第240話 ニンジャ・フェイト②

「わざわざ洗脳しなおす理由を聞きたそうにしておるな? 決まっておる、儂の命令であの二人を殺させる為よ。自らの手で仲間を殺める……最大の屈辱と、罰であろう?」

「させるか……ぐぅッ!」


 ハンゾーの恐るべき意図を知ったフォンは、どうにかして彼の魔の手から逃れようと拳を振るったが、もう片方の手で容易く止められてしまう。


「させるか、はこちらの台詞じゃ。どうやら、もう少し仕置きが必要のようじゃな」


 それでもどうにか、と足掻こうとするも、今度は体が痺れたかのように静止してしまった。


(なッ……体が、動かない……!?)


 逃げなければ、避けなければと思っても、体がまるで命令を聞いてくれない。自分の体が石になってしまったのではないかと錯覚するほどに、ぴくりともしないのだ。

 視線すら動かすのが能わなくなったフォンの眼前で、ハンゾーは嘲笑する。


「僅かに儂の目を見たな? 動きを止める洗脳くらい、瞬きの間に見つめれば容易いわ」


 そう。フォンは既に、ハンゾーの術中にはまっていたのだ。

 抵抗したほんの刹那、一秒にも満たない間に合った視線で、彼は洗脳を完了させていた。


「さて、終わりにしようかの。儂の目を見て、もう一度忍者に戻るがよい」

(まずい、このままじゃ……!)


 汗を流すことすら許可されていない彼を助けようと、クロエとクラークが叫ぶ。


「フォン、目を閉じろ!」

「フォン!」


 しかし、彼らとて現状を維持するのに必死だ。忍者兵団の数は確かに減ったが、それでもまだ相当数が残っている。しかも、二人も相応に疲弊している。

 仮に、瞬く間に全滅させようと、こちらまで間に合わない。

 長期的な洗脳ならまだしも、ちょっとした命令を聞かせる程度なら、直ぐに終わるのだ。


「無駄じゃ、無駄。お主を助ける手段は、もうどこにも――」


 だからハンゾーは、あらゆる反抗を無駄だと嘲笑った。

 何をしても無駄だと思ったし、事実、彼らだけでは全てが無駄なのだ。

 現実は変わらない。彼らだけでは。


 ――彼らだけ、の話ならば。


「――でええりゃああああああああぁぁぁッ!」


 突如として鳴り響いた轟音と、広間を揺らす衝撃が、ハンゾーの現実を覆した。

 フォンとハンゾーの足元にひびが入ったかと思うと、いきなり床が崩れ落ちたのだ。


「なっ……!?」


 流石のハンゾーも、地面が崩壊すれば回避せざるを得ない。しかも、衝撃を起こした主の一撃が自分にも迫っていると察して、フォンを手放して距離を取るに至った。


「おいおい、なんだァ、何が起きたってんだァ!?」


 忍者兵団の動きも止まり、クラークが叫ぶ最中、破壊の根源が現出した。


「――階段を使わずに天井を直接突き破るのは、明暗でござるな、サーシャ!」

「サーシャ、頭いい! サーシャ、ナイスアイデア!」


 床を突き破って姿を現したのは、サーシャとカレンだ。

 なんと二人は、階段を使わず、天井を玉砕して上の階にやって来るという、とんでもないショートカット手段を用いたのだ。しかもそれは、結果としてフォンの窮地を救った。


「……サーシャ、カレン……!」


 忌々しそうにこちらを睨むハンゾーに背を向け、二人はフォンに白い歯を見せた。


「お待たせしたでござる、師匠! どうやら、危機一髪だったようでござるな!」

「助かったよ、二人とも……けど、君達と戦っていた彼女達は……?」


 おまけに、彼女達はまだサプライズを残していた。


「それなら、クロエ達のところにいるでござるよ」

「クロエ達の傍に、だって? まさか!?」


 フォンの疑問は、彼の後方で答えとなって実現した。


「「おりゃあああぁッ!」」


 クロエとクラークの真上から聞こえた声は、忍者を叩き潰し、切り刻んだ。

 これを好機と捉えた二人は、咄嗟に残された忍者達に攻撃を仕掛ける。流石の忍者も不意打ちには対処できなかったのか、あっという間に矢で射貫かれ、剣で斬り裂かれた。

 黒い纏の中から血飛沫が吹きあがり、骨が砕かれる。数の優位を保っていた忍者兵団だったが、クラークの剣で貫かれた亜人の忍者を最後に、全てが斃れ伏せる。

 忍者達の亡骸を創り上げ、クラークの両隣に立った彼女達に、勇者は見覚えがあった。

 いや、忘れるはずがない。


「――ったく、油断しすぎなんだよ、勇者を名乗ってるくせにさ」


 勇者パーティの仲間――サラとジャスミンの顔を、忘れられるはずがない。


「サラ、ジャスミン……お前ら、なんで……!?」


 恐らくカレン達と共に床を突き破って乱入したらしい二人は、もう洗脳された様子はなかった。その理由は、二人ではなく猫の忍者が話してくれた。


「拙者の忍術で洗脳を解かせてもらったでござる。まあ、そこから先は本人達の意志に任せたのでござるが……」


 カレンの忍術『幻猫眼』によって、勇者パーティの洗脳は解除された。

 逃げるか、戦うか。二つの選択肢のうち、サラ達はあっさりと答えを選んだ。


「結論はこうでござる、『バカな勇者に、最期までついていく』とな」


 果たして二人は、クラークの仲間であり続けた。

 どれだけ利用されようとも、仮初の絆であったとしても、それでもサラとジャスミンはクラークの傍を選んだ。恋慕の情や友情ではない、半ば腐れ縁のような気持ちで。


「マリィがいない理由くらいは察せるよ。あんたを利用しようとして自滅したんだろ?」

「ほーんと、マヌケだよねー。ま、洗脳されてた私達も同じなんだけどさ」


 しかし、二人は内心分かっている。腐れ縁も、ここまでくれば断ち切れない繋がりだと。


「言っとくけど、兄ちゃんに手を貸すのは正義の味方だからとか、そんなんじゃないよ。ただ、サラも私も、一番確実に生き残れる方に賭けたってだけだから!」


 だから、強がりにも似たジャスミンの言い分に、クラークも皮肉で返した。


「……可愛げのねえ奴らだよ、本当に!」


 傍から聞けば皮肉だが、彼ら、彼女らにとっては何よりも信頼できる言葉だ。

 本当の意味で信じ合えたクラーク達は、今、正しく真の勇者パーティだった。


「……つくづく、愚かな連中よのう……死の未来は変わらんというのに……!」


 しかし、フォンもクラークも、二人の仲間達も、ハンゾーを恐れない。


「どうだろうな。ギルディア最強の冒険者が手を組めば、変えられることだってあるぜ!」


 フォン、クロエ、サーシャ、カレン。

 クラーク、サラ、ジャスミン。

 幾度となくぶつかり合い、怒りと憎しみを叩きつけ合った者同士が、手を組む。

 呉越同舟ではなく、繋がれた証として。

 恐怖でも、狂気でもなく、勇気の体現として。


「ああ、そうだ――勇者パーティと忍者パーティが、ハンゾー、お前を倒す!」


 最良と最高が手を組み、今、最強となった。

 フォンの声とクラークの声が、最後の戦いの始まりを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る