第6話 アルティメットブラザーコンプレックスマイシスター
七海が隣家の玄関に入ったのを確認し、俺も自宅の扉を開ける。すると、廊下の奥からパタパタとスリッパの音が聞こえて慌てた様子の母さんが姿をあらわした。姉ちゃんによく似たこげ茶の髪をアップで纏め、エプロン姿なところを見ると夕飯の支度でもしていたのだろうか。
「ああっ!
「母さんどうしたの?なんか買い忘れた?」
リビングから漂うスパイシーな香りからすると今日の夕飯はどうやらカレーらしい。
「福神漬け?コンビニのでいいならすぐ行ってくるけど?」
そう尋ねると、母さんは首をぶんぶんと横に振って否定する。
「そんなんじゃないわよ!お姉ちゃんが大変なの!ちょっとすぐに様子見に行ってくれる!?真尋の部屋にいるから!」
「は?」
(なんで姉ちゃんが俺の部屋にいんの?エロ本は(スマホ内の動画しか)持ってないから探しても無駄だって何回も言ってんのに……)
意味が分からないとは思いつつも、ポニテをぴょこぴょこと跳ねさせて俺の背を押す母さんに負けて階段を上る。『あとよろしくね!落ち着いたら降りてきなさい!』とわけもわからないまま何かを託され、俺は自室の扉を開けた。
「姉ちゃん?なんでこんなとこいんの――」
「はぁ……このお布団、真尋ちゃんの匂いがしゅる……♡」
「はっ……!?!?」
視線を向けると、そこには俺のベッドの上で布団を抱き締めながら半裸で泣き崩れる姉の姿が。
「ああああ……!真尋ちゃん帰ってきたぁああ!」
ガバッ!と起き上がると俺に縋り付くようにして再び泣き崩れる姉の琴葉。上下黒レースの下着姿を見る限り、彼氏とデートにでも行って何かあったんだろうか。しかし、相変わらず顔とプロポーションだけは一級品だな、このぐずぐずに泣き崩した酒臭い姉は。
「ちょっ、何なに!?なんかあったのか?今日久しぶりに大学とか言ってたじゃん?彼氏と会ったんじゃないの?」
「別れたぁあああ……!!」
「はぁっ!?なんで!?ちょっと前まで『
両肩を掴んで引き剥がすようにガクガクと揺らすと、姉も負けじと俺の腹に顔をすりすりと擦りつける。
「正弘はぁ!結局『私の真尋ちゃん』じゃなかったのよぉ~!似てたのは名前だけだったのぉ!」
「はぁ??」
(なに言ってんだ?この酔っ払いは)
呆れながらベッドに腰掛けジト目を向けていると、姉は俺の胸元に鼻水を付けながら語りだす。
「大学行ってねぇ?久しぶりにデートしたんだけどねぇ?」
「うん」
「なんか違うな~って思ったらつまらなくなっちゃってねぇ?」
「うん……」
「別れたのよぉ!!」
「は!?何ソレ、姉ちゃんからフッておいてこんな馬鹿みたいに泣いてるってこと??意味わかんないんだけど」
泣きたいのは急にわけわからん理由でフラれた
「結局ねぇ?お姉ちゃんは真尋ちゃんが一番好きなの!傍にいると一番安心するのぉ!にこにこできるのぉ!誰も代わりなんて出来なかったのよぉお!そう思うと、心の中がぽっかりしちゃって寂しくって……うぇえええん!」
「あ~……それで俺の部屋でこんなぐずぐずになってんの?」
「なんか悪いぃい!?」
「いや、別に悪くはないけど……」
あまりにブラコンを拗らせすぎてて手に負えないわ。思えば姉の琴葉は昔っから俺にべったりで、幼い俺を膝に乗せて抱っこしては『真尋ちゃん可愛いねぇ!可愛いねぇ!』を繰り返すような人だった。俺が大きくなってからはそうでもないと思っていたが、酒を飲むようになってからはたまに爆発して今日のような有様になる。そうして翌日自己嫌悪。本当にどうしようもない姉だ。
こんな姉でも俺にとっては大事な家族だし、俺だって姉ちゃんのことは嫌いじゃない。むしろ好きな方だけど――
「さすがに弟離れしろよ……」
呆れたように呟くと、一層『ぴえぇん!』と泣きわめく姉。女の泣き顔を見るのは悲しいことに今日二度目だが、七海の『天使のおとしもの』みたいな涙の雫と比べると、こっちはどうにも――
「姉ちゃん、暑苦しい。しかも酒臭い。つか、いい加減服着ろよ?」
「真尋ちゃんひどぉい!お姉ちゃんはこんなに真尋ちゃんが好きなのに!」
「だからっていつまでも弟にべったりなわけにもいかないだろ?あと数年すれば姉ちゃんだって社会人になって、次第にいい歳になってくんだから……」
「ふぇぇ……!真尋ちゃんに見捨てられたら、お姉ちゃんはどうすればいいのぉ!?」
「そんな調子で、もし俺に彼女ができたらどうすんの?」
その問いかけにビクッ!と肩を震わせる姉、琴葉。潤んだ瞳とブラから零れそうなおっぱいをぷるぷるとさせながら、この世の終わりと言わんばかりの表情で俺を見あげる。
「……彼女ができたら、真尋ちゃんの一番はお姉ちゃんじゃなくなる……!」
「だろうね」
「昔はあんなに『おねえちゃんだいしゅきぃ!』って言ってくれたのに!そんな、そんなの……!いや、でも、真尋ちゃんが幸せならお姉ちゃんは一番にならなくってもいいの。真尋ちゃんがにこにこしてるのがお姉ちゃんの一番なんだから……!でも、でも……!」
相当酔いが回っているのか、姉の脳内ではおそらく幼稚園児くらいの俺がお花畑を駆け回っているらしい。しかし、何を思ったか姉はハッ!と俺の両肩を掴んだ。
「……七海ちゃんにしよう!」
「……は?」
「小っちゃい頃はよく一緒に遊んだじゃん!七海ちゃんが真尋の彼女になれば、お姉ちゃんとも仲良しだし、七海ちゃんはお姉ちゃんのことないがしろにしないし!むしろ『お姉ちゃ~ん!』って仲良くしてくれしょうらし!」
「ちょ、急に何言って……!後半、呂律回ってないし!!」
「七海ちゃんを真尋の彼女にしよう!!うん、そうしよう!しょれがいい!!」
「こら、人の話を……!」
「お姉ちゃん、明日から本気出すね!一緒にがんばろうね!」
そう言って、姉は俺の頭を抱えてぎゅ~っと抱きしめた。ブラから零れそうな胸の谷間に沈めて息の根を止めるように。
「姉ちゃん苦しい!やめてってば!」
「あ〜真尋ちゃん照れてる~!」
「照れてない!!あ~も~!面倒くさいなぁ!姉ちゃんは酔うとコレだから!ほら!!」
俺はデレデレと機嫌の良くなった姉の腕を引っ張ってベッドから立たせた。
「今日の夕飯、姉ちゃんの好きなカレーだぞ?しかも今母さんがカツ揚げてくれてる。カツカレー、大好物だろ?」
「わぁ……!お母さんのカツカレー!」
にこにこと、子どもみたいにはしゃぐ酔っ払い。そんな姉をしょうがないなぁと思いながらも俺は適当に自分のTシャツを貸して上からかぶせた。上下黒下着からぶかっとしたTシャツ一枚姿に進化した姉を連れて、いい匂いの漂うリビングへと階段をおりる。
「一緒にカツカレー食べて元気出そう?次は『勝つ』ようにさ?」
にやりとそう言うと、さっきまで彼氏と別れて泣きべそを掻いていた姉は頬をぷくっと膨らませて反論する。
「お姉ちゃんは負けてない!フラれてないんだから!」
「反省したら、正弘さんに謝れよ?そんでもってちゃんと話し合って別れてくること。それが正弘さんへのせめてもの誠意とケジメだ。それが出来ない奴に、他人の恋路の応援なんてする資格ないんだから。きちんと話して『勝って』こいよ、姉ちゃん」
「真尋ちゃん……」
「あと、俺のTシャツにカレー付けたら許さないから」
「お姉ちゃん、そんな子どもじゃありません!おこぼししません!」
(そうかなぁ……?)
ふたりして階段をおりていくと、あたたかい夕食と母さんが俺達を迎えてくれた。しょうもないところもあるけど、それでも大切な家族と一緒に食卓を囲むひとときは、当たり前のように思えて実はそうではないのかもしれない。もし許されるなら、俺は七海とこういうひとときを過ごしたい。いつまでも、皆が笑顔でいられるような――きっとそのときは、姉ちゃんも一緒に。
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