第3話 Mさん
俺は鴻悠真。大学3年の医大生だ。
黒いバケモノと化した患者の男の子に襲われかけた所、「Mさん」と名乗る謎の美男が現れ、そして助けられた。
彼は風の如く現れたその男は、肩に羽織っている和服が印象的な和洋折衷デザインの黒服を身に纏い、左手には長く鋭い槍を持って佇んでいる。
男もまたバケモノと同様異様な雰囲気で、バケモノとはまた違った恐ろしさを本能的に何となく感じた。
Mさんと黒いバケモノは、隙を見せ不覚を取られないよう、距離を取りつつ睨み合っている。
だが、Mさんはニコニコ笑っていて楽しそうで、余裕すら感じられる表情をしているのだ。
しかも、Mさんは
「ハァハァハァ………………!いいね、いいねぇ……!最高だよ………!!
その牙で噛み千切られたら、一体どんな光景が待っているのだろうね…………。はぁ……、想像しただけで、興奮してきたよ…………!」
(「は?!こいつ何言ってんの?!馬鹿じゃないの!?」)
蛇のように絡みつくような、ねっとりとした口調でそう言った。
俺の背筋にゾワァッと、とてつもなく冷たい悪寒が走る。
変態発言に寒気がしたのか、それともこの人の圧倒的なオーラに腰が抜けそうになったのか、もうよく分からない。
(「いや。もしかしたらわざと相手を煽って、隙をついて攻撃を仕掛けるつもりなのかもしれない。」)
冷静に考えたいことが多すぎるが、とりあえず目の前の状況に集中しよう。
しかし、今日は一体どれだけ悪寒が走る場面が多いことか。
災難続きにも程がある。
「さぁ、ワンちゃん。おいで………。僕を食らって、君の血肉とするがいい……………………。」
『………………!!ドイツモコイツモボクヲバカニシヤガッテ……………!!!!ゼイイン、コロシテヤル……………………!!!!!!』
怒り狂ったバケモノが攻撃に転じ、Mさんに襲い掛かる。
にも関わらず、フッと笑うだけで攻撃をかわそうとしない。
(「ヤバい、このままだとあの人確実に死ぬぞ…………………!!」)
「馬鹿!危ない!!!」
するとMさんの目の前に、まるでバリアが張られているかようにバケモノを弾き飛ばす。
だが、彼の前には何もバリアらしきものは何も見えない。
「うーん。やっぱり君も、駄目だった、かっ!」
バケモノが弾き飛ばされてすぐさま、懐に入り込み、圧倒的な力で槍を突き刺す。
『ギャアアアアアアアアアァ!!!!!!!!』
全身に振動がビリビリと伝わってくる程の、痛みと悲しみの感情が入り交じったような苦しみの叫びだった。
そのバケモノの叫びは何となく、ただ子供が甘えて親にごねている時のような。
『ボクハ……ボクハボクハボクハ!!!!ゼッタイニ、ユルサナイ!!!!!
アノ医者モ、コンナ体二産ンダ親モ、幸セソウニ笑ッテル奴モ、ボクノ邪魔ヲスル奴モ!!!!!!』
「中々、しぶとい子だねぇ。すごいすごい!」
うんうん。と頷きながら拍手して関心しているド変態野郎に、
「関心してる場合じゃないだろ!早くあんたは逃げろ!!」
「おやおや、無力の自分より僕の心配を心配するとは。度胸があって面白い少年だ。でもね少年、僕は大丈夫だよ。僕は痛みも暴言罵倒も全て、ご褒美のようなものだから。」
こいつは本当にヤバい。正真正銘の変態だ。と、ドン引きする。
「あ、でもやっぱり、痛めつけられたり罵られたりするなら、どちらかと言うと女性の方がいいなぁ。女性なら、幼女でも若い女の子でも、熟女でも興奮するね。」
「そんなこと聞いてねぇ!!」
こんな状況にも関わらずバケモノを放っておいて、やいやいと口論し合う俺たちに、バケモノは苛立ったようで、
『ボクヲ、無視スルナーーーーーーーー!!!!!!!』
「待ちたまえ、怨魂君。これから僕はこのムッツリ少年に、あの快楽を素晴らしさを教えなければならなくなったから、しばらく待ってくれ。」
「知りたくないわ!!!」
『殺ス!!!』
俺とバケモノが同時に反論すると同時に、襲い掛かってきた。
今度こそ確実に死んだと思い、グッと構え、痛みを受ける事を覚悟する。
「【《斬無》】」
何かが切れたような音が聞こえたあと、バタッと倒れた音がした。
こちらも痛みとかは特に感じなかった。
振り返ってみると、バケモノから元に戻った男の子が倒れていて、
その横には、黒中心で和洋折衷の格好いい戦闘服のようなものを身に纏った、眼帯を付けている二振の刀を持った女が立っていた。
どうやら、彼女がとどめを刺したらしい。
その人は、どこかで見たことあるような顔だった。
あぁそうだ、あの研修の時に会った女の患者の人だ。
女はこちらをちらっと見ると、Mさんが彼女に声をかける。
「お疲れ様、沙織ちゃん。君の刀捌き、相変わらず美しかったなぁ。
美しい女性に刀……………。こんな最高な組み合わせはないよねっ。」
「…………………………。」
おえっ、とMさんを気色悪がる俺の一方、彼女はペコリと会釈して男の子の傍による。
俺も少し離れた所から、男の子の様子を見る。
あの男の子の周りにあった、あの黒い霧みたいなものは、なくなっていた。
だが男の子は生き絶え絶えで呼吸が浅く、このままだと死んでしまってもおかしくない状態だった。医学勉強中の俺にさえ、この状態はまずいと断言できるほどに。
しかも、男の子の片足が失われていたのだ。
男の子から出血がある訳でも骨や内臓に損傷がありそうな感じでもないのに、どうしてあんな状態になってるんだ?
「どうして、あんな状態になってるんだって、思っているんだろう?少年。」
「!」
「あれは【代償】なのだよ。」
「代償………?」
「憎しみや悲しみといった、人間の負の感情と【怨魂】というものの意志が共鳴すると、さっきのようなバケモノになってしまうのだよ。」
「はぁ……………。」
心は冷静でいるつもりだが、思考がまだ追い付かない。
というか、ほぼ停止していると思う。(よく分からん。)
一方、彼女は男の子を抱き抱えながら、何か二人で話している。
「ハァ………、ハァ………ッ、ヒュー、ヒュー……………
ねぇ、お姉、さん…………お姉さんが僕、を、斬って、くれたんだよ、ね…………?」
少し間があった後に、コクリとゆっくり頷く。
「ぼく……、何の、ために、生まれてきた、のか………何の、ために、生きてるのか、ね………もう……分から、なく……なっちゃったんだ……………。
ぼくなりに、できそうな、こと……………やれ、そうな、こと……………
いろいろ……………探し、たん、だよ…………………………。
でもね……………分かってたんだ………………ぼくの体じゃ、できないことが、
多すぎるって。あの医者が言ったことは、その通りだって、分かってたんだ…………………………。でも……でも…………ぼくにだって、ひとつくらい、ぜったいできることが、あるはずだって……………信じようと、した……………。
でも、考えれば考える、ほど……、周りの人、を、見れば見る、ほど……、自分がみじめで、かっこ悪くて、情けなくて………………。
なにも、かも、嫌に…………なっちゃったんだ…………………………。」
また彼女はコクリと頷く。
「もう………生きてるの……………つらい、よ…………………………。」
涙をぽろぽろと流し、心に留めていた様々な感情が何かがプツッと切れたように、一気に溢れ出す。
「お姉ちゃん、おねがい…………ぼくを………………………死なせて、ほしいの。」
「なっ?!!」
その言葉に聞き捨てならなかった俺は男の子に駆け寄り、反対する。
「死にたいなんて…………そんなこと言うなよ!!そんなことしたら駄目だ、絶対に!お前にはまだ未来があるんだぞ、まだ長く生きられる可能性だっていくらでもある!だから、諦めないでくれよ………死にたいなんて、言わないでくれよ………………。」
男の子は、優しく微笑んだ。
「お兄、さん……………さっき、は、ごめんね………………………。
ありがと………そんな、こと……言って、くれて……………。お兄さんがぼく、の、お医者さんだったら、こんな、ことに、ならなかったのかなぁ………………。」
「そんなことねぇよ…………………。とにかく、これからお前の未来は、どんどん楽しくなる。幸せだなって思えること、絶対待ってる。だから、今は苦しいかもしれない。けど、頑張って生きてみようぜ。俺も全力で応援する!」
「もう、いい、んだ…………。体はこんな、だし………こうなる、こと、分かってて、約束したし……………。」
「よくねぇよ!!!」
俺は怒って、男の子の発言を否定する。
すると「少年」と肩に手を置かれ、真剣な顔で俺と向き合う。
「この子はだね、もう」
「アンタまで何言いやがるんだ!!」
「たとえ、僕たちの力で助けたとしても、この子の体は既にもう………」
「さっきの変態発言のようなことが言えた口のクセに…………!何か、何かアンタらが使っていたようなすごい力で治せないのかよ?!」
「無理だ。さっきも言ったけれど、これは【代償】なんだ。彼が選んだ…望んだことだ。僕たちの力ではどうすることもできない。」
「そんな、ことって………………。」
すると彼女は
「………………………。分かった。」
「!!!おいお前っつ!!!!」
俺は女の腕を強く掴んだ。
「ありが、とう………………。お姉、さん…………………………。」
「………………家族はどうする?」
「………………殺して、くれる?」
「オイッ!!!!!!!」
「………分かった。それで、他には?」
「ぼく、を…………おぼえていて、くれると………うれしい、な………。ゴホッ、ゴホッ!!カハァッ!!!!!」
口から吐血し始めた。
「あっ……!!お前…血が……………!!!!」
「…………お姉さん…………………………。」
「…………分かった。」
男の子に向かって刃を向ける。
「あなたの事は忘れない。命に代えても約束する。次生まれ変わったあなたが、幸せであることを、心から願う。」
「テメェッ!!!やめろ!!!!」
「少年!」と全然抜け出せない圧倒的な力で、押さえつけられる。
「医者の卵ならば…………、一人の男ならば……………覚悟を決めたまえ!」
「ヤメローーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」
そして刀は振り下ろされた。
男の子は満足そうに穏やかに笑って、光の粒となって消えた。
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