第153話 武闘家と戦士①

「「クラーク! クラーク!」」

「「フォン! フォン! フォン!」」


 観客は狂ったように、各パーティのリーダーの名を叫ぶ。中には賭け事に使う札を握り締めて絶叫する者や、家族総出で応援に来ている者までいる。

 街で最も盛り上がる――死を間近で体験できるイベント、決闘を見に来るのも当然だ。


「各チームは後ろに下がり、第一試合に出場する選手のみ前に出るように! ゴングを鳴らすと同時に、試合開始とする!」


 ウォンディが手にした棒を下ろし、二つのパーティは中央からそれぞれ後方に下がる。冒険者案内所と同じくらい広い広場の端まで歩き、敵を見据えるフォン達の後ろの観客席から、騒ぎ声に混じって、どこか楽し気な声が聞こえてきた。


「さてさて、勇者パーティの方は最初に誰を出すかしら?」


 どこかで聞いた声に振り向くと、立ち入り禁止を意味する白線の向こうから、つまり住民に混ざってアンジェラがフォン達に微笑みかけた。

 国内最強の騎士、同時に自警団の頼もしい助っ人であるはずの彼女だが、樽ジョッキと串に刺した肉を手にやや高揚した調子で立っている。他の自警団の面々は、決闘場で他の喧嘩が起きないように警備をしているはずだが、そんな様子は微塵もない。


「あれ、アンジー? 自警団は警備に就いてるはずじゃなかったっけ?」

「ただの観客よ、気にしないで。でも、私の勘が正しければ……」


 自分のやりたい仕事しかしない気まぐれ屋の彼女がクラークパーティの先鋒を予想するのと、耳を劈く怒声が響いてきたのは、ほぼ同時だった。


「――出てきやがれ、サーシャ・トレイルウゥッ!」


 肩をいからせ、ずんずんと歩いてくるのは、赤い短髪を揺らしてくるサラだ。

 しかも、初めて会った時から因縁深いサーシャを指名している。きっと、今回の決闘で今度こそ完全な決着を付けようと目論んでいるのだろう。


「……武闘家のサラだね。サーシャ、脳筋バカがお呼びだけどどうする?」


 さて、こちらは名指しされたからといって彼女を出さなければならないルールはない。寧ろ、近接戦闘の身に攻撃手段が限られた相手なら、弓手のクロエが有利だ。


「サーシャ、出る。あの女を黙らせる、サーシャの役目」


 しかし、サーシャは敢えて自ら前に進み出た。

 これに関して、クロエ達も、アンジェラも驚かなかった。サラとサーシャの因縁は知っていたし、決着を付けたいと思っているのはサラだけではないとも分かっているからだ。だから、クロエが念の為聞いてみたのも、まあ、無意味というわけである。

 背負った巨大なメイスに触れ、羽織ったぼろ切れを靡かせる彼女は、戦士の闘志を瞳に燃やしていた。その情熱を失わせないよう、しかし仲間として、フォンは彼女に警告した。


「油断しないで。奴らはどんな手段を使ってくるか分からないよ」

「お前の心配、無駄。サーシャ、負けない。自分の為、一族の誇りを賭けて、勝つ」


 サーシャは軽く鼻を鳴らし、広場の真ん中へと歩いていく。

 腕を組み、どこか心配そうなフォンの隣から、ひょっこりとカレンが顔を出した。


「師匠、サーシャの強さは拙者達の中でも折り紙付きでござるよ。ウォンディの贔屓があったとしても、負けるなんてありえないでござる」


 彼女の強さならば、フォンも重々理解している。単純なパワーだけならばフォンにも肉薄し、自分よりずっと巨大な魔物や人間にも引けを取らない戦闘力は、確かだ。

 確かだからこそ、彼はどこか奇妙な自信を持っているらしい勇者達が気になっていた。


「いいや、僕が心配しているのは、組合長より……クラーク達の秘策だ」


 そんな彼の不安を埋もれさせるように、タープ付きの特設会場の長椅子に座ったウォンディが、再び魔法を使った拡声器で周囲の人々に聞こえるように言った。


「第一試合の選手が出揃ったみたいだな! クラークパーティからは武闘家のサラが、フォンパーティからは田舎者の乱暴者サーシャがエントリーだ! ここからは冒険者組合の受付嬢、スモモに司会進行を執り行ってもらおう!」

『司会を代わりました、受付嬢を担当していますスモモです! それでは改めまして、双方、中央で向かい合ってください!』


 組合長の隣に座る、桃色の髪の受付嬢が拡声器を受け取ったが、進行役に指示されずとも、サラとサーシャは既に向き合っていた。

 サラが親でも殺されたかのような形相で睨みつけているのに対し、サーシャはいつもの仏頂面を崩さなかった。表情一つ変えない彼女が癪に障るのか、サラは唾を吐き、吼えた。


「ようやく来たな、この時が。あんたの顔をぶっ潰してやれる時が!」

「弱い犬、よく吼える。サーシャ、子犬と話す趣味はない」

「はっ! すましたツラしてそんな戯言吐いていられるのも、今のうちだ!」


 この顔を壊したい。自分を何とも思っていない顔を後悔に染めてやりたい。

 自らの衝動に突き動かされたサラは、もう迷わなかった。深緑色のズボンのポケットに手を突っ込んだ彼女は、わざわざサーシャに見せつけるようにして、黒い丸薬を取り出した。


「……それは?」

「直ぐに分かるよ、あんたの敗北でな! ゴングを鳴らせ、受付嬢!」


 サーシャから僅かにも目を離さないサラの命令で、スモモ受付嬢は身を震わせた。


『は、はい! では……試合、開始ッ!』


 そして、慌てて手元のゴングを勢いよく鳴らした。

 これこそが決闘開始の合図であり、どちらかが心を折られるか、死ぬまで続く戦いの開幕を知らせる号令である。睨み合う二人の形相を見るに、恐らくは死ぬまでの激闘となる。

 怒りを孕んでいたのはサラの方だったが、先に駆け出したのはサーシャだった。


「サーシャ、お前を倒して、飯食ってさっさと寝る!」


 布を巻いたメイスを掴み、石畳で整えられた広場の床を引きずりながら激走する。削られる小石の音、振動を無視して振り上げた彼女だったが、サラの異様さに気付いた。

 サラは拳を構えず、ただ手にした丸薬を口に運び、呑み込んだだけだった。それ以上でも以下でもなく、戦闘態勢すら取らず、ただサーシャを見下すように嘲笑う。


(避けない? だったら、サーシャ、あいつの頭を叩き潰す――)


 何かの作戦だろうか。そうでないなら、戦いを諦めた大間抜けだ。

 仮にそうだとして、情けをかけてやる理由はない。ここできっちりと決着をつけてやるのが、彼女の為でもあり、フォン達の勝利にも貢献するのだ。

 だからこそ、彼女は躊躇いなくメイスを叩きつけた。

 顔面を破壊し、一撃のもとに昏倒させるべく、叩きつけた。


 ――はず、だった。


「……な、ん、だと?」


 跳び上がった彼女が振り下ろしたメイスは、サラの顔には触れなかった。

 彼女は片腕で、飛んできたボールを掴むよりも簡単に、渾身の一撃を掴んでいた。

 よく見ると、鉄製のメイスに彼女の指がめり込んでいる。幾ら怪力でも鉄を砕けはしないサーシャの目が見開き、驚きに顔を染めると、サラは邪悪な笑みを浮かべた。


「何だと、だって? 現実が脳味噌に追いついてないの?」

「ぐ、この力は……!?」


 地面に降りられもせず、動けもしないサーシャをメイスごと下ろしながら、サラが言う。


「あんたのしょぼい打撃を止めてやったんだよ。すっとろい動きをしてたから掴んで、これから現実ってのを叩き込んでやるって、それだけだ――」


 勿論、暴力的なサラのことだ。攻撃を止めただけでは終わらない。

 ぐっと握り締めたサラの拳は、思い切り引き絞られて。


「『覚醒蝕薬』で最強の筋肉を手に入れた、私の――あたしの拳でなあぁッ!」


 サーシャの腹部目掛けて、強烈なパンチが放たれ、直撃した。

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