第7話 ざまぁ


 翌日。昨日同様に七海のふりふりパジャマが愛らしい『おはよー!』で起こされた俺はその元気な様子にホッとしながら身支度を整えた。昨日あんなことがあったんだ、ひょっとすると『学校なんて行きたくない』と言われたり、最悪の場合『アメリカへ帰る!』なんて言われないかと内心ひやひやしていたが、七海は思った以上に強い子だった。


(うんうん、偉いぞ七海ちゃん!小さい頃も何回転んで泣いたって、俺と遊びに行くのやめなかったもんな)


 それに、俺はもうあの頃のように転んだ七海にわたわたとハンカチを差し出すことしかできない男ではない。これからは、七海が二度と転ばないように道端の石を排除し、転んでしまう前に手を差し伸べられるような男になりたい。再会してからまだ一週間も経っていないというのに、あいもかわらず俺の頭は朝から七海のことでいっぱいだった。幼馴染が美人になって帰ってきただけでこの変わりよう。我ながら、なんて単純な奴だ。でも仕方ないだろう?幼馴染が可愛くってどうしようもないんだから。

 そんな幼少期を思い起こしながら今日も今日とて七海と登校する。真っ白な半袖ブラウスにチェックスカート姿の七海は夏のカルピスCMにでてくる女優さんなんて目じゃないくらいに爽やかで可愛らしくて、おまけに『ヒロくん!今日はお母さんがチョコチップクッキーを持たせてくれたから、一緒に食べようね!』なんてことまで言いやがる。


(はぁ、可愛い……天使か……)


 七海と一緒なら、俺はクッキーだろうがイナゴだろうが喜んで食うよ。

 朝から盲目的に癒しMAXな俺は教室に着いていつものように祐二に挨拶をする。そうして朝のHRに耳を傾けていると、担任の東城ちゃんはいつになく真剣な表情で一枚のプリントを配りだした。そのプリントを手にするや否や、教室中がざわざわとどよめき出す。


『え、これって……』


 載っているのは学校生活における風紀についての注意喚起と、数枚の写真。とある生徒の鞄の中身と思われるその写真には、誰が見てもアウトだとわかる、タバコとうすピタ0.01の箱が映し出されていた。そしてキラキラのラメが散りばめられたショッキングピンクのポーチ。


「はい。皆さんには重要なお知らせと悲しいお知らせがあります。我が校内に持ち込み禁止物っていうか、18歳未満の子が持ってちゃいけないモノを持ち込んだ人がいました。タバコの方はね、法律違反はもちろんですけど。もういっこの方も、法律で『同意があればいいよ』とかそういう問題じゃなく、学校ではダメって、皆さんなら言わなくてもわかりますよね?」


 たどたどしい言葉で、一生懸命にオブラートで包みながら注意事項を伝える新任教師の東城ちゃん。そして、複雑な表情でそれらに耳を傾ける生徒たちの視線は、空席になっているギャル四人組の席に注がれていた。


『マジか……』

『うそ、てか校内でシてたの?』

『援交じゃね?』

『どっちもアウトだろ……』

『私、体育館裏でタバコ吸ってるの見たことある……』


「それで、残念ですけど校則違反……法律違反であることがわかって、その他にも素行とか色々と問題があって、学校をやめないといけないことになったりもします。校則は、正直鬱陶しいって思うこともあるかもしれないけど、基本的には皆さんを守る為に作られたものなんです。それらをちゃんと理解して、皆さんは楽しい学校生活を送ってくださいね?私からは以上ですっ!」


 ざわ、ざわ……


 東城ちゃんは、俺が望んだ通りに奴らの退学理由のメインが『他生徒への誹謗中傷』であることは伏せてくれたようだ。だって、そんなのが公になったら『誰がチクったんだ?』とか『あいつに関わると退学になる』とかそんなことになってしまうだろう?そうしたら、七海の周りからはますます人がいなくなってしまう。


 昨日、七海への陰口を録音したデータを職員室へ提出した俺は、担任である東城ちゃんに相談するフリをして、その音声が隣の席の教頭に聞こえるように細工した。具体的には、わざと聞こえるような角度で音声を再生し、見えるような位置で写真を見せた。18歳未満の女子高生の鞄にそんなモノが入っていると知った教頭は激怒。すぐさま親に連絡し、ギャル共を呼び出してジ・エンドというわけだ。幸いギャル共の親はモンスターペアレントということはなく、自身の子どもの生活態度からそれらの素行が事実であると認め、ゴネることなく退学に同意したようだ。


 教頭は昔ながらの正義感の強い教師で、成績の良い生徒を盲目的に『いい子』と信じるような人間だったため、俺にとっては何もかも都合がよかった。ギャル共が日常的に体育館裏でタバコを吸っていたことは俺を含む他の生徒も知っていたし、昼休みに鞄を開けっぱなしでギャアギャアと騒ぐ姿も日常茶飯事。今までは関わると碌なことがないだろうと思い指摘しないままでいたのだが、実害が出るとなると話は別だ。俺は教頭に『他生徒に対する誹謗中傷の件は、言われた子の為にも事を荒立てないでくれ』と懇願し、両親への退学理由の説明は誹謗中傷がメイン、生徒たちへの説明は校内での喫煙による法律違反をメインにしてもらうことで事態は収束した。


(七海の『友達100人計画』には安心で安全な学校環境が第一。友人を作り始める前にこんなことになるとは思わなかったが、障害物を早めに排除できたのは結果オーライだな……)


 素知らぬ様子で他生徒同様に先生の話に耳を傾けていた俺に、隣の席の祐二がチラリと視線を送る。


『なぁ、真尋……』


『ん?』


『もしかして、お前があいつらを退学に……?』


 ひそひそ声で問いかける友人に、俺も人差し指を口元に当ててひそひそ声で返す。


『さぁ?天罰が下ったんじゃないか?』


      ◇


 昼休み。俺達は昨日までのギスギスした雰囲気が嘘のようになくなって、悪魔の去ったはじまりの街みたいな平和な空気に包まれながら五人で昼食を囲んでいた。ギャル共が去って喜んだのはどうやら俺だけではなかったようだ。あいつらが陣取っていたせいで教室でお昼を食べることを避けていた生徒たちが舞い戻り、なんとも和やかに和気あいあいとした空気が教室には流れている。


「にしても、まさかあいつらいなくなるなんてな!」


「びっくりしたけど、こんなに平和な教室って久しぶりじゃない?」


「てゆーか、だったらどうして俺ら今まで教室で食ってたんだ?って話だけど」


「なんかあいつらのせいで俺らがどっか行くの嫌じゃん!って話してなかったっけ?」


「まぁ、元からギャル共の目に俺らが止まることなんて無かったしな。良い意味で空気だったんだよ、俺達は」


「それもそっか!ま、こうして芹澤さんと昼飯食べれるようになったんだし、俺的にはいいことずくめだな!」


「「だなーっ!」」


 あはは!と快活に笑う祐二につられて、光也と遼平も同じように七海に笑顔を向ける。そんな嬉しい視線を向けられた七海は恥ずかしそうに照れて俯いた。


「えっと……私も皆さんと一緒にごはん食べられて嬉しい、な……」


(あ。七海ちゃん『人見知りモード』だ)


 普段は快活に見える七海も、実は照れ屋で恥ずかしがりだったりする。『おはよー!』と元気に挨拶してくれるのは俺が気心の知れた幼馴染だからというだけで、知らない人の前だと借りてきた猫のようにしょんもりとする七海。その様子がまた俺の優越感(俺にだけ懐いてくれる七海ちゃん感)と庇護欲を煽り立てて仕方がない。


(はぁ、可愛い……)


 しれっと弁当を食べつつもそんなことばかり考えている俺同様、友人三人も七海の可愛さにデレデレのデレだった。


「かわいーっ!」


「『皆さん』なんてよそよそしくしないでいいって。俺のことは気軽に『光也くん♡』って呼んでくれればいいから」


「光也キモっ!それセクハラになるからやめろって。あ、俺は遼平だから『りょーちゃん』ね」


「俺は『クラウド』で」


「「「祐二、それは無理があるって」」」


 皆と一緒にそんなことをツッコミつつ、俺は思う。どれも『ヒロくん』には敵わないと。


「とにかく、こいつらのことは『大野、新橋、祐二』でいいから」


「う、うん……」


「俺だけ名前!?アタリじゃん!」


「よろしくね?大野くん、新橋くん、祐二……くん?」


 『こ、これでよかったのかな?』と確認するように、机の下で俺のズボンの裾をちょいちょいと引く。俺に小さく首肯された七海が改めて『ふふ!よろしくね!』と言うと、それまでの各々の主張など吹き飛んで一同はにまーっと笑顔になったのだった。


 転校二日目――七海の友達は俺を含めて四人。100人までの道のりは長く険しいが、七海が楽しく過ごしてくれればそれでいい。絶対に、もう二度と。アメリカになんて帰したくないから。俺はそのために今日も計画を練るんだ。

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