第61話 ニンジャ・リクエスト


「――とにかく、さっきも言ったけど、僕とカレンはただの師弟関係だからね。部屋は確かに一緒だけど、それ以上でも以下でもないから、ね?」


 色々と話をしていたからか、宿から案内所までの道のりはいつもより短く思えた。

 シャワーを浴びてから宿の一階で仲間と合流したフォンは、クロエ達に、自分がカレンとそういった関係ではないと説明するのに酷く労力を費やした。

 確かにカレンから、親睦を深める為に背中を流すとか、同じ釜の飯を食べるとかの提案は受けたが、フォンは全て断ってきた。現在は一緒のベッドで眠ってはいるが、互いにぐっすり眠るばかりで過ちらしい事態には発展していない。

 女性との交わりが戦士の格を落とすと考えるサーシャの方は、あっさりと納得した。クロエはというと、案内所の前まで来ても、やや懐疑的だった。


「……不純異性交遊は、あたしの目が黒いうちは見逃さないからね?」


 クロエはカレンを嫌っているのではないが、過度なスキンシップは見逃さないらしい。


「分かったよ。クロエ、何だか過保護なお姉さんみたいだ」


「みたい、じゃなくて、もうすっかりお姉ちゃん気分だよ。過保護な、は余計だけどね」


 明るさの中に不安を交えたクロエの表情は、まるでフォンに悪い虫がつかないように警告する、娘を持った父親のようだった。或いは、可愛い弟を持つ姉のような。


(僕とカレンがそういう関係だと、何か困るのかな? 心配されるのは嬉しいけど)


 ちょっとした嫉妬心にフォンが気づかないまま、ようやく話が落ち着いてきた。

 一行は案内所に入り、巨大なボードが貼られた受付カウンターへと向かってゆく。騒々しい冒険者の集まりの間を抜け、山ほどの書類をクロエは一枚一枚精査する。


「さてと、今日はどんな依頼が来てるかな。最近ちょっとしけた依頼ばかりだったから、多少難しくても報酬が豪華な依頼があるといいな……お、これなんてどうかな?」


 一同の中で最も冒険者としての経験が長いクロエは、数多の依頼の中から一番報酬が高額な依頼を見つけ出し、紙をピンから引き抜くと、三人に内容を説明した。


「『黄金獅子の討伐』、結構珍しくて危険な魔物だけど、報酬が金貨三十枚だって!」


 フォンだけでなく、他の二人も驚く額だった。どれだけ強力な魔物でも金貨三枚が相場だ。銀貨十枚で金貨一枚なのだから、これだけの報酬は破格ともいえる。


「金貨三十枚、ただの魔物の討伐にしては随分報酬を弾んでくれるんだね」


 無言のサーシャも、フォンも懐疑的だったが、カレンは随分乗り気である。


「拙者と師匠、仲間であれば問題ござらん! 早速受注を――」


 両手をぱん、と叩き、カレンが意気込んで受付嬢に声をかけようとした時だった。


「――おいおい、その依頼はお前らみてえな新人連中にはまだ早ええよ。悪いことは言わねえ、黙って俺達勇者に譲りな」


 近くのテーブルに座っていたとある一団が、のそりとやってきて、開口一番フォン達が受注するつもりだった依頼を譲れと言ってきた。近頃はあまり声を聞かなくなったはずの面々が近づいてくるのを、一行は正面から見る羽目になった。

 剣を携えた銀髪のハンサムガイを筆頭とした五人。フォンは声だけでも誰かが分かるし、分かりたくもないし、もっときつく言えば関わりたくもなかった。


「……クラーク」


 彼ら五人は、勇者クラークを中心として街で名を上げている、所謂勇者パーティである。そしてフォンを使い潰し、あっさりと見捨てた張本人達でもある。

 そんな彼らが、依頼の譲渡にまで口出しするとは。受付嬢がどうしたものかと間誤付いていると、赤紫のツインテールが目立つ少女が、口を尖らせてフォンに詰め寄った。


「聞こえなかったのー? あんた達へっぽこにはそんな依頼できっこないんだから、他のにしとけって、兄ちゃんが言ってるんだけど?」


「クラーク、ジャスミン、言い過ぎじゃ……」


 仲間のきつい口調を、盾を背負うブロンドのナイト、パトリスが宥めるが、ジャスミンもクラークも意に介さない。だが、無視する態度は、クロエも同じだった。


「…………受付嬢さん、この依頼の受注処理をお願い。隣のバカは無視していいから」


 冷たいクロエの態度に、挑発してきた勇者パーティ側が苛立つ。随分と不条理な態度ではあるが、赤い短髪の武闘家、サラは男勝りの口調で身を乗り出す。


「ちょっと待ちなって、こっちは好意で言ってやってんのにさ!」


「フォン、貴方はともかく、そこの三人には荷が重いわ。サラの言う通り、貴方達のことを案じているのよ。今回は譲ってくれないかしら?」


「俺のマリィもこう言ってやってんだ、優しさに甘んじたらどうだ、あぁ?」


 彼女の後ろにいる魔法使い、栗毛のマリィの口調はサラよりも穏やかだが、言葉通りの思いを抱いていないのは、瞳の奥に映る冷たい意志からも感じ取れる。

 おまけにクラークはマリィの肩に手を乗せて、フォンから奪い取った自分の恋人であるとフォンにアピールする。これで優しいと言うのだから、図太さもたいしたものだ。

 フォンが反論しないのをいいことに好き勝手喚く連中だが、周りは違った。


「余計なお世話でござるよ。拙者が言うのも何だが、お主らは野犬のようでござるな」


「……何だと?」


 彼の弟子であるカレンは、目を黄色く輝かせて、クラークに向かって唸っていた。


「カレン、僕は気にしてないよ。だから喧嘩腰は……」


「――あたしも同感だな。キャンキャン吼える犬って、ほんとにやんなっちゃうよ」


 フォンはカレンを制そうとしたが、彼を侮辱された仲間は、もう止まらなかった。

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