第63話 ニンジャ・イントレード


 案内所の外から、冒険に必要なアイテムを調達できる店が立ち並ぶ通りの方角に出たクロエは、早速これからの予定を話し始めた。


「まずは馬車の手配だね。その後に備品の調達をして、出発するって感じで、どう?」


「了解した。できるだけ早く出発したいなら、僕が準備をするけど、いいかな?」


 フォンからの提案に、クロエは少し驚いた。

 仲間から頼まれて行動するこれまでのフォンと違い、自発的に準備すると言ったのだ。

サーシャも、彼の変化に目を丸くした。完全に補助に回る体質のかつてのフォンと比べると立派な成長だと、クロエは驚きながらも優しく微笑んだ。


「フォンにならなんだって任せられるよ。一応ソロ活動をしてた時に、山の方面には何度か行ったことがあるけど、忍者はどんな準備をするの?」


「冒険者が持っていく荷物と大体は同じだと思うよ。それに鉤縄かぎなわ手鉤てかぎ打竹うちたけ干し飯ほしいい、依頼をこなす地域によっては水蜘蛛みずぐもが必要になるんじゃないかな」


「ウチタケ?」「ミズグモ?」


 二人が歩きながら首を傾げる二つのアイテムは、火を起こす忍具と水面を歩ける忍具なのだが、きっと全てについて説明すると日が暮れてしまうだろう。フォンは彼女達の反応を楽しむ仕草を見せながら、カレンの肩を叩いて言った。


「あとは、野宿をする時の為に幾つか道具を足すくらいだよ。カレン、部屋の棚――四の一、三、七、七の順で開けて、中の荷物を持ってきてくれ」


「あい分かった! 直ぐに持ってくるでござる、師匠!」


 師匠に頼みごとをされて嬉しそうなカレンは、青い髪を震わせ、四足を用いてあっという間に走っていった。残されたクロエ達はというと、目を点にしてぽかんとしている。


「……今の、何?」


「暗号だよ。詳しくは言えないけど、部屋に隠してあるものには全部ロックをかけてあるんだ、カレンに教えたのはそれを解除する順番だ」


 暗号。胸ときめく不思議なワードに、サーシャもクロエも、目を輝かせる。


「……サーシャ、それ、知りたい」


「うんうん、あたしも知りたい! フォン、後で暗号のこと、教えてよ!」


「クロエとサーシャのお願いでもダメだよ。大事な物事を隠す為の暗号だからね」


「いいじゃん、けちーっ!」


 おどけた調子でフォンを小突くクロエと、なんだか楽しそうなフォンと、口角が吊り上がっているのに気付いていないサーシャ。

 カレンが帰ってきて、業者から馬車をレンタルしてギルディアの街を出るまで、フォンと大事な仲間達の間には笑顔が絶えなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 一方その頃、案内所の奥でどっかりと座ったままの勇者パーティの面々は、未だに準備もしておらず、ただフォンの悪口を言い合うのに時間を費やしていた。


「せっかく兄ちゃんが忠告してやったのに、フォンってば調子に乗ってるよ!」


「ムカつく奴らだよ、マジで。そう思わない、クラーク……クラーク?」


 ジャスミンとサラの口が悪いコンビは苛立った調子でテーブルをこつこつと叩いていたが、厭らしい笑顔を浮かべたクラークだけは、静かに建設的な発言をした。


「……おい、ドレイクの手配をしとけ。だが、俺達はあいつらより後に出るぞ」


 なんと、負けず嫌いのクラークが、フォンより遅れて出発すると言い出したのだ。

 ちなみにドレイクとは、ドラゴンの紛い物として扱われる翼を持った蜥蜴。人間より二回りほど大きく、街の中の業者に頼めば馬車同様に乗り物として貸し出してくれる。馬車より高価だが空を飛べるので、資産に余裕がある冒険者に重宝されている。


「冗談でしょ!? フォン達に後れを取るっての!?」


 思わず立ち上がったサラだが、驚いたのは彼女だけではない。他の面子も、まさかフォンを最も敵視しているはずのクラークがそんな手段を取るとは思っていなかったのだ。

 しかし、クラークには作戦があった。


「逆だ、あいつらに先に行かせるんだよ。荷物持ちをさせてやってた時から、フォンは魔物を探すのには長けてたからな。今回は、それを利用してやるのさ」


 彼は、フォンを認めていた。ただし、自分にとって使える道具として。


「黄金獅子の元まで案内させるんだ。出来るなら連中が追い詰めるまで……魔物の死骸は、俺達が掻っ攫うぜ。抵抗するなら、ぶちのめすだけだ」


 ここまで説明すると、ようやく一同はクラークの意図を理解した。

 良いところだけを掠め取る。邪魔をするなら山の中で立場を教え込む。


「……分かった。ドレイクの手配をしてくるよ」


意地の悪い笑みを浮かべたサラ達が席を立ったのを見たパトリスも、考えを把握したようだったが、どうにも自分達の行いに納得できない様子だった。


「マリィ、いいんでしょうか? 私達、もしかして卑怯なことを……」


 だが、恐らく最も邪悪な笑みを浮かべているマリィとクラークは、彼女を丸め込んだ。


「卑怯じゃないわ、パトリス。私達は警告したもの。ね、クラーク?」


「そうだな、俺は警告したぜ――あいつらには重荷だってな、ガハハ!」


 マリィの肩に手を回して抱き寄せるクラークは、大口を開けて笑った。

 パーティの中で唯一まともな感性を持っているはずのパトリスは、クラークの胸板に顔を寄せるマリィを見て、ただ俯くことしかできなかった。

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