第5話 ともだち一号

 鍵のかかった屋上の扉。だが、少しコツを掴めば針金一本で開けることができるのを俺は知っている。昔、どうしても上手くいかないソロパートを練習するとき、卒業生である姉に相談したところこの方法を教えてくれたのだ。半信半疑ではあったが、その通りに試してみたら扉はあっさりと開いた。貸切状態の屋上へ足を踏み入れようとすると、七海が引き留める。


「ヒロくん、ここ……入っちゃダメなとこなんじゃ……?」


「別に平気だよ。誰も来ないし、ちょっとくらいバレたって謝れば先生も許してくれる」


 そのための、素行の良さと成績の良さだ。


「それより七海――」


 言いかけていると、七海は急に深々と頭を下げだした。


「ご、ごめんね!私のせいで皆とお昼食べられなくて、クラスの人から変な目で見られて……!」


「は――?」


「私が『ぼっち飯はイヤだ!』なんて言ってヒロくんを巻き込んだから……!」


 今にも泣き出しそうな七海に、わたわたとしてどうしたらいいかわからない。だが、これだけはわかる。


「七海ちゃんはなんにも悪くない!あんなギャル共の言ったことなんて気にしなくていいから!」


「でも……!」


 ぐしゅっと瞳を潤ませる七海。その震える手を、俺は思い切って握った。


「大丈夫!学校には祐二達みたいに良い奴だっていっぱいいるんだ!後輩のよしりんだって話せばきっと友達になってくれるし、女友達ができれば今日みたいなことも言われる道理はなくなる!それに、ギャル共はきっと明日からしばらくは学校に来ないだろうし!」


 だって、俺がそうさせるし。あの物的証拠を以て。


「今日のことは忘れて、また明日から仕切り直そう?」


「…………」


 まだどこか不安そうな七海。俺は握る手に力を込めて七海をまっすぐに見た。


「今日はまだ初日だ。でも、七海ちゃんにはもうすでに友達がひとりいる」


「え……?」


「俺が、第一号だから。友達一号。今日はそれで良しってことに……ならない?」


 そう尋ねると、七海は堰を切ったように泣き出した。そして――


「ありがとう、ヒロくん……!ありがとうぅぅ……!」


「いいってば。俺達幼馴染だろう?だから、その……学校で『ヒロくん』は――」


「ヒロくん大好きぃいい……!」


(……!!)


 この場合、『好き』ってどっちの好きなんだろう?人徳的な?恋愛的な?まぁ、七海が泣き止むならどっちでもいいか。俺的にはすっごく気になるとこだけど。そんな俺の気も知らず、七海は握ったままの手をぎゅっと胸元で抱き締めて離さない。


「ふぇええ……!」


「ちょ、やめてってば!恥ずかしいだろ!?」


「うえぇええん……!」


「まるで俺が泣かせたみたいじゃないか……!」


「そんなことないぃいいい……!」


「あ~も~!七海ちゃんはあいかわらず泣き虫だなぁ!昔とぜんっぜん変わらない!」


 俺達はそれから七海が泣き止むのを待って、休み時間終了ぎりぎりまで屋上で過ごした。青い空の見える屋上は初夏の風が気持ちよくて、さっきの嫌な出来事を忘れるように俺達は昔話に花を咲かせた。そうして午後の授業に戻り、特にこれといった良い変化も悪い変化もなく放課後を迎える。


「七海、少し待ってて。俺ちょっと職員室に用があるから」


「え、ヒロ……真尋くん?」


「祐二、今日部活無い日だろう?悪いんだけど俺が戻るまで七海のこと見ててくれないか?得意のギターでも聞かせてやってよ?」


「ちょ、真尋!?」


 あたふたと顔を見合わせるふたり。だが、祐二はやっぱり俺の自慢の友達だった。俺が職員室から戻る頃、教室からはギターが上手くて歌が音痴な単独リサイタルで盛り上がるふたりの姿が。


 ――『~~♪~~♪』


「待たせて悪い、今終わったよ」


「あ!おかえり真尋くん!」


「結構長かったみたいだけど、どうかしたん?」


「いや、風紀委員の仕事で先生に相談したいことがあっただけ。大したことじゃないから。さ、帰ろう?」


 七海の方を見てそう言うと、祐二はそそくさとギターを片付けて帰ろうとする。


「じゃ、お邪魔虫はこの辺で」


 俺はその腕をぐいと掴んで引っ張った。


「まだリサイタル料払ってない。なんか奢るよ、何がいい?」


「マジ?いいの?でもそれはまたの機会にするわ。今日は芹澤さんの笑顔がお代金ってことで!テンキュー!バイバイビー!また聞いてくれよ子猫ちゃん!アデュー!」


 そんなことを言って、祐二はウインクしながら颯爽と帰っていった。俺は突然の祐二のノリに若干ぽかん気味だった七海に笑いかける。


「……ほら、良い奴もいるだろ?」


「……!うん!!」


 にこにこと嬉しそうな笑顔が戻った七海と共に、俺達はふたり揃って下校する。そんな道すがら、七海はうきうきとした表情で語るのだった。


「ねぇ、ヒロくん?」


「なに?」


「私、明日は祐二くんと友達になるのを目標にしようかな?」


「うん、いいと思う。てゆーか、祐二的にはもう友達なつもりなんじゃない?」


「そうかな?えへへ!そうだといいなぁ!」


「このままいけば、本当に友達100人できるかもな?」


「うん!がんばる!」


(俺もがんばるよ……)


 もし七海が友達を100人作るなら。俺はその友達がすべからく七海にとって有益な人間であることに心血を注ごう。邪魔者は排除し、五月蠅い虫も駆逐する。そうして七海がいつも笑っていられるように……


 俺達の『友達100人計画』は、まだ始まったばかりだ。

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