第239話 ニンジャ・フェイト①

「マリィ!」

「この野郎、よくも……!」


 人の死に、仲間の死に憤るフォンとクラークだが、向き直ったハンゾーは鼻で笑った。


「何を苛立つことがある? 儂が来なければ、どのみちお主達が殺していたであろう? あの女にとってはそれが早いか遅いか、ただそれだけのことよ」


 怒りを腹の底に抱えていたとはいえ、こちらを見たハンゾーと目を合わせず、視線を図差すのを忘れていなかったのは幸いだろう。そうでなければ、下手をすれば、ずらりと並んだ忍者兵団の一部になっていたかもしれない。


「そして、お主達の未来も変わらぬ。儂の軍門に下るか、死ぬか、選ぶが良い」

「……まだ僕達に情けをかけるとは、余裕なんだな」


 ハンゾーの勧誘に、三人とも首を縦に振るはずがなかった。


「僕はお前の野望を果たす道具にはならない。クロエも、クラークもだ」

「くっくっく……知っておったぞ、そう答えるのも。それもまた、儂の望む未来よ」


 フォンの答えすら、ハンゾーは予期していた。

 今更、彼はフォンを生かして帰るつもりはないようである。


「殺せ。奴らを始末した後は、下の階の連中も皆殺しにせよ」


 首領が指を鳴らすと、忍者兵団の忍者達が一斉に、三人めがけて襲い掛かって来た。

 対してフォンは鉄扇を構えたが、彼が忍者を斬り払うよりも先に、クロエとクラークが彼の前に背を向けて立った。二人もまた、各々の武器を敵に向けている。


「フォン、ハンゾーを! こいつらはあたしが……」

「俺達が倒す! あのクソ野郎をぶった切れねえのは残念だけどな!」

「クラーク、クロエ!」

「さっさとやっちまえ! あいつを倒せるのは、俺達の中じゃてめぇしかいねえだろ!」


 二人の背中は言っていた。クラークを倒せるのは、フォンだけだと。

 勇者にすら後押しされた彼が、迷う理由はなかった。


「……ああ、決着をつけるッ!」


 深く頷き、フォンは二人の間を割って、猛虎の如く駆け出した。

 当然、他の忍者は頭領に危害を及ぼそうとする彼を集中的に狙う。だが、跳び上がって彼を突き殺そうとした忍者の二人は、クラークの剣とクロエの矢に貫かれた。


「雑魚共はあいつに近づくんじゃねえよ! 俺様が相手してやっからよぉ!」


 多数の忍者と激突する仲間達の声を背に受けながら、フォンは加速する。


「一人で儂に挑むか。まっこと、まこと、愚策よのう」


 凡人が見れば、生きるのを諦めるほどの気迫と形相で突進してくるフォンを見ても、ハンゾーはけたけたと嘲笑うばかりで、防御する素振りも見せない。

 ならばとばかりに、フォンは鉄扇を下から振りかざし、床が砕けるほど強く擦った。


「行くぞ、ハンゾー! 秘伝忍術『剛波ごうは』ッ!」


 そして、一気に振り抜いて、巨大な礫を大量に弾き飛ばした。

 一つ、二つではすまない数多の床の残骸。一つ一つが巨大なそれは、ハンゾーの体を貫いて殺してやろうとばかりに飛来するが、兵団の首領はまだ余裕の笑みを崩さない。


「鉄扇の一撃で地面を抉り、無数の石礫を飛ばす忍術か。腕力と技術、両方を求められ、マスター・ニンジャでも困難を極める術を会得するとは、流石じゃな」


 それこそ、後ろ手を組んで術の分析をするくらいには落ち着いているのだ。


「しかし――レジェンダリー・ニンジャを相手どるには、やはり弱いッ!」


 いや、落ち着いているだけではない。精神だけでなく、肉体も脅威としていない。

 ハンゾーは動いていないように見えるのに、眼前の瓦礫は瞬く間に砂の如く粉々にされていった。奇怪な事態を前にして、フォンは少しだけ速度を緩めてしまった。

 同時に、僅かな隙すらハンゾーは許さなかった。

 未だ跳び続ける礫の隙間をかいくぐるように、滑らかに動いた彼は、一瞬でフォンに接近すると、蹴りの一撃で鉄扇をはたき落とした。


「ぐ、うおおぉッ!?」


 しかも、咄嗟にフォンが苦無を取り出そうとするよりも早く、裏拳を彼の頬に叩き込んだ。

 あまりの衝撃で宙を舞うフォンだが、どうにか態勢を整え、距離を取った。


「僕の攻撃を見切った……動かずに、避けたのか!?」

「なに、あまりにも速すぎて、動いていないように見えただけよ。老いた体ならまだしも、改造を重ねて若き頃に戻ったこの肉体なら造作もないわ」


 フォンが捉えられないほどの速度で動く。これが、レジェンダリー・ニンジャ。

 当然この程度で諦めるはずがなく、フォンは苦無をホルスターから取り出すと、ハンゾーに襲い掛かった。ただ、目を見られない分、どうしても動きが鈍ってしまう。

 しかもハンゾーは、苦無の連撃を武器ではなく、拳で封じ込めてしまう。


「どうした、動きが鈍っておるぞ? 恐れているのか、儂を?」

「僕はもう恐れない! お前も、忍者も、仲間がいる限り何も怖くない!」

「そうか……その愚かさを、今度こそ身を以って反省させてやらねばなッ!」


 フォンの勇気を強がりと嘲笑するハンゾーは、彼の喉を掴み、地面に叩きつけた。


「があぁッ!?」


 頭と体が揺れ、衝撃が走る。苦無を落としたフォンを、ハンゾーが持ち上げる。その様は、先程のマリィのようだ。


「儂の目を見ないように立ち回っていたのが裏目に出たようじゃのう。手足のみを見て防げるほど、忍者の攻撃は甘くないぞ?」


 圧倒的な力の差を見せつけるハンゾーの姿を、クラーク達も見ていた。

 やはり彼が予想していた通り、他の有象無象とハンゾーはレベルが違う。少なくとも、たった今自分が黄金のオーラを纏った刃で斬り裂いた亜人の忍者とは、比べ物にならない。

 それでも、フォンが捕まったのならば、助けなければ。


「あの野郎、バカみてえにあっさり捕まりやがって……どけ、邪魔だ!」

「早くフォンを助けないと! あいつの洗脳は目を使うって、このままじゃ……!」


 助けなければ、と思っても、忍者兵団は彼らを簡単に通しはしない。寧ろ、ハンゾーがこれから何をしようと企んでいるのかを知っているかのように、道を塞ぐのだ。

 矢で射貫いても、剣で斬り伏せてもどこうとしない忍者に、二人は苦戦する。

 そんな無様を、ハンゾーはフォンの抵抗を片手であしらいつつ見ていた。


「無駄じゃよ。あの忍者達は儂の護衛として選び抜いた精鋭じゃ、たかだか弓手と勇者もどきに倒せるほど甘くはない」


 悪戦苦闘する様を眺めてから、ハンゾーは蛇の瞳をフォンに向けた。

 尚も目を合わせようとしない彼が、どんな末路を迎えるのか、ハンゾーは知っていた。


「さて――死ぬ前に、今度こそ完璧に儂に従わせてやろう、フォン。絶望と共にな」


 彼はもう一度、フォンを洗脳し、配下につけようとしているのだ。

 従わせる為ではない――地獄に叩き落とす為に、である。

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