第219話 祝祭と忍者⑦

「アンジー!」


 フォンの声が完全にシャットダウンされたアンジェラは、音が耳に届くよりも先にリヴォルへと、レヴォルに蛇腹剣を叩きつけていた。


「はああああああぁッ!」


 レヴォルの腕が刃の関節を受け止めると、間髪入れず他のワイヤーで繋がれた剣が襲い掛かる。一切の妥協を許さず、死を与えることに特化した、およそ騎士の理念からは程遠い攻撃の乱打に、流石のリヴォルも押されている。

 しかし、忍者はこういった感情の隙をついて致死の反撃を与えるプロだ。フォンもそれを知っているからこそ、苦無を携えて駆け出した。


「だめだ、聞いちゃいない……クロエ、カレンは王子を護衛しながら周囲を警戒してくれ! 僕とサーシャ彼女を援護する、行くよ!」


「オッケー!」

「承知!」

「サーシャも承知!」


 矢を構えたクロエと爪を尖らせたカレンがアルフレッドの傍に立ったのを見てから、フォンは近くの瓦礫を幾つか拾う。一方でサーシャは、片方のメイスにもう片方をぶつけ、摩擦熱を起こすかの如く内包した魔力を燃え上がらせる。

 二人の起こした異変に気付くのと、その二人が吠えるのは同時だった。


「こっちだ、リヴォル! 忍法・土遁『棘穿とげうがち』!」

「サーシャ、ぶっ潰す! 『山赦砲』トレイル・キャノンッ!」


 咆哮と共にフォンが放ったのは、苦無を用いて一秒足らずで瓦礫を削った鋭い円錐の雨。

 サーシャがメイスを振るうのと同時に現出したのは、竜の姿を模した青色の波動。

 いずれもリヴォルを粉々に打ち砕くべく突進したが、攻撃が間合いの外からやって来るのに気付いた彼女は、レヴォルを引き戻して避けた。アンジェラも同様に距離を取ると、瓦礫の円錐と竜の魔力は、部屋の一部を粉々に破壊した。


「ちぃッ!」


 ケタケタと笑う人形とは裏腹に、リヴォルは苦々しい顔を隠そうともしない。それはまた、復讐に介入されたアンジェラも同様だ。


「くどいようだけど、とどめは私が差すわよ! 邪魔したら承知しないから!」

「分かってる、サポートに徹するよ。サーシャ!」

「サーシャ、おう! 『山赦槌撃』トレイル・スタンプ!」


 次にサーシャが披露したのは、青いオーラを二つのメイス全体に纏わせた状態での、打撃の乱舞だ。

 攻撃範囲が爆発的に増大した乱暴な打撃をリヴォルは回避に徹するが、大ぶりな打撃の合間にアンジェラのギミックブレイドが奇襲を仕掛ける。フォンはその隙間を縫って、直接的な殺傷はせず、手足の負傷に伴う行動の制限を試みる。

 三人の猛攻に、流石のリヴォルも焦り、レヴォルにも細かい傷が彫り込まれてゆく。

 そんな最中でも、リヴォルは幾分冷静であろうとしているようだ。


「瞬時に瓦礫を削って打ち付ける忍術と、メイス事態に宿った魔力を爆発的に放出する能力……お兄ちゃんはともかく……ハンゾーの言う通り、そこの連中は本当に、忍者と魔法の融合技を会得したみたいだね」

「ハンゾーか、やっぱり背景には――」

「――超ムカつくッ!」


 訂正しよう。彼女は焦りを隠す気も、殺意を誤魔化す気もない。


「お兄ちゃんは私に何も教えてくれなかったのに! 何にも、何にも教えてくれなかったのに! 忍者でもないクソの馴れ集まりが、よくもよくもよくもおおぉぉッ!」


 誰よりもフォンの傍にいると自負している少女の怒りは、間違いなく忍者としてはあってはならない。人形の両手足から無数の刃をせり出し、回転させながら全方位への攻撃を試みたのだとしても、隙には違いないのだ。

 ましてやフォン達だけが相手ならまだしも、憤怒の中に殺意への明確さを抱いているアンジェラがいる状況での特攻は無謀極まりない。


「私の前で妬いてる余裕があるなんて、舐められたものねッ!」


 蛇を超え、螺旋の如く襲い来る蛇腹剣の軌道を読み切れず、リヴォルの白い肌が裂けた。幸いにも右肩を斬る程度だったが、距離を取らざるを得ない。


「ぐぅッ、このぉ……!」


 三人――しかも、忍者と同等までに強い相手には、リヴォルも劣勢に立たされた。

 そんな様を信じられないと見つめているのは、ようやく立ち上がれるほどに回復したアルフレッドだ。


「馬鹿な……俺があれだけ苦戦した忍者を、圧倒している!?」


 王子の問いに、警戒を一つも崩さず、クロエ達が答えた。


「人数差もあるけど、あたし達って結構強いからね。特にフォンは頭一つ抜けてるよ」

「なんせ、拙者の師匠でござるからな!」

「忍者の、師匠……」


 実力を見誤っていたのを後悔するかのように呟くアルフレッドの前で、とうとうリヴォルの姿勢が崩れた。フォンの円錐による斬撃が何度か掠めたところを、サーシャのメイスが捉えたのだ。

 地面に叩きつけられ、人形諸共這いつくばる彼女を、三人が見下ろした。


「……さて、リヴォル。僕達の優勢だ。君が仮にレヴォルを暴走させても、変わらない」


 油断しているようだが、実際はその逆だ。仮にリヴォルが指一本でも動かし、レヴォルに命令を下せば、フォンかアンジェラが即座に両手を斬り落とすだろう。

 そうでなくても、サーシャが彼女の両足を叩き潰すだろう。


「これからアンジーが君を殺す。けど、その前にハンゾーの居場所を教えてもらうよ。もしも拒むようなら、拷問だって遠慮しないからね」


 だからこそ、フォンは殺す前に、ハンゾーについてを彼女に聞いた。


「…………」


 だが、彼女は答えなかった。

 無言を貫くリヴォルを見て、苛立った様子のアンジェラが指の関節を鳴らす。敗北したはずの彼女が要求を呑まないならば、敗北を刻み込んでやるつもりだ。


「フォン、拷問してほしいらしいみたいね。私がやってあげるわ」

「……いや、違う」


 ところが、フォンは見抜いていた。

 彼女が敗北を認めないのではなく、まだ負けてもいないのだと。

 その証拠に、彼女は自分の手足をもがれるよりも先に――本当は使いたくもないし頼りたくもないと言いたげな調子で――叫んだ。


「……本当は頼りたくなかったんだけど、仕方ないか――出番だよ、皆!」


 彼女の叫び声と共に、どこかが割れた。

 何かが割れた、まではどうでもいい。肝心なのは、破壊の大轟音の最中から現れたそれが、フォンめがけて突進してきたことだ。


「なッ……!?」

「窓の外から!?」


 アンジェラとサーシャが驚愕する隣で、猛進する人型のそれは、フォンに激突した。


「くッ!」


 忍者であるはずのフォンが、イノシシの突撃すら片手で受け止めるはずのフォンが圧され、たちまちアルフレッドの辺りまで押しのけられる。彼も決して手を緩めているわけではないのに、圧倒されているのだ。

 何者かが剣を構えて一気に圧し切ろうとすると、フォンも苦無をぶつける。忍者がぎろりと敵を睨みつけた途端、彼はようやく、恐るべき相手の正体を悟った。


「この剣、波動の色……まさか!」


 服装は漆黒に包まれたもので、以前よりも派手さは見受けられなかった。

 しかし、彼の顔を忘れるはずがなかった。仮に顔を隠していたとしても、ここまで自分に気づかれなかった気配と、彼が持ちうる能力と、憎悪の大きさを忘れるはずがなかった。

 だとしても、まさかここにいるなどとも、思いもよらなかった。


「――久しぶりだな、フォン。会いたかったぜ」


 逆立った髪。狂ったかのような眼光。金色の波動と、鋭い剣。


「クラーク……!?」

「そうとも、俺は勇者クラーク……仲間と共に、再び立ち上がる男だッ!」


 勇者クラークが、再びフォンの前に立ちはだかったのだ。

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