第29話 ニンジャ・トゥモロー


 翌日、何事もなかったかのような朝。

 フォンとクロエは、案内所でいつものように、依頼を漁る。大抵の依頼はこなせると分かったので、報酬が高いものを選ぶ。

 冒険者にとっては当たり前の光景。しかし、今日は少し違った。


「……で、なんであんたは、まだここにいるのさ」


 顔や腕に包帯を巻いたサーシャが、フォンの隣にいるのだ。

 クロエの反対側でフォンを挟むサーシャは、別段彼を気に入ったからだとか、助けてもらった恩だとかでここにいるわけではない。じとりとした目つきが、そう言っていた。


「サーシャ、フォンと決着付けてない。フォン、逃がさない。サーシャ、見張る」


 じろじろとサーシャに見られて、フォンは困った様子だ。


「あ、あはは……」


「お前、サーシャと一緒。戦いが終わるまで、サーシャ、お前を離さない」


「とにかく、ゴブリンの被害は抑えられて、サーシャも助かったし、一件落着ってところかな。そんでもって、勇者パーティは……」


 そういえば、くらいの気持ちでクロエは勇者達について思い出したが、何かと言霊とは有り得るのだ。口に出すと、ここに来るとか、やって来るとか。


「俺達を呼んだか?」


 今回もその例に漏れず、案内所にクラーク達がやって来た。

 サーシャも怪我が多かったが、クラークとマリィ、パトリスはもっと酷かった。診療所で怪我をある程度治療してもらったというのに、サーシャよりずっと多い包帯とガーゼが目立つ。ジャスミンとサラに至っては、ここに居もしない。

 露骨な嫌悪感を何故か隠そうとしている彼らに、クロエが嫌味っぽく答えた。


「呼んでないけど、やー、酷い有様だね」


「それでも、この怪我で済んだのはフォンさんが解毒薬をくれたおかげで……」


 パーティの中では唯一毒されていないらしいパトリスが、礼を言おうとしたが、それより先にクラークがずい、と前に出た。

 そして、不快なくらい上ずった声で、フォンに言った。


「なあ、フォン。昨日、あの後皆で話し合ったんだ。俺達がお前のおかげで助かってたところも、もしかしたらあるんじゃないかってよ。で、結論が出たんだよ」


 結論とは何のことか。理解できないフォンの前で、クラークは続けた。


「もう一度、俺達のパーティに雇ってやろうかと思うんだけどよ、どうだ? 報酬は弾むし、マリィなんかは特に、お前を待ってるぜ?」


 もう一度雇ってやるなどという話を、誰が理解できるだろうか。


「あんた達、頭おかしいんじゃないの!?」


 クロエが声を上げるのも当然だった。散々小馬鹿にして、足蹴にした相手が有用かもしれないと知るや否や、もう一度チャンスをやると言っているのだ。百歩譲ってもお願いするところを、何と上からの目線で。

 明らかに異常な提案だ。しかもそのプライドは伝搬しているのか、ややまともな感性を持っているはずだったマリィまでもが、高圧的な提案に乗っている。


「静かにしてて。フォン、もう一度、私達と一緒に冒険しない? サラとジャスミンはまだ診療所だけど、昨日も納得してくれたし、また楽しく冒険に……」


 楽しく冒険に出かける。

 言い換えれば、もう一度奴隷として使ってやる。

 狂った連中に耐え兼ねたクロエが矢に手をかける前に、フォンが静かに口を開いた。


「――僕がいた里の掟じゃ、裏切りに対して、四肢を裂くか、肛門に鉄の杭を撃ち込むかの罰が下される。理解できないだろうけど、裏切りは忍者にとって重罪だ」


 いきなり掟の話をされれば、クラークでなくとも、ぽかんとしただろう。


「は……?」


 今のは、単なる例え話に過ぎない。これからフォンが告げる言葉の。


「どちらにしても、僕はもう君達と組む気はない。それだけは言っておく」


 即ち、絶縁の。

 もう、何があっても、フォンはクラーク達の元には戻らない。きっと、今よりちやほやされても、ずっと高い給料を支払うと言われても、フォンは首を縦に振らないだろう。

 クラーク達が己の在り方を見直せば可能性はあるが、今はあり得ない。少なくとも、正論を叩きつけられて逆上するような人間が、パーティのリーダーである限りは。


「何だと、つけあがりやがって!」


「まだ怪我は治ってないんだろう? 無茶はしない方がいいよ」


「うるせえよ、フォンの癖に――」


 激高したクラークは、剣の柄に手をかけた。


「――え?」


 かけた時点で、既にフォンの方が一枚上手だった。

 彼は苦無を構え、クラークの喉元に突き立てていた。刺さりはしなかったが、剣を鞘から抜けば、フォンは躊躇なく勇者の喉を裂く。彼にはその確信があった。

 フォンの目は、クラークを見据えていた。


「忍者の前で感情なんて見せない方が良い。『敵』なら、猶更だね」


 仲間では決してない。敵として。

 しかも、彼らを敵としているのは、フォンだけではなかった。


「あと、今の僕は、今までみたいに一人じゃない。仲間ならいる」


 彼の後ろでは、クロエが弓を構え、サーシャがメイスに手をかけていた。どちらも、フォンに仇なす敵を仕留める為、ただそれだけの為に武器を手にした。つまり、彼の敵は、今や彼女達の敵でもあるのだ。


「そういうこと。あんた達なんてお呼びじゃないってわけ」


「サーシャ、仲間、違う。でも、サーシャより先にフォンを倒す、許さない」


 さて、こうなると、クラークに勝ち目はない。マリィもパトリスも、完全に戦意を喪失しているし、何よりクラーク自身が気圧されている。


「う、ぐ……!」


「戦うのはお勧めしないけど、どうする? もしもやるなら――本気で殺る」


 忍者に漆黒の殺意を突き付けられた勇者は、ゆっくりと後ずさりをした。

 つまり、彼自身が戦闘の意志を失っているのを意味していた。フォン達が武器を仕舞うのを見ながら、怯える感情を誤魔化しつつ、クラークは叫んだ。


「……いつか、後悔させてやる。俺の話を蹴ったことをな!」


 そして、マリィとパトリスを引き連れ、逃げるように去っていった。

 何とも惨めな光景を見て、クロエはさっぱりした表情だった。サーシャは無言でカウンターに目をやったが、フォンはまだ、案内所の入り口を眺めていた。

 もしかすると。そう思い、クロエは聞いた。


「……あんたは、後悔すると思う?」


 彼女の優しさは、杞憂だった。

 クロエに振り返り、フォンは忍者らしからぬ笑顔で、応えた。


「しないよ、絶対に」


 彼が戻るところは決まっている。

 灰となった里ではない。

 かつていたパーティでもない。

 クロエとサーシャの隣。彼女達の傍でこそ、フォンは忍者である意味を持つ。

 大切な仲間と命を守る――フォン流の忍者として。

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