第221話 再・勇者と忍者②

 そんな無様を、アンジェラ達が笑わない理由があるだろうか。


「私の見立てだと、そこの忍者の背後にいるのが危険な相手だって、しかも従えば安寧が得られる相手だって分かってるからでしょう? 人を利用するふりをして尻尾を振るしか能のない女の考えなんて、透けて見えるわ」

「同感。大方、逃げ出したのはクラークだけど、復讐する気が消えないように焚きつける役割があんたってところかな。それくらいしかできないでしょ、雑魚魔法使いはさ」


 こめかみをひくつかせ、醜悪な部分を隠せずにいるマリィを、クラークが擁護した。


「焚きつけるだと!? マリィは俺を肯定してくれてるだけだぜ! それにいつまでも喋ってんじゃねえぞ! 王子は渡してもらうぜ!」

「もうやっちゃおうよ、兄ちゃん!」

「そこの子供の言う通りだね。勇者諸君、仕事をしてもらおっかな!」

「仲間を薬漬けにした男の言葉がこれとは、感動ものでござるな!」


 マリィは少しだけ感動に打ち震えるそぶりを見せ、仲間達は奮起するが、カレンからすれば茶番もいいところだ。きっと、彼らを道具としか認識していないリヴォルにとっても同様で、ここまでどうでもいいこともないだろう。

 とはいえ、ぐだぐだと時間をかけていられないのは、フォン達も同じだ。早急に敵を倒すか撤退させて、危険な事態を国王達に伝えないといけない。


「……やるしかないよ、フォン」


 クロエに言われずとも、彼はかつての甘さを抱き続けるほど弱くなかった。


「……分かってる。いくよ、皆!」


 フォンの一言が、文字通り開戦を告げる銅鑼の代わりとなった。


「そうこなくっちゃなあ! てめぇら、俺達の力を思い知らせてやろうぜ!」


 先に斬りかかり、殴りかかり、あらゆる暴力を以て挑みかかってきたのは勇者達だ。


「不細工な顔の皮、今度こそ剝いでやるからッ!」

「オラオラァ! 両手足べきべきにへし折ってやる!」


 やはり真っ先に忍者パーティと激突したのは、サラとジャスミンだった。

 凄まじい二刀流剣術の速度と、忍者ほどではないにしろ凶悪な威力を有する腕力の連続攻撃は、サーシャとカレンを追い込み、周辺の壁やテーブルを破壊する。

 舞踏のような剣技が、カレンの衣服を裂く。サーシャは一対のメイスで拳とぶつかり合うが、腕は全く砕けず、寧ろ武器をへし折りかねない勢いだ。


「全く、本来の目的を忘れちゃ困るわね……王子を手に入れるのが目的よ」

「私としては、壁にでもなんでもなってくれればありがたいんだけどね」


 一方で、マリィとリヴォルは的確にアルフレッドに向かってきた。魔法使いが得意とする火属性の魔法の波をかいくぐるかのように、刃や暗器を携えた殺人人形がけたたましい声を鳴らしながら突撃してくる様は、もはや地獄の様相だ。

 だが、何よりも狂気じみていたのは、黄金の光を伴った剣を振るうクラークだ。強くなったと自称する通り、鍔迫り合うフォンを圧倒する気迫と実力がある。


「見ろ! 忍者の丸薬と勇者の魔力が合わさった黄金の光だ! ワイバーンの首を一撃で刎ね飛ばすこの斬撃に耐えられるかァッ!」


 クラークの力は、勇者パーティの中で最強と呼べた。

 何故なら、剣の一振りで『王来の間』の壁を粉々に弾き飛ばしてしまったからだ。『覚醒蝕薬』を飲んだ時か、それ以上の破壊を目の当たりにした一同は、彼の仲間すらも恐るべきスペックを見て息を吞んだ。

 フォンもまた、彼の異常な成長に驚かされた。


「確かに凄い威力だ、部屋を吹き飛ばすなんて……けど!」


 しかし、驚いているばかりではない。彼らが危険な手段で無理矢理強くなったとするなら、こちらは正しい手段で人知超越の力を手に入れたのだから。


「僕達も強くなったんだ、そうだろう!」


 ならば、今こそそれの出番だ。

 フォンの掛け声で、斬撃に、打撃に、火魔法に、人形の暗器に追い詰められていた四人が一斉に攻勢に打って出た。


「その通りでござる! くらえ、忍法・火遁『猫睡蓮ねこすいれん』!」

「『『忍魔法矢』シノビショット――『火吹風』バックファイア』!」


 アルフレッドの眼前で、カレンが敵めがけて投げつけたどどめ色の紙縒りに、クロエが放った赤い火と白い風の混じった矢が掠めた。

 途端に、紙縒りはまるで炎を吸い込み、吐きだしたかのように爆発的な轟炎を発生させた。クラークの黄金の光を思わせるほどの破壊は、残っていた壁を焼き尽くし、ジャスミンとマリィを後方に退かせた。


「ほ、炎が視界を埋め尽くしただと!? これが忍術か!?」

「忍術っていうか、魔法っていうか……まあいいや、頼むよ、サーシャ!」


 上体を起こして驚愕するアルフレッドだが、まだ彼女達の攻撃は終わりではない。


「サーシャ、お前らの頭、二つとも砕くッ!」

「フォンの言う通り、成長してたのね、彼女達……私も負けてられないわね! 特に、一番殺したい奴を相手にしているならッ!」


 サーシャとアンジェラの武器――青い光を放つドラゴンメイスと、蛇を超えて蛇神の如く牙を剥いたギミックブレイドの波状攻撃が、リヴォル達に襲い掛かったのだ。

 いかにリヴォルと言えど、忍者に匹敵する身体能力を持つ者の二人がかりの攻撃を回避し切れない。レヴォルを使って防御しても、衝撃波が彼女にダメージを与えた。


「こいつ、レヴォルの攻撃を受け流して……ぎゃあぁ!」


 サーシャのメイスから放たれる衝撃は、吹っ飛ばされたリヴォルやサラ、ジャスミンだけでなく、マリィにも影響を及ぼした。ひ弱な彼女が飛ばされる距離は、当然遠い。


「きゃあああ!」

「マリィ、お前ら……ぐっ!?」


 クラークの気が逸れた隙を見逃さず、フォンは彼の腹に蹴りを直撃させた。

 苦痛で少しだけ彼の顔が歪むが、即座にフォンに視線を向けて、クラークはもう一度乱暴な斬撃をぶつける。フォンの苦無による防御が成立しているのは、もう敵の攻撃が予測できているからだ。

 ならば、フォンがクラークに負ける道理など、ありえないのだ。


「皆を甘く見たな、クラーク! 君が考えを変えないなら、もう一度牢獄に叩き込む!」

「フォン、この、野郎ッ!」


 そんな現実を受け止めたくないと喚く彼だが、流石に一度距離を取った。仲間の身を案じる意味合いもあったのだろうが、それにしてもおかしかった。

 行動が、ではない。

 クラークの、サラの、ジャスミンの、憎悪を超越した目つきが、だ。


(……おかしい。いくら僕を恨んでいると言っても、ここまで退かないものか?)


 怒りとすら呼べない、憤怒にすら勝る、狂気に近しい感情。

 炎も、魔法も、忍術も恐れない姿に、フォンは違和感を覚えたのだ。


「ブチ殺す、ブチ殺してやる! ついでに王子をよこしやがれ、俺達の為に!」

(クラークだけじゃない、サラやジャスミンもそうだ。この場で落ち着いているのはマリィとリヴォルだけで、残りの三人はまるで何かにとりつかれているような……服用した薬にそんな効果はない、だとすれば……)


 勇者パーティを強くする薬だが、『覚醒蝕薬』ほどの危険性も、幻覚作用もない。ましてやここまで凶暴性を増幅する効果はそもそもない。

 異様な変化。明確極まりない殺意。これだけのものを引きずり出せるとするならば、或いは一つしかないと、フォンは気づかされた。


(――まさか!)


 フォンの中である予測が脳裏を過った時、彼は反射的に叫んでいた。


「こっちだ、クラーク! 僕と斬撃の力比べと行こうか!」


 手を広げてクラークを迎えようとするフォンの様は、どう見ても挑発か、罠の類であった。


「クラーク、あれは挑発よ。乗っちゃ――」


 マリィのみならず、離れたところで戦っている勇者パーティにも目に見えていたが、残念ながら頭に血が上った様子のクラークだけは、敵の作戦を見抜けていなかった。


「上等だ! 頭を砕き割ってやるぜ、フォンッ!」

「……全く、無能は使えないわね……」


 激怒したクラークが突撃するのと、マリィの呆れた声が聞こえてくるのは同時だった。

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