第12話 告白


 七海が夕飯を作る間、俺の心は思いのほかスッキリとしていた。


「今日はカレーにしようと思うんだ!ヒロくん好きだったよね?ちょっと待ってて、エプロン持ってくるから」


「あ、うん。そんなに急がなくてもいいけど……」


「私がお腹空いちゃったの~!」


「わかった、わかった」


(カレーなら、俺にも手伝える範囲だな。それにしても、これから夕飯作って一緒に食べて……だとすると、いつ告ればいいんだろう?やっぱ食後にのんびりしてるときか?)


 冷静にチャンスを分析するも、心の準備なんてまるでできていない。


「おまたせ~!」


(……!?)


 そう言って七海が自室からおりてきた。部屋着であるショートパンツとノースリーブの上から愛らしい白のエプロンを身につけると、服がすっぽりと隠れてしまって、前から見た図はまるで……


(な、なんか裸エプロンみたいだな……)


 あいかわらず七海は無自覚なところで破壊力が尋常じゃない。思わず視線を逸らしながらそそくさとキッチンに向かうと、七海もぴょこんと隣に立った。


「じゃあ、ヒロくんはお米洗ってね。私は材料を切っていくから、傍に立つときは気を付けて?」


「了解」


「えへへ。なんか、新婚さんみたいだね……?」


「……!?」


(ぐっ……!可愛すぎる!あざとい!?それがなんだ!可愛いんだから正義だろ!?)


 傍に立って上から眺めた時の胸元の破壊力も尋常ではない。だが、そんなことに現を抜かしている間にも、今日という日は刻一刻と終わりに近づいている。


(いっそこのまま泊まって――いや、ダメだ!その前にちゃんと告白しないと!)


 ふたりして七海手製のカレーに舌鼓を打ったあと、食後のデザートにカップアイスをパクつきながらソファに腰を下ろす。七海も当たり前のように隣に腰をおろす。


「ねぇねぇ、ヒロくん?そっち一口ちょーだい?」


「ん?チョコミント苦手だった?俺のクッキーアンドクリームと交換しようか?」


「そうじゃなくて……チョコミントは好きだけど、そっちも一口食べたいなぁって……」


 もじもじと膝を合わせる七海。そういえば、この前アイスをあげたときもそんな仕草がどうしようもなくてついスプーンを差し出していたっけ。


(この前は外にいたから、言い出すのが恥ずかしかったのかな?)


「ふふ。七海ちゃんて、結構くいしんぼうだよね?」


「はぅ……!?」


「別に悪いとは言ってないって。七海ちゃんが美味しそうに食べてるの見るの、俺は――」


(好き、だけど……)


「ヒロくん……?」


 思わず言葉を止めた俺を不思議そうに見上げる七海。スプーンを口にくわえたまま、こっくりと首を傾げている。その仕草、その眼差しをこれからも自分に向けてもらうためには――俺は思い切って勇気を出した。


「あの、さ……聞いて欲しいことがあるんだ」


「??」


「俺は、七海ちゃんが好き。一緒にいると楽しくて、嬉しくて。だから、その……」


(言え!言え!言え!ここでためらってどうする!!)


「もしよければ、俺の彼女に、なってくれない……かな?」


 息を止め、自分を追い込むようにして一気にそこまで言い切った。ぐっと瞳を閉じたい気持ちを我慢して、恐る恐る七海に視線を合わせる。すると、大きく見開かれ、少し潤んだ瞳と目が合った。


「……いいの?」


「え?」


「私がヒロくんの彼女になってもいいの?」


 それは、何日も夢に描いたような返答で――嬉しそうに頬を染めた七海は、俯きがちにぽつりぽつりと話し出す。


「本当はね?ちょっと期待してたの……」


「な――」


「ねぇねぇ、ヒロくん?私の小さい頃の夢、覚えてる?」


「えっと……可愛いお嫁さんになること、だっけ?」


「そうだよ。でもね、本当は少し違うの……」


 急に何を、と思いつつも忘れもしない思い出に耳を傾ける。七海はそれらを脳裏に思い描くようにゆっくりと、俺の手を握った。


「私の小さい頃の夢は、ヒロくんのお嫁さんになることだよ?だから、それが忘れられなくて日本に帰ってきた……」


「……!」


「ありがとう、ヒロくん。一緒に学校に行ってくれて、一緒にお昼を食べてくれて、困ったときは助けてくれて。そして……告白してくれて、ありがとう?」


「七海ちゃん……」


 本当は、俺もずっと思ってた。七海ちゃんが帰ってきてくれればいいのにって。小さな頃に貰ったグラスは未だに大切にしてるし、机の脚に貼ったシールは剥がせない。ずっとずっと、思ってたんだ。この10年間……ずっと。

 予想外の返答に、まるで時間が止まってしまったかのように動けない。だが、ふとした瞬間。やわらかい感触が俺の目を覚ました。


「ねぇ、ヒロくん?私も……ヒロくんだーいすき!」


「……!」


 そのやわらかい感触は胸元を包んだかと思うと俺の視界を一瞬闇で覆い、気が付けば、七海が俺に口づけていた。


「ふふふ……!ヒロくんのはじめて、貰っちゃった!」


「……ちょ、七海ちゃん!?」


「でも、厳密にはハジメテじゃないかも?」


「!?!?」


「小っちゃい頃にもヒロくんとちゅーしたの、覚えてない?ほら、一緒に『結婚式ごっこ』したよね?ヒロくん家のお庭で」


「……!?覚えて、な――」


 そういえば、そんなこともあったっけ?


「ああ、あの花冠を頭に載せてあげたときの……」


「そうそう!琴葉お姉ちゃんに白い布をベールでかぶせて貰って!あれは楽しかったなぁ!」


 今思えばよくもあんな遊びができたものだと、幼稚園児の大胆さには閉口する。


「懐かしいね?ヒロくん?」


「うん……」


「ねぇ?これからは、またちゅーしてくれる?」


「うん……」


「いつでも?好きなときに?いいの?」


「いい、よ……」


 無邪気にぐいぐいと迫る七海に、俺はそれ以上まともに返事ができなかった。だって、さっきキスされた感触で頭がいっぱいだったから。


(ハジメテの味は、チョコミント……)


 けど、きっと今以上に幸せなことなんてない。


 七海が帰ってきてから、俺の人生はあれよという間に書き換わっていった。大好きな幼馴染が戻ってきて、それが超絶美少女で、部屋が隣で、俺以外に友達いなくって。朝は『おはよう!』って起こしてくれて、一緒に学校に行ってくれて、笑顔を向けてくれて、大好きって言ってくれる……

 呆然とそれらを夢なのかと脳に問いかける俺に、七海は微笑んだ。


「これからも、ずっと傍にいてくれるよね?だって、私……ぼっち飯はイヤだもん!」


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