第62話 ニンジャ・コレクター


 フォンが言い返せない温和な性格と知っているのは、勇者パーティだけではない。

 だからこそ、クロエとサーシャ、カレンはフォンの前に立った。カウンターの周りが騒然とし、受付嬢が困った顔をしているのも構わず、争いの火蓋が切って落とされかける。


「お前ら、嘘つき。優しさ、欠片もない。考えてるの、自分の利益だけ」


「フォンに難癖付けて逆恨みで絡んできてさ、暇なの? 報酬額に目が眩んでるのが見え見えだし、あたし達みたいに、素直にそう言った方が可愛げあるんじゃない?」


 サーシャの言葉通り、優しさで進言しているわけではないのは明白だ。クロエの読み通り、逆恨みに目眩みがついてきた最悪の譲渡であるのは間違いない。

 ここまで言われると、邪な意図を持っていたクラークの方が苛立つ始末。


「この、つけあがりやがって、雑魚共が……!」


 ジャスミンやサラと同様に沸点の低い彼が、邪魔者を斬るべく剣に手をかける。

 あわやカウンターの前で自警団を呼ばなければならない事態に陥りかけたが、案内所の入り口から聞こえた声が双方の動きを止めた。


「――まあまあ、そこの冒険者達。そうカッカしなさんな」


 老人の声だった。

 こちらに向かって歩いてくる姿も、やはり老人だった。ややくたびれた薄い黒髪、曲がった背、分厚い老眼鏡。質の良さそうな木製の杖をつき、燕尾服を纏っている点からして、辺りに住んでいる老人ではないとフォンは気づいた。


「……貴方は?」


 彼が老人にそう聞いた時には、彼はフォンとクラーク達の間に来ていて、眼鏡の奥でにこにこと微笑んでいた。皺だらけの顔を緩ませ、彼はフォンの問いに答えた。


「私はマッツォ、皆からはマッツォ卿などと呼ばれている」


「卿、ってことは貴族かな?」


「一応はね、そして『黄金獅子の討伐』依頼を出した者……所謂コレクターだよ。依頼について詳細を更新しようとしに来たら、どうやら依頼の受注でもめているようだね」


 喧嘩――クラークの一方的な難癖を仲裁するように、彼は静かに告げた。

「結論から言うと、私は二組同時の受注でも歓迎するよ。互いに協力してもいいし、どちらかが先に狩ってきてもいい。報酬も出そう……それくらい、事態は厄介なんでね」

 マッツォ卿が出した結論は、フォン達も勇者パーティも、どちらも同じ依頼を受けて良いというものだった。しかも、二組分の報酬まで準備しているのだ。

 このような例は、かなり珍しい。通常は一組分の報酬しか用意していないし、組合もそれを前提として動いている。こう聞いた受付嬢達が即座に書類を修正するのに躊躇いがないあたり、彼は修正分の金額を容易く出せるだけの資産があるのだろう。

 話の後半がフォン達は気になったが、クラーク達にとっては前半だけが大事なようだ。


「俺達も依頼を受けられるみたいだな。ありがとよ、マッツォ卿とやら」


 にやりと笑ったクラークは、銀髪を撫でつけながら、少しずついつも通りの騒々しさに戻っていく案内所の雰囲気に溶け込もうとするかのように、受付嬢の手を握った。


「……ごほん、受付嬢さん、悪いが俺達の受注処理もしといてくれ」


 受付嬢はやや引きながらも、クラークの手をさらりと離して、そそくさと依頼受注の処理を始めた。彼らは満足した様子で、しかしフォンをねめつけるように睨みながら、自分達の定位置である奥のテーブルにどっかりと座った。


「二重人格か何か疑っちゃうよ、ほんとに……」


「それで卿よ、厄介とは? 詳細の更新と何か関係があるでござるか?」


 嫌な連中とのトラブルを忘れるように、カレンを含めた四人は老人に話を聞く。


「ああ。実はこちら以外でも腕利きの連中を送り込んでいたんだが、今朝、彼らから任務の中断連絡を貰ってね。どうやら黄金獅子を仕留めようとした仲間が全滅したらしい」


 これを聞いていないクラーク達は大丈夫かと、フォンが心配するほどの追記である。


「全滅って……確かに黄金獅子は謎が多い魔物だけど、そんなに強いの?」


「ゲムナデン山の頂に棲み、雷を操るという情報が入っている。そんな魔物の亡骸を剥製にしたいと思っているのだが、君達はハンターより信頼してもいいのかね?」


「サーシャ、トレイル一族最強の戦士。強さを疑う、サーシャへの侮辱」


 ふん、とサーシャが鼻を鳴らすと、マッツォ卿は喜びを隠せない調子で笑った。


「ははは、そう言ってくれるなら期待しよう。それでは、任せたよ」


 何度も深く頷きながら、マッツォ卿は一向に背を向けて、案内所の外へと歩き出した。それとほぼ同時に、受付嬢がぎっちりと文面が記された書類をクロエに手渡した。


「お待たせしました、受注処理は完了しましたよ。色々と大変かもしれないですけど、頑張ってくださいね」


 クラーク達の近頃の豹変ぶりを知っているのか、受付嬢達もどこか生温かい態度だ。

 クロエは深く追求せず、ウインクして書類を受け取った。


「ありがと。ええと、目的地はゲムナデン山……ここから馬車で一日くらいのところだね。早速準備して、パパっとこなして、あいつらをぎゃふんと言わしちゃおう!」


「うむ、そうしよう!」


「サーシャ、同感」


「何だか皆、変にやる気が出てるね……」


 こうして『黄金獅子の討伐』依頼を受注した一行は、努めてクラーク達を見ないようにしながら、扉の外へと出て行った。

 勇者達がじっとこちらを見ているのに気付いていたが、フォンは黙っていた。

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