第16話 お風呂入る?


 おずおずとした上目遣いに、心臓の音がバクバクと響いてうるさく感じる。


(『お風呂、入る?』ってそれ……どういう意味?)


 『身体を温めるのにウチのお風呂使って』ってこと? それとも、『一緒に入ろうよ』って?


 ほんのり顔の赤い七海を見るに、なんとなく後者な気がする。きっとそれは俺の希望的観測なんかじゃないはずだ。


(でもでも、ちょっと待って!いくらなんでもそれは……!てゆーか七海ちゃんって、思ったよりも積極的なんだな……)


 思わず顔が赤くなる。俺の脳内では、善なる俺と悪なる俺が戦闘を開始した。


『せっかくこんなに可愛い幼馴染と付き合ってるんだから、お言葉に甘えて色々と洗ってもらえよ?向こうも望んでいるんだし、それくらい甘えたっていいじゃないか?なんならその後もしっぽりベッドで……』


『ダメダメ!ダメです!いくら付き合ってるからって、僕たちはまだ未成年なんですよ!?いくら交際しているとはいえ、向こうのご両親に挨拶だってしていないのに!』


『挨拶なんて、そんなもん。親も含めて昔っからの顔なじみなんだから別にいーだろぉ?』


『ダメです!親しき仲にも礼儀ありって言うでしょう!?』


『挨拶してれば何シたっていいのかよ?だったらソッコーで挨拶行こうぜ?これで七海ちゃんは晴れて、身も心もお前のもんだ!』


『はぁあ!?どうしてそうなるんですかっ!このケダモノが!いくら七海ちゃんが好意的だからって、それに甘えて節度の無い行いをしてみなさい!いつか天罰が下りますよ!』


『天罰とかww やれるもんならやってみろよ?』


『七海ちゃんは、「優しいヒロくんが好き」と言いました。そんなヒロくんがもし『七海は俺のモノ』みたいな横暴な一面を見せてご覧なさい?二度と幼馴染の関係には戻れないかもしれませんよ?そうしたら、傷ついた七海ちゃんはもう笑いかけてくれなくなるかもしれない……』


(……っ!? そ、それだけはダメだ……!!)


 いくら七海ちゃんが積極的でも、俺達はまだ高校生。責任の取れる歳になるまでこういうのは控えた方がいいことは頭ではわかっている。それに、俺は七海ちゃんと一緒にいられるだけで十分すぎるくらいに幸せなんだから。二度と笑いかけてくれなくなるなんて、またあの『七海ちゃんがいない日々』に戻るなんて……そんな、そんなの……!それだけはダメだ!!


 俺はそわそわとしたままの七海の肩を掴んだ。うるっとした瞳に動揺しつつも、なんとか視線を合わせて告げる。


「七海ちゃん……気持ちは嬉しいけど、一緒にお風呂に入るのはちょっと……」


「ふえっ……!?あ、『一緒に』って……!私、そんなつもりじゃあ……!」


(ふええっ!?まさか、俺の思い過ごし!?うわ、超恥ずかしい!!)


「ご、ごめん!なんか勝手に勘違いしちゃったみたいで……!」


 わたわたと慌てだす俺同様に、七海も顔を真っ赤にして慌てだす。


「あ、別にイヤとかそういうのじゃなくて!私もそれはまだ心の準備ができてないっていうか、なんていうか……!」


(で、ですよね……!)


「そ、その前にもうちょっと痩せないと……!」


(え、何?痩せたらいいわけ?あ~、もう。なんて言ったらいいのかわかんない!)


 気まずさにしどろもどろになっていると、七海は空気を変えるようにパッと立ち上がった。


「とにかくお風呂沸かしてくるね!ヒロくん、先に入って!」


「いや、七海ちゃんこそ先に入りなよ。風邪ひいちゃうだろう?俺ならタオルで身体拭いたし、平気だからさ?」


「あ、ありがとう。じゃあ、先に入ってこようかな……?」


「うん、いってらっしゃい」


 なんか、全部俺の取り越し苦労だったみたい。ふーっと長いため息を吐いて呼吸を落ち着けていると、脱衣所から七海がひょっこりと顔を出した。


「あ、あのねヒロくん!」


「ん?どうしたの?」


「で、でも!ヒロくんが望むなら、いつでもお背中流すから。そのときは言ってね……?」


「え……」


「じゃあ、入ってくるね!」


 ぱたん!と脱衣所の戸が閉まる。まるで『それだけは言いたかった』みたいな、『きゃ♡言っちゃった!』みたいなノリで。


(今度こそ、勘違い……じゃあ、ないよな……?)


 思わずほっぺをつねると、『いてっ』と反射的に声が出る。


「夢じゃ、ない……」


 可愛い可愛い幼馴染が、彼女が。『いつでも背中流すね?』って……

 恥ずかしそうに、照れながら。でもちょっと期待してるような眼差しで。


「は~~……!」


(可愛いが、過ぎるっ……!!)


 やっぱり七海ちゃんは、俺が思った以上に積極的な彼女だった。

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