第2話 怨魂(えんこん)

完全に研修授業に遅刻してしまった俺は、罰として授業後先生の手伝いをするハメになってしまった。


(「くっそぉ~やらかした……。次は研修授業だってことを忘れてた俺も悪いが、加藤の無駄話に付き合わされたせいもある……。よし、今度詫びに何か奢ってもらうか。」


と冗談半分で加藤を逆恨みした。


授業は途中参加になってしまったが、今日の研修授業はとても印象的だった。


精神科の研修授業だったのだが、今日は心の病気に罹ってしまった入院中の患者の病室へお邪魔して、心拍数測定や検温などといった毎日行う検診をする所を見学したり、させてもらったりという授業だった。


いろんな心の病気を抱えた患者さんを見た第一印象は「生きてるようで生きていない」。


患者たちは、目に生命力を感じられない、魂の抜けた抜け殻。という感じだった。


衝撃的過ぎて、言葉が出なかった。息がとても息苦しくて、呼吸をちゃんとしてるのか分からなかった。


心を壊されてしまえば、きっとどんな人間も、あんな状態になってしまうんだろう。


最近急激に精神的な病気の患者が、ますます増えてきていることは知っていた。


しかも、加藤が話していた「あの噂」によって患者が増えたのでは、という説も最近この医大でも上がっている。


(「心霊に侵されて病気になったとか、信じられるはずもないだろうが……。」)



ただ、今日授業で会った患者の中で、一人だけ異様な風貌をした患者がいた。

腕や脚、頭などに包帯をグルグルに巻いて、左目に眼帯を付けた女性患者。


俺より2、3歳くらい年下だろうか。彼女は挨拶しても声を掛けても一切口を開こうとしなかったが、現役の医者や看護師、そして俺たち研修生を身震いさせてしまう程の鋭い眼光で、俺たちを異物を見るような目で、ギッと睨みつける。


彼女は病院では厄介者として有名らしく、看護師の間では「白い悪魔」とそう言われている。


何故彼女はそんなに俺たちに獣のように牙を向けるのか分からなかったが、何故か俺はとても彼女に対して惹かれるものがあった。


あの何か、強く信じてるものがあるような、何物にも曲げられてたまるか。と言っているような信念の強い目。


その日はずっと、あの透き通った目をした彼女を忘れられなかった。



次の日、今日は別の科の研修授業だったが、遅刻せず無事に授業を終えられた。


だが、今日は異常に患者が絶え間なく運ばれていくのを見る。


軽傷、意識不明の重体、心配停止状態に精神状態が不安定になってしまっている人、そして黒い灰のようなものなどが、続々と運ばれてくる。


それに、どんどん増える患者に対し現役の医者達の焦りと苛立ちの表情で、ピリピリした空気を纏わせながら治療にあたっている。


あまりに普通じゃない光景に目を奪われていた時、


『至急、手の空いている医師、看護師、医大生・大学院生は全員、今動いている医師の手助けと軽症の患者の治療にあたって下さい。』と放送が入った。


それを聞いた俺たちは、治療の手助けや薬、包帯、点滴など指導員の指示を仰いで急ぎ準備に取り掛かった。


俺は「薬が足りないから、保管室から追加の薬をあるだけ全部持ってきてくれ!」と医師に頼まれ、急いでその保管室へ向かう。


保管室へ急いで向かっている途中、廊下で患者らしき男の子に引き留められる。


「病院のお兄ちゃん、助けて!!あっちで、お医者さんが苦しそうにして倒れてるの!早く来て!!!」


息を切らして助けを求める子供を放ってはおけないと思った俺は、「どこにいるの?」と尋ねる。


「こっちだよ!ついてきて!」と言って、手招きする男の子に俺はついていった。


男の子が連れて来てくれたそこは、地下の閉鎖病棟の中で、暗すぎて何か明かりがないと足元がよく見えない。奥の方は全く見えないから、廊下が途方もなく長々と見える。


この暗闇に、このまま飲み込まれて帰ってこられなくなってしまうんじゃないかと思う程、気味の悪い雰囲気だ。自身の防衛本能が「ここはヤバい」と言っているのが分かる。


だから、俺は白衣の胸ポケットにあった医療用のペンライトを使って、懐中電灯代わりに足元を照らしながら医師が倒れているという部屋に向かう。


そしてようやく、医師が倒れているという部屋に着いた。そこはどうやら、昔使っていた手術室のようだった。



(「こんな所に、こんな場所があったのか……。」)


しかし、なぜこんな子供がこんな所を知っているのか?


俺は断じて幽霊などは信じていないが、嫌な悪寒が背中を下から上に走るのが分かる。


「ねえ君、本当にここにお医者さんは倒れてるの?」


「うん!ほらそこに……ほら………………、ここにいるでしょ?」


「え」


「!!!!!!!!」


さっき涙目を浮かべて助けを求めてきた時のあの子供とは、明らか様子が違う。

不敵な笑みを浮かべて男の子が言った。


そこには無残な姿となった人らしきものが、黒い肉塊になり果ててしまっていた。周辺には大量の血が床から壁まで飛び散っていて、俺の足元には、殺られた医師の私物が散乱していた。


それをニコニコと笑いながら、男の子が雑に持ち上げ、グチャグチャと無下に手で握り潰した。


「これは、君がやったのか?」


「うん。そうだよー。」



「!何て惨いことを………!!」


「…惨い……?これ如きが……?フフフッ……………あはははははははははっ!!!!」


いきなり、不気味な高笑いをする男の子。


「こんなたかがゴミクズひとつ如きに情けをかけるの?!フフッ、お兄さんやっさしー。」


ニコっと笑うと、「でも、可哀そうなのは僕の方だよ?」と言う。


「僕、何にも悪いことしてないのに、ただ普通に生きているだけなのに、何で生まれた頃からこ


んな言う事聞いてくれない不自由な体なんだよ?僕が何をしたっていうの?

不公平だと思わない?お兄さん。」


俺はただ唖然として男の子の言葉を聞く。


「僕だって好きでこんな不自由な体に生まれたかった訳じゃない。でもお母さんがせっかく命を懸けて産んでくれたんだから、体の自由が利かなくても、せめて頑張って生きようって思った。自分に出来る事は何かないのか、たくさん探した。


でもね、このゴミクズがね、言ったんだ。『もう疲れただろう?無駄に夢見るのはやめにしたらどうか』って。『君の体では何もできない。先の見えない未来に期待したって何も変わりっこない。君自身がつらいだけだよ。』って。


何で僕の事何にも知らない奴に、そんなこと言われなきゃならないの?!何でそんなこと決めつけるんだよ?!って、すごくムカついた。


だからね、自分の思う通りに体の自由が利く、この贅沢な思いばかりしているゴミクズを殺してあげたの♡」


俺は反論する。

「人を殺したって、君の心は晴れることはないし、体の自由が手に入る訳じゃない。 何も報われることはないんだぞ?」


すると子供はブツブツと、

「ふうん…………。お兄さんはこのゴミクズの味方をするんだ…………………。


 もう、いいや……どうでも、いいや……。全部、壊しちゃおう…………何もかも。


僕の病気を治せない医者も、僕をこんな体に産んだ親も好きなことをを好きなようにやれる奴も全員、僕と同じ、ううん。僕以上の苦しみを味わえばいいんだ……………!!!」


興奮状態になった男の子の周囲に、黒い霧のようなものが男の子の体へ纏わりつく。



そしてその男の子の体は成長し、不自由さを感じられないたくましい体になっていき、黒い獣のような姿に変化した。その子の体には黒い霧のようなものが漂っている。


恐怖や驚き、と強大な威圧感で、体も意識も飛んで行ってしまいそうになりそうになるが、俺は態勢が崩れないように、冷静にバケモノから目をそらさないように向き合う。


「みんなみんな、苦しい目に遭ってしまえばいいんだ!!!!!!!!!!

 だからお兄さんも、さようならっ!!!!!!!!」


最後の最後までどう対処するか頭をフル回転させまくったが、そんな猶予も与えられずに一瞬の隙に距離をつめられてしまう。


(「ああ、これ、俺死んだな。」)


俺はそう一瞬で確信して、体にグッと力を入れて目を見開き、殺される瞬間までそのバケモノを見つめ続けた。


そしてバケモノは哀しい声で叫びながら、俺に襲いかかる。


死ぬ覚悟を決めたその時、何かが弾かれたような、刃物の擦れ合ったような甲高い音が響き渡る。


「うんうん!君、中々面白い子だねぇ。」


目を開けると、この世のものとは思えないくらいの、息を飲み込むのを忘れてしまう程の、長身で銀髪の美形な男が俺の目の前に立っていた。


「……誰…だ?」


「ああ、僕かい?僕はMさんっていうんだ。よろしくね~、少年☆」


見た目とは裏腹に、笑顔に明るい声でそう告げた。




これが、俺と「Mさん」。そして、ほかの仲間たちとの出会いである。






































































































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