第4話 転校初日


 登校したら職員室に来るようにと言われていた七海を送り届け、俺はいつものように教室に顔を出す。俺の席は窓際後ろから二番目の比較的アタリ席。すると、すでに来ていた隣の席の友人に声を掛けられた。

 明るめの茶髪をツンツンとさせた、まるでどこかの残念ホストみたいな風貌のクラスメイト、宮坂みやさか祐二ゆうじ。だが、このヘアスタイルはクラウド・ストライフリスペクトなので決して祐二がチャラ男というわけではなく、むしろ祐二はオタクな部類だった。ちなみに、金髪にすると校則に引っかかるから茶髪なんだって。クラウドリスぺならそこで妥協したら意味ない気がするけど、祐二は明るくて気さくなイイ奴なので、誰もそんな意地悪は言わない。たまに弄られてるけど。


「よーっす、遅かったじゃん真尋。なんかあったん?」


「おはよう、祐二。特になんでもないよ。道端で知り合いのおばちゃんに話しかけられたら少し遅れただけ」


 本当は七海を職員室に送ったら『ヒロくんもいて……』とか小声で裾を掴まれて、一緒に説明を少し聞いてたから遅くなったんだけど。正直に言うと面倒だからな。そこはサラッと流す。おばちゃんに会ったのも嘘じゃないし。


「へーっ。なぁなぁそれより!今日ウチのクラスに転校生来るんだって!知ってた!?」


「そうなんだ……ウチのクラスっていうのは初耳だな」


「噂によると、すっげー美少女らしい!アメリカ帰りの帰国子女なんだって!ヒュ~!」


「なんだよ、そのヒュ~!って……」


「だぁって、美少女とかその場にいるだけで空気が浄化されて、マイナスイオン出しまくりのテンション上がりまくりでやべぇやつだろ!」


 その超自分都合にぶっ飛んだ認識のがやべぇと思うのは俺だけ?だが、大概の男子高校生の美少女への認識なんてそんなもんなんだろう。かくいう俺だってついこないだまでは街で美少女見かけたらラッキーくらいの認識だったし。けど、いざ自分の幼馴染がそういう視線に晒されるのかと思うと、なんだか複雑な気分だな。


「なぁ!やっぱ英語ペラペラなのかな?」


「そうなんじゃない?」


(10年向こうで生活してたんだし)


「部活どこ入るんだろーっ!俺んとこ来ないかな!?」


「軽音?」


「美少女ボーカルとかアガるじゃん!!」


「祐二、デスメタル路線とか言ってなかったっけ?女子にデスメタはちょっと……もうやめたの?」


「今は原点回帰でエックスジャパン!」


(いずれにせよ七海ちゃんには無理だな)


 俺は意気揚々と『紅』を謳い出す祐二を横目にスマホを取り出した。届いていたのは、七海からの通知。


 ――『今説明終わったから、先生と教室行くね!よろしくね!』


(何をどうよろしくすればいいんだろう……)


 俺達の『友達100人できるかな計画』。第一段階は『ひっそりと学校に馴染むこと』だ。容姿で人目を引く七海のことだから、良しかれ悪しかれ目立ってしまうのは想像に易い。だが、目立つ人間ほど得てして万人受けしづらいものだったりする。だから、最初はひっそりと。徐々に浸食していくように交遊関係を広げていく。それが安全で楽しいスクールライフを送る秘訣だと俺は考えたのだ。


(七海ちゃんがウチのクラスに来るのは知らなかったが、好都合だ。もし目立ちすぎるようならさりげなくフォローしよう)


 そうこうしているうちにチャイムが鳴って担任が姿をあらわした。今年からの新任教師、去年まで女子大生だったという大人しい系眼鏡美人の『東城ちゃん』。そしてその後ろにそわそわと続くのが――


「はぁ~い。みんな座って~!」


「おはよー!東城ちゃん!」

「今日も可愛いね!髪型変えた?」

「今日化粧のノリ良くない?」


「いいから座って~!」


「彼氏できた?」

「ちゃんとご飯食べてる?」

「ゴミ出しは週2回きちんとしないとダメだよ?」


「も~う!お願いだから座って~!!言うこと聞かないと転校生紹介しないわよ!!」


 その一言に、クラスの全員がピタリと席に着いた。やはり誰もがクラスの新顔に対して興味津々なようだ。


(七海ちゃん、大丈夫かな……?)


 先生のうしろにちょこんとついてきた黒髪ストレートのロリ巨乳美少女に、クラス全体が息を飲むのがわかる。今朝あれだけ『美少女!美少女!』と騒ぎ立てていた祐二ですら、呆気に取られて言葉が出てこないようだ。そんな七海は先生の紹介の後に続いて挨拶をした。


「今日からこの学校でお世話になる、せ、芹澤七海といいます。よ……よろしくお願いします!」


(あ~うわ~……)


 握った拳にめっちゃ汗かいてるのがここからでもわかるくらいに緊張しまくっている。心臓がバクバクして顔が赤くなってて、なんなら代わってあげたいくらい。


(そういえば、七海ちゃんて人前苦手だったっけ。ご近所付き合いとかは普通にできるけど、大勢の人の前だとアガっちゃうやつ)


 クラスのみんなはカボチャだよ、って言ってあげれば良かった。


「芹澤さんは10年ほどアメリカで暮らしていらしたそうで、日本の高校は初めてなんですって。皆さん、仲良くしてあげてくださいね~?」


 にこにことした先生に促され、七海は席に着いた。俺の後ろの窓際最後尾、特等席に。着席してしばらく朝のHRに耳を傾けていると、七海はこしょこしょ声で話しかけてくる。


「うぅ……ちゃんとできてたかなぁ?私、こういうの苦手だから日本のスタンダード挨拶、勉強してきたつもりなんだけど……」


「うん、できてたと思うよ。七海にしてはがんばったんじゃない?」


「だといいなぁ……」


      ◇


 初めての授業に慣れないながらも耳を傾け、熱心にノートを取る七海。そんな様子を微笑ましく思っているうちに時間はあっという間に過ぎて、昼休みがやってきた。噂の美少女転校生だからてっきり人に囲まれるのかと思っていたが、意外にも七海の周りには誰もやって来ない。


(あれ……?なんか想像と違う……?)


 それは七海が帰国子女だからなのか、それとも高嶺の花っぽく見えてしまっているのか。いずれにせよ、GWも明けた五月の下旬ともなればクラスの女子たちは各々グループを形成してしまっていた。七海に興味を示したのは最初の一・二時限目だけで、お昼ともなると生徒たちの興味は購買のパン争奪戦や友人との会話に注がれてしまうようだ。このままだと、七海は――


(ヤバイ、初日からぼっち飯フラグ。悪い予想が当たっちゃったな……)


 俺は後ろの席でそわそわと鞄からお弁当を取り出そうとしている七海に声をかける。


「一緒に食べる人居ないなら、俺達と食べよう?」


 その言葉に驚いたのは、いつも一緒に飯を食っている祐二とその他のメンバー。吹奏楽部の仲間の光也みつやと、高一から同じクラスな付き合いの遼平りょうへいだ。


「ちょ……真尋!?」


「急に転校生に声なんてかけて……しかも相手は美少女転校生!『奥手の権化・真尋君』が……どうしちゃったんだお前!?」


「何その不名誉な称号。俺がいつ奥手の権化になったんだよ……」


「だって、よしりんが『茅ヶ崎先輩は奥手の権化だから、私に声かけてくれないんですよぉ!』って!」


(あいつ……)


 ちなみに『よしりん』はいっこ下の吹奏楽の後輩で、俺とは同じパートのフルートだ。なぜ男子高校生の俺がフルートなんぞ華奢でシャレオツな楽器をやっているのかというと、それは姉の趣味。幼いころに叩き込まれた『ショタっ子には横笛が似合う教育』の賜物……っていうか成れの果てってやつだ。

 そんな級友の冷やかしを無視して、俺は七海と机をくっつけた。


「七海は、俺の幼馴染なんだよ」


「「「なっ……!なんですと!?」」」


「家がお隣さんで、つい先日アメリカから帰ってきたばかり。親同士も仲いいし、『学校ではよろしくね』ってことになってるんだ。だから、一緒に昼食べてもいい……よな?」


 念のため確認すると、三人はぶんぶんと首を縦に振ってOKしてくれた。


「よかったな、七海」


「うん……!ありがとうございます!」


(よし。まずは想定通り。ぼっち飯の回避に成功……!)


 とか考えていた俺が甘かった。少し離れた女子のとあるグループから、チラチラとした嫌な視線を感じる。クラスの中でも治安が悪い方の、所謂ギャルの四人組集団。


『うわ、初日から男子に囲まれて飯とか……帰国子女は違うね~?』


『男慣れしてるんでしょ?清楚な見た目の割に中身はビッチなんじゃない?なにせアノ身体だしぃ?どうせそのうち彼氏もとっかえひっかえ、泥沼試合で……』


『わ~!海外ドラマで見たやつだ~!』


『ってか言い過ぎだって。聞こえちゃうんじゃ~ん?』


『え~?別にいいよぉ。どうせ日本語あんまりわからないんでしょ?今日の挨拶も超たどたどしかったしぃ?』


『そっかぁ~!』


 ――きゃはははは!


「「「…………」」」


 ひそひそ声だろうが聞こえているもんはしょうがない。むしろ奴らの場合、絶妙に聞こえるように言っているのだ。元から関わりたくないと思っていた集団だが、ここまで来るとタチが悪い。というか、モラルとか教育とか諸々なってないし、許せない。嫉妬丸出しの醜い陰口に、その場にいた全員が絶句していた。無論、七海も。


「あの、えっと……やっぱり私、外で食べるよ……」


 俯きがちにお弁当箱をきゅっと握るその姿に、俺は席を立った。


「いいよ。俺と一緒に違うとこで食べよう。ごめんな、祐二、光也、遼平」


「あ、ちょっと真尋……!」


「俺らはなんも気にしないって!」


「そうだよ!芹澤さんも気にしないで――!」


 口々に引き留めてくれる友人に、俺は『ごめんな』と小さく呟いて七海と一緒に教室を出た。小汚く机上に菓子を散らかすギャルの集団とすれ違い際、わざと聞こえるように囁く。


 ――『お前ら、覚えておけよ』


 弁当の入った袋を持つ方とは別の手。自分の身体で隠すように、俺はスマホのボタンを操作して録音モードを撮影モードに切り替える。先程までとは一変してギャル共のせいで騒がしい教室内。シャッター音なんて、誰にも聞こえていなかっただろう。


(七海の邪魔になる奴は、早めに排除しておかないとな……)

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