」

「うわぁあ!?」


「ヒ、ヒロくん!?思ったより早かったね!?」


「だって七海ちゃんが『もういいよ~!』って……!そ、そんなこといいから早く何か着てよ!てゆーか、なんで着替え終わってないのに呼ぶかなぁ!?」


「き、着替えは終わってたの!でもね、ついいつもの癖でブラジャー着け忘れたのに後から気が付いて。それで、付け直してたの……」


「へ?」


(それって……)


「あの、その……私、家だと窮屈だからノーブラでいることが多くて。つい着替え終わった気になって呼んじゃって……」


(七海ちゃん、家だとノーブラなの!?いくら俺の姉ちゃんだって、下着くらい着けてるよ!?)


 その上には何も着てないけどさ。てゆーかそれって、朝俺に『おはよー!』って言うとき、パジャマの下に何もつけてないってこと!?


「ご、ごめんね!おどろいたよね……?」


 まだ着けてない白のブラジャーを前に当てたまま、おずおずと俺の様子を伺っている七海。悪気が無いのはわかるけど、ヒロくんは死ぬかと思いました!少し反省してください!


「い、いいから!早く着て!」


「あ……うん!」


 そう言ってわたわたとブラジャーを装着し始める。俺の目の前で。

 焦っているのか心なしか手元が落ち着かなさそうで、『ん~?』なんて言いながら背後に手を回し、幻のFカップをぷるっぷるさせながら一生懸命に着けている。胸のポジションがうまく合わないのか、角度を直すたびにおっぱいの先端がチラチラして見えそうで……!


 ――ハッ!


 俺は我に返った。


「ど、どど!どうして俺が出て行く前に着始めるかなぁ!?」


「ふえっ!?あ。そっか……!」


「『そっか』じゃないだろ!?あああ!!もう~!」


 ばたん!と扉を閉めて、俺は鳴りやまない心臓を押さえつける。


(七海ちゃん……先っぽ、ピンクだった……)


 見えたよ、見たよ。しょうがないだろ?あれは不可抗力だってば。とってもキレイでした。はい。


(あああああ!もうまともに顔見れる気がしない!)


 とか思っていたら。


「ヒロく~ん?今度こそもういいよ~?」


 七海が脱衣所から出てきた。ショートパンツに薄めのTシャツ姿で、髪をタオルで拭きながら。


「ヒロくん?入っていいよ?」


(あああ!いちいち覗き込まないで!可愛いなぁ!?てゆーか、超いい匂いがするんですけど!)


「……ヒロくん?」


 いつまでもその場から動けない俺を不思議そうに見る七海。俺は咄嗟に逃げるように帰宅するべきかそのまま風呂を借りるべきか悩み……


「じゃ、じゃあ……お借りします……」


 蚊の鳴くような声でそう言えただけでも、今日の俺はがんばったと思う。


      ◇


 七海の匂いが沢山する気がする空間で、なんだか落ち着かないままそそくさとシャワーを浴びる。湯船にはお湯がはってあったけど、ついさっきまで七海が入っていたかと思うと恥ずかしくって入れない俺はやっぱり童貞なんだろうか。それとも単なるチキンなのか。


「お風呂いただきました~」


 結局勇気が出ないままドライヤーで軽く乾かした制服を着てリビングに戻ると、ソファで七海が仰向けに寝ていた。お腹のところに夏物のタオルケットをかけて、寝返りを打つと胸の谷間がぎゅむっとなるのも気にせずに、すよすよと心地よさそうにしている。


(ちょっと……無防備過ぎでしょう……)


 ここまで来るとむしろ、俺は男として意識されていないのでは?とすら思う。


「は~……」


 俺はため息を吐いて遠慮がちに七海の脇に腰かけた。


「ちょっと七海ちゃん?そんな恰好じゃ湯冷めするよ?冷房直に当たってるじゃん」


「ん……あ。ヒロくん……?あがったの?」


「せめて扇風機にしておきなって」


 そう思い、ソファから立ち上がってスイッチを付けようとした瞬間。腕をぐい、と掴まれた。


「ねぇ、ヒロくんも一緒に寝よ?」


「え――」


 それは、どういう意味なのか。

 だが、七海の嬉しそうな顔を見ればそれがどういう意味なのかくらいはわかる。だって、俺達は幼馴染だから。


「ほら、こっち。風が気持ちいいよ?」


 ぽふぽふと促されるままに、俺は七海の隣に狭そうに身を横たえた。俺がソファにおさまったのを確認して、タオルケットの半分をこちらにかける七海。


「一緒にお昼寝しよ?」


「うん……」


「えへへ。懐かしいね?」


「うん。幼稚園以来かな……?」


「私、いっつもヒロくんの隣じゃないと寝られなかったの」


「だよね。七海ちゃんは昔っから甘えん坊で……幼稚園でもこうして、タオルケットを半分こしてお昼寝したっけ?」


「うん!やっぱりヒロくんの隣は安心するね?あの頃と、何も変わらない……」


 心地よさそうに俺の胸元に顔を寄せる七海の頭をそっと撫でる。


「変わらないね……」


 そう口に出したものの、七海ちゃんを『女の子だ』と意識する程度には少しだけ変わってしまった俺は、すやすやと寝息を立てる七海を横目に据え膳に手を出せるはずもなく。結局、お昼寝はできないのであった。

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