第11話 幼馴染の部屋


 その後、帰宅した姉はチェシャ猫みたいなニヤニヤ顔で問いかける。


「……で?どこまでイッた?」


「だから、姉ちゃんの想像するようなことは何もないって」


 正直に言うと、ハグはしたのでそれなりの成果はあった。しかし、そんなことを言えば火に油。いくら姉が良き相談相手とはいえ、根掘り葉掘り聞かれるとなるといい気持ちはしない。俺はどちらかというとノロケたがるよりは秘密にしたがる方だから。だって、そういう思い出はなるべくふたりだけのものにしたいし。


「とりあえず、明後日は七海ちゃん家で勉強することになったから。夕飯はいただいてくると思うけど、さすがに泊まりはナシにしようかと思ってる」


 正直、今日のハグだけで精一杯な俺に、同じ空間で七海が寝ている(お昼寝でなく就寝)という状況はあまりにハードルが高い。あの匂いと寝顔と暗闇の中で十時間近く一緒だなんて、それこそ理性がどうにかなりそうだ。


「へぇ……?お呼ばれしたんだぁ?つい最近再会したばっかりなのに、七海ちゃんてば随分真尋のこと信頼してるみたいじゃない?それなのにまだ手も繋いでないの?」


「いや……さすがに手くらいは……」


「でもまだちゅーはしてないんでしょ?付き合ってないわけだし」


「う……」


「いくらなんでも付き合うことになったら教えてよ?じゃないとお姉ちゃん、七海ちゃんに直接聞いちゃうかもよ?『彼氏いないなら、ウチの真尋どう?』って」


「それだけはやめてくれ!」


「ふふふ!冗談、冗談!でも、真尋が嬉しそうでお姉ちゃんも嬉しいよ!」


「俺、そんなに顔に出てる?」


「さぁ~?七海ちゃんにバレてるかどうかはともかく、私にはバレバレだけどな?だって、真尋ってば最近あのお気に入りのグラス毎日使ってるし、朝起きるのだってめっちゃ早くなったし。学校行くの、楽しみなんでしょ?」


「それは――」


 ぶっちゃけると、七海が帰ってきてからというもの、ログインボーナスが無いと行きたくなかった学校ですらペナルティありでも行きたいくらいに楽しみだったりする。授業がどうとかではなくて、主に登下校が目的で。


「ま、影ながら応援してるから、がんばりなさいな!青少年!」


 姉は上機嫌でそんなことをのたまいながら、颯爽と服を脱ぎ散らかしながら去っていった。


「『がんばりなさいな』って言われてもなぁ……?」


 何を、どう頑張ればいいんだろう。


「できることなら、俺だって……」


(もっと、七海と仲良くなりたいさ……)


      ◇


 明くる月曜日の夕方。なんだかんだで泊まりはナシにしようと思いつつ、俺は下校した足でそのまま七海の家にお邪魔した。


「お部屋ね、結局あんまり片付かなかったの……」


「別に構わないって」


「ぬいぐるみがそこらじゅうにいるんだけど、気にしないでね?」


 もじもじと階段をあがりながら案内する七海。残念ながら俺は眼前でチラチラと動くスカートが気になってそれどころではない。


(う、うすピンク……)


 しかし、距離を空けると七海に不審に思われるので、できるだけ見ないようにしながらついていった。部屋に入ると、目の前に飛び込んで来たのはふかふかのくまのぬいぐるみに囲まれたベッド。それと、いつもなら『おはよー!』の後にシャッ!と閉められてしまうカーテン。今、俺はその中にいるのだ。


(ここが、七海ちゃんの部屋……)


 沢山の小物が置かれた机に、ハートや星型のクッション。化粧品が置かれていると思しき一画には、綺麗な色をした香水の小瓶がインテリアよろしくいくつも置かれていた。


「ごめんね?モノが沢山あって落ち着かないよね……?」


 俺がそわそわとしているのがわかったのか、七海は心配そうに首を傾げている。


「いや、そんなことない。女の子っぽいっていうか、随分可愛い部屋だなぁと思って……俺の部屋とはやっぱり全然違うんだな」


「それはそうかもね?だってヒロくんは昔からぬいぐるみよりも飛行機だったし」


「飛行機って……いつの話?」


「ん~……10年前?」


「そりゃそうか」


「ふふふ、懐かしいね!でも、またこうやって一緒に遊べて嬉しいな?」


「『遊べて』って……今日は勉強しに来たんだぞ?」


 とか言いつつ、俺だって内心勉強どころではない。七海に言うように見せかけて自分自身に言い聞かせつつ、俺は勉強道具を出し始めた。『あ。私お茶持ってくるね!』と言ってぱたぱた出て行く七海を見送り、ラグの上に腰をおろしてひと心地……


(……つける訳がない!!)


 だってこの空間には、先日嗅いだ心地のいい七海の匂いがそこら中に漂っているんだから!特に、あのベッド。毎朝見るようなふりふりパジャマ姿で七海があそこに寝そべっているかと思うと、もうその絵柄だけで脳みそ溶け切るわボケ。


 ――と思っていた俺がバカだった。


 先日同様にふたりして勉強をしていた俺の耳に、『くぅ……』というある小さな音が届く。音の方へ視線を向けると、七海が顔を赤くしながら俯いていた。そして、ちらりとこちらを見やる――


「ねぇねぇ、ヒロくん?その……そろそろお腹空かない?」


(今の……お腹の音だったの!?)


 溶け切った脳みそを完膚なきまでに蕩けさせるようなあまりの可愛さに、思わず口元を覆う。


「ふふっ……七海ちゃん、もうお腹空いたの?さっき一緒にドーナツ食べたのに?」


「もう~!なぁに、その顔!ヒロくんいじわる!」


「ごめんって。いや、七海ちゃんがあんまり可愛いから、つい――」


(……あ。)


 つい……そんなことを口に出してしまった。途端にびくっ!と背筋を伸ばして真っ赤になる七海。


「か、可愛いって……!そそ、そんなことないよ……!」


 はわはわしたかと思えば、照れ臭そうに髪の毛先を弄りながらそんなことを言っている。絶世の美少女らしからぬ謙虚な挙動に、愛らしい仕草。


(いや、ハイパー可愛いと思うけど……)


 すでに、俺の中のなにかが爆発しそう。


「でも、ヒロくんがそう思ってくれるなら……嬉しい、かな……?」


(……! なんだこいつ!! 超ド級にミラクル可愛いんですけど!?)


 チラチラと恥ずかしそうに『えへへ……♡』とこちらを見やる七海に俺は爆発した。


(こんなに可愛い俺の幼馴染がもし他の誰かに取られたら……!生きていけない!!)


そして――直感した。今日という日を逃しては、いつまでも告ることなどできはしまいと。

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