第152話 開戦と忍者

 明くる日の朝から、ギルディアの街はここ数年で一番賑わっていた。

 街の西部に広がる最も大きな広場、噴水広場にとてつもない数の人々が集まっていた。荒くれものの冒険者から子連れの夫婦、カップル、老人の集い、老若男女問わず街の人口の半分以上が、広場を囲むようにやって来て、中央を囲むように座り込んでいた。

 殆どの人が何かの始まりを待っているが、ここにいるのは観客だけではない。


「らっしゃい、らっしゃい! 斑猪の串焼きが銅貨三枚だよーっ!」

「ミズゴケクサのシェイク、今日だけの限定品! 虎柄餅とセットもあるよ!」


 人々から更に外側には、ここで稼がなければいつ稼ぐと言わんばかりに露店が広がっていた。ぐるりと広場を包むように立ち並んだ露店の数は、二十は下らない。


「さぁさぁ、張った張った! クラーク達とフォン達、どっちが勝つかを賭けておくれ! 今のところはクラーク優勢だよ、さぁ張った!」


 九割以上が飲食店だが、中には賭け事の元締めもいる。内容は当然、今日ここで始まる暫くぶりの大イベント、『決闘』の勝敗に関わるギャンブルだ。賭けるのは当然、どちらが勝つかで、意見も群がった人の数だけ違う。


「おい、お前はどっちに賭ける? 俺はクラークだが、貴様は?」

「貴様!? オラはそうだな、フォン達の方が最近はかつやくして……あっ、来たぞ!」


 持論をぶつけ合いながら金銀銅貨を店に渡して札に名前を書き、渡している冒険者達だったが、そのうち一人の声で、一斉に広場の中央に視線を向けた。

 彼らだけではなく、集まった人々全員――露店の店主も含めて、誰もが二組を見た。向かい合い、それぞれ南北の方角から歩いてくる、雌雄を決する者達。

 即ち、フォンとクラーク、そして双方の仲間達だ。


「クラーク、やっちまえーっ! あんな連中、ぶっ殺せーっ!」

「頼んだよ、フォン! あいつら、前々から怪しいと思ってんだ! 大したことない奴らだって、ここで勝って証明しておくれ!」


 真ん中に向かって足を踏み進めるにつれ、観客席から歓声が沸き上がる。自分達ではなく、他人が行う決闘とは、つまりギルディアのような街においてはイベントに過ぎない。格闘技場で明日すら危うい最中で戦い続けるグラディエーターを見ている気分だろう。


「自分達は戦わないからって、随分勝手を言ってくれるね」


 背中に背負った大きな弓を揺らしながら、周囲を見回し、クロエが口を尖らせる。


「サーシャ、気にしない。戦って、倒す、それだけ」

「拙者もサーシャに同意でござるよ。今日ばかりは負けられない……おやっ」


 サーシャとカレンが勝利への意気込みを語りながらフォンの後ろをついて歩いていると、不意に彼が足を止めた。つまり、クラーク達と向き合った証拠だ。

 ただし、理由はそれだけではないようだった。ひょっこりと顔を出し、フォンの隣に並んだ三人は少しだけ彼の顔を険しくした原因を探り、彼の言葉で察した。


「……人数が足りないようだけど、クラーク?」


 対面したクラーク達勇者パーティのメンバーは、一人だけ足らなかった。

 勇者クラーク、武闘家サラ、剣士ジャスミン、ナイトの(どこか不安げな)パトリスはいるが、魔法使いのマリィだけがいない。つまり、四人しかいないのだ。


「マリィは体調を崩しちまってな、宿で休んでるよ。なに、てめぇらも四人、俺達も四人でちょうどいいだろ? それともなんだ、数で劣ってる方が嬉しいマゾだってのか?」


 フォンを煽るような言いぶりだが、彼は誤魔化されない。人数差という絶対的なメリットを手放すほどクラーク達は間抜けではないし、油断もしていないように見える。

 何より、マリィはフォンが知る限り最も残虐で、敵の破滅を見るのを望んでいる。そんな彼女が体調を崩した程度で決闘の席を外し、宿で静かに仲間の勝利を祈るような人間だとは思えない。クロエ達も、同じ考えなのは表情で分かる。


「信用できない。彼女が宿にいる証拠は?」

「くだらねえ質問してんじゃねえよ。組合長、決闘のルールを説明してくれ」

「この、師匠の問いに……」


 彼の問いを無視するクラークをカレンが問い詰めようとするが、先に駆け寄ってきたウォンディが、半ば強引に大声を張り上げた。


「では、今回の決闘のルールを話そう!」


 こうなると、もう話には割って入れない。

 カレンは細い目を一層細め、尻尾をコートの中で逆立てながらも、フォンに頭を撫でられて後ろに下がった。組合長という強い味方を擁する彼らの嘲笑が、彼女には苛立たしくて仕方なかった。

 しかし、ウォンディは努めてフォン達を見ないようにしながら、大声で説明を始めた。


「今回の決闘では、一対一の戦いを基本とする! 互いに選出したメンバーでの戦いは、魔法、武器、何を使っても良いぞ! ただし、外部からの手助けや道具を受け渡すことは禁止とする! ルールを破ったと私が判断した時点で、即失格となるから注意するように!」


 彼の声は、いつもの気弱さはなく、何倍もの大きさになっていた。

 恐らく、口元に近づけた棒状の魔法道具によって拡声されているのだろうが、その点を差し引いても異様に元気だ。フォン達が敗北し、後ろめたい事柄の憂いがなくなると思っているのだろうか。


「どちらかが降参するか、死亡するか、私が失格宣言をした時点で決着となり、多く勝利した方が勝ちだ! 今回は四人での戦いなので、勝ち数が並んだ場合は別で最終戦を用意する! 今回の決闘では死亡した後の責任は取れんから、危険と判断したら降参するんだぞ! 特に勇者パーティは、今日の決闘の後も依頼の予約が入っているんだからな!」


 同時に、勇者パーティへの贔屓を隠そうともしていない。

 観客席の声は一層大きくなり、クラーク達を応援する者達ははしゃぎ、フォン達を応援する者はブーイングをぶつける。クロエも、許すならブーイングをしてやりたかった。


「こっちの心配はナシって、分かりやすすぎてありがたいね」


 カレン同様に怪訝な顔をするクロエを、ウォンディは絶対に見ない。


「最後に、フェアな状況を作る為、決闘の会場を双方のメンバーが離れるのは禁止だ! 如何なる理由があっても、指定された場所か特設診療所以外の場所に行った時点で失格とする! 仮に前の試合で勝った者なら、勝利は取り消しだ! 以上!」


 ただ、彼の態度よりも、マリィの不在よりも、フォンは最後のルールが気にかかった。


(僕達の移動を制限した? 有事でも対応できないようにする為か?)


 彼らが広場の外に出るのを制限するというのは、普通に聞けばさほどおかしな話ではない。こっそり抜け出して卑怯な真似をさせないのは、大まかなルールしか定まっていない決闘では正々堂々さを補助するだろう。

 しかし、相手にはそうではない者がいる。しかも、最も危険性の高いマリィがこの場にいない。要するに、彼女が何かをしでかしても、フォン達は対処できないのだ。

 おまけに、一度疑い始めると、クラークの仲間達の様子まで奇妙に見えてしまう。


(それにサラもジャスミンも、パトリスも一言も喋らない。まるで何か、異常な決意を固めたみたいだ。パトリスは特に、恐怖が顔に浮かんでいる……)


 震えが止まらないパトリスに声をかけようとしたフォンだが、クラークが遮った。


「何だ、フォン? 決闘のルールに、文句でもあるのか?」


 ぎろりと睨む彼を厄介だと感じ、フォンは首を横に振る。


「……いいや、ないよ。異論はない、ルールには従おう」

「それでいいんだよ。ウォンディ組合長、決闘開始の宣言をしろ、高らかにな!」


 勇者に言われるがまま、ウォンディは大袈裟に右手を掲げて、叫んだ。


「分かった――ではここに、クラークパーティとフォンパーティの決闘を開始するッ!」

「「オオオォォォ――ッ!」」


 ギルディアの街の未来を左右する決闘の開始が告げられ、大歓声が轟いた。

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