第220話 再・勇者と忍者①

 誰もが、クラークの乱入に驚いた。

 確かに彼は牢獄から脱走していたが――しかも忍者の手引きによって逃げたとみられていたが、まさかリヴォルについてきていたとは、思いもよらなかったのだ。


「フォン!」


 だとしても、呆けている理由にはならないと言わんばかりに、サーシャとカレンが前に飛び出した。クラークの剣から放たれる勇者の光、即ち黄金の斬撃魔力が、僅かに忍者を押しのけたように見えたのだ。

 ところが、勇者の傍にいつもくっついていた連中を、彼女達はすっかり忘れていた。


「どこ見てんのさ、おばさん達!」

「クラーク一人でここに来たとでも思ってるの!」


 ガラスの割れた大きな窓から突進して、サーシャ達に激突したのは、赤い短髪と赤紫のツインテール。

 誰かなど、言うまでもない。勇者パーティの一員、サラとジャスミンだ。


「こいつら……サラ、ジャスミン!」


 勿論、服装はクラークと同じで真っ黒なマントと上着、ズボン。

 しかし、それ以外は全てが違う。

 サーシャのドラゴンメイスを殴りつけたサラの拳は砕けるどころか、彼女の一撃を見事に受け止めた。微かに火傷の残るジャスミンが振り下ろした二刀流の剣は、カレンの爪に叩き込まれ、それに少しだけ食い込んだのだ。

 かつての薬物中毒となった様子もないのに、これだけの力を持っているとは。忍者パーティは驚愕に目を染めたが、アンジェラはまだ見ぬ脅威にも注意していた。


「ギルディアの勇者パーティ! ここまで揃ってるなら、当然……」


 彼女が見据えていたのは、ただ一人だけ突撃せず、窓の外から赤い光を放つ女。


「そう、私もいるわ。悪いけど、アルフレッド王子は頂くわよ」


 勇者パーティで最も狡猾な魔法使いの少女、マリィだ。

 他の面々が怒りをぶつけて攻撃を仕掛ける中、マリィだけはアルフレッド王子という本来の目的を忘れていなかった。その証拠として、彼女の手から放たれた炎属性の魔法――炎の縄は、倒れたままの王子を捕らえるべく解き放たれていたのだ。

 尤も、そんな横暴をクロエが、ましてや許すはずがない。


「そうはさせるかっての――『『忍魔法矢』シノビショット――『風爆弾』ウィンドボム』!」

「忍法・雷遁『閃光弾き』!」


 咄嗟にクロエが放った矢は風を纏い、炎をかき消した。同時にフォンが腰に隠し持っていた小さな閃光弾の眩さが、クラークだけでなく、彼の仲間も引き離した。


「くっ……」


 本来ならここでとどめを刺せただろうが、クラーク達もそう甘くはない。目を見張るような速さで敵と距離を取った三人、加えて窓から部屋に入ってきたマリィの隣に立つように、影の如くリヴォルとレヴォルが並ぶ。


「ふう、どれくらい強いのか心配だったけど、なかなかやるじゃん。『醒身丸せいしんがん』のおかげで、ちょっとは役に立ったって感じかな?」


 リヴォルはさも当然のように呟いたが、フォンは聞き逃さなかった。


「『醒身丸せいしんがん』!? あんな危険なものを、まさか飲んだのか!?」

「フォン、知ってるの?」

「忍者の里で、命を捨てても任務を成し遂げる者だけが服用を許された兵糧丸の一種だ……一粒作る為に物凄い数の人命を犠牲にする代わりに、『覚醒蝕薬』以上に身体能力を高める、禁術の一つだよ」


 成程、これが今の勇者パーティを支えている力の理由だろう。

 兵糧丸の効果は、フォンの仲間達もよく知っている。だからこそ、彼が危険だと説明するほどの丸薬にどれだけの効力が備わっているかは理解できた。


「道理で、攻撃を弾いた拙者の腕が痺れているわけでござるな」

「そうだね……けど、それだけでもなさそうだよ」


 右手をぶらぶらと振るカレンの傍で、苦無を下したフォンが言った。


「クラーク! どういう理由で君が忍者に与しているのかは知らないが、彼らがどれほど危険な連中か分かっているのか!?」


 ある意味では、これはフォンの甘さであった。彼らが無知故にリヴォルに手を貸しているのだと、とてつもなく危険な連中だと知らないのだと思いたかった。

 しかし、リヴォルの、クラークの笑みが、そうではないのだとフォンに告げた。


「……知ったこっちゃねえな」

「なんだと?」

「俺が何でここにいるかって? 俺はな、お前に復讐しに来たんだよ」


 彼の存在理由は、正しくそこに凝縮されていた。


「俺だけじゃねえ、サラはそこの筋肉ダルマに恨みがある。ジャスミンは青毛の女に焼かれた顔が疼くってよ。マリィは自分の人生を潰した女騎士にも、自分に罵詈雑言をぶつけてきた弓矢使いにも同じ痛みを味わわせてやるって息巻いてるぜ」


 彼の言う通り、三人の目には怒りの炎が灯っていた。

 奇跡の大逆転で顔面を叩き潰されたサラ。可愛さが取り柄の顔と肌を焼き尽くされたジャスミン。何より、勇者として積み上げてきた全てを崩されたクラーク。

 いずれも逆恨みに過ぎないが、勇者パーティの執念の前では、そんなものは関係なかった。ただただ復讐の憎念に滾る彼らを見るフォンの目はどこか虚しかったが、一方でクロエや、アンジェラ達はどうしようもない間抜けを見ているようだった。


「クラーク、君は……」

「逆恨みで国をひっくり返す戦いに加わるなんて、間抜けを通り越して狂人ね」

「何とでも言いやがれ! 俺達はな、順風満帆の未来を壊したお前らを皆殺しにして憂さを晴らして、ようやく元通りになれるんだよ! 前に進めるんだよっ! そこの王子を搔っ攫うなんてのはな、そのついでだ!」

「あんた達にはたっぷりお返しさせてもらうよ!」

「一回ぶっ殺すだけで済むと思わないでね! 特に、可愛い顔を焼いたそこの猫女は切り刻んで豚の餌にしてやる!」


 ここまでやる気になってくれると、リヴォルや、背後にいるハンゾーからしてもありがたいだろう。当然、有用な部下ではなく、使い捨ての駒ではあるが。

 想像以上のやる気に呆れを通り越す面々だったが、一方で疑問もあった。


「……ま、百歩譲ってそこの三人の頭が空っぽなのは仕方ないとして……残りの魔法使いだけは、どうにも解せないね」

「サーシャ、同感。お前、感情で動かない。打算で人を捨てる女。なんで、手を貸す?」

「当然、仲間だからよ。私は勇者パーティの一員、三人を見捨てるはずが……」


 マリィの人格は、クロエやアンジェラにはお見通しだった。


「嘘ね。背後に誰がいるか、察しているだけでしょう? 自分が操れないほどの大物に腰が引けた女だって、誤魔化してもばれるわよ」

「……なんですって?」


 マリィの顔が僅かに歪んだが、アンジェラにとってはその表情が正解そのものだった。

 クラークに寄り添うように見える彼女だが、本心はまるで違う。人を使い潰し、打算の犠牲にし、私欲を満たすことしか考えていない。サラやジャスミンとは違う、正真正銘の邪悪と呼ぶべき人格の持ち主だ。

 ただ、今回は相手が悪すぎる。恐らく、クラーク達よりも忍者の危険性に気づくのが早く、早々に鞍替えしたのだろう。即ち、自分も勇者を利用する立場に回ったのだ。忍者側に同類だと思ってもらえているかはともかく、そうして安堵を得たのだ。


 復讐にすら身を染められない、空っぽの人間性を否定する為に。

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