第28話 ニンジャ・ライズ

 一斉に襲い掛かってくるゴブリンに対して、クロエとサーシャが動いた。


「よっしゃ、フォンから借りた薬とか爆薬とか、全部使ってやらぁ!」


 クロエの矢筒に入った矢には、いずれも特殊な加工が施されていた。爆薬もそうだが、先端が黄色や紫色に濡れている矢を、クロエは率先して放った。

 すると、矢が刺さったゴブリンは、虫のように痙攣し始めた。また、他のゴブリンは嘔吐しながらのたうち回ると、息をしなくなった。何れもフォンがクロエに渡した、忍者にしか調合できない特殊な毒薬である。

 更に、爆薬で大量の敵を爆散させていくクロエ。その後ろでは、サーシャがメイスをこれでもかと豪快に振り回し、近づいてくるゴブリンを叩き潰していた。


「ぬおらあぁぁッ!」


「ちょ、あんた、さっきまで体が痺れてたんでしょ!? そんなバリバリ動いちゃって大丈夫なわけ!?」


「サーシャ、力もりもり湧いてくる! さっきの団子、凄い!」


 そう言うサーシャの顔には欠陥が浮かび上がって、目は爛々と輝いている。その手の薬でも摂取したかのように――事実そうなのだろう――サーシャは暴れ狂っている。


「ヒョウロウガンって凄いね、二日酔いからドーピングまで……うりゃッ!」


 クロエが笑いながら、ゴブリンの目を射抜いた。

 その奥で、フォンと、ロックリザードを操るゴブリンは対峙していた。


「クロエは敵の攪乱、サーシャは敵を順調に倒せてるね。だったら、僕は――」


 指を軽くしならせると、どこからか手裏剣が八枚現れた。彼は軽く屈んで。


「まずは小手調べ!」


 一気に走りながら、それぞれの指に挟んだ手裏剣を、ロックリザード目掛けて投げつけた。ゴブリンを狙わないのは、主を失った蜥蜴の暴走を防ぐ為だ。

 手裏剣は突き刺さらず、岩のような肌に弾かれた。ならば、と今度は赤い筒を苦無に括りつけ、近くの岩肌で擦って火をつけ、投擲する。これまた苦無は弾かれ、爆散した。ゴブリンであれば確実に死んだ一撃でも、怪物は煙の中から平然と姿を現した。

 ゴブリンも、この程度かと言いたげに、にやにやしている。爆薬でも無傷なのは予想外だったが、それならそれで、フォンにもやりようがある。


「……やっぱり、硬い。でも全部が硬いわけじゃないはず!」


「グオアアァァ!」


 大声と共に突進してきたロックリザードに対し、フォンは回避行動を取らなかった。代わりに、掌一杯に抱えていた何かを、思い切り魔物の足元に投げ込んだ。

 構わず、蜥蜴は突っ込んできた。それが、最大の過ちだった。


「ギギャアアア!」


 ロックリザードは急に足を止め、片足を思い切り地面から浮かせた。まるで鋭い何かを踏みつけたかのような挙動は、さしもの乗り手ゴブリンも想定外のようで、どう命令すればいいか、困惑しているらしい。


「どうだ、忍具・撒菱の味は!」


 実際、ロックリザードは鋭いものを踏みつけていた。鉄でできた錐型の道具は撒菱といい、鋭く尖った面が必ず上に来るように設計されている。人が踏みつければ甲を貫通するそれは、魔物にとっても激痛を齎す代物だった。

 そして、片足を持ち上げ、バランスを崩したのなら、フォンにとって絶好のチャンス。


「よし、後は鎖鎌で……とうッ!」


 彼は腰の鎖鎌を取り出すと、鎖を勢いよく、ロックリザードの地に付いた方の足に投げつけた。ぐるぐると巻かれた鎖を見て、クロエはまさか、と思う。

 まさか、姿勢を崩した大蜥蜴を転ばせるつもりか。


「いやいやいや、いくら姿勢を崩してるからって、あんなでかい魔物を転ばせられるわけがないでしょ!」


 人間であれば、とうてい不可能。だが、忍者であれば。

 ロックリザードの重心がずれる。フォンの両手に思い切り力が込められ、筋肉が浮き出る。細身だが、剛力よりもずっと強い、忍者の腕力に、不可能などない。


「ふん、ぐ、でえりゃあああああああああぁぁぁッ!」


 フォンの絶叫と共に、ロックリザードが転んだ。

 柔らかそうなピンク色の肌を露出して、じたばたと藻掻く巨大生物を見て、ゴブリン達も、クロエも、サーシャですらも驚くばかり。


「……うっそぉ」


「あ、あいつ、サーシャより力持ち!?」


 そして、フォンは弱点を見逃さなかった。


「予想通り、腹も柔らかいと見た! 御免ッ!」


 ロックリザードの腹が柔らかいと踏んだ彼は、鎖鎌を投げ捨て、再び赤い筒を繋いだ苦無に火をつける。そして、人差し指と中指を額にあてがい、集中して。


「――去らば!」


 魔物の腹に投げつけ、突き刺した。

 刹那の静寂の後、火薬は大爆発を起こした。ロックリザードの岩のような肌も、内側から焼かれれば無意味。体の肉を諸共吹き飛ばし。体の九割を肉塊へと変え、魔物は絶命した。

 爆発の後、フォンはゆっくりと、煙の中へ近づいた。そこには、まだ生きる者がいた。

 ロックリザードを操っていたゴブリンだ。飼い慣らしていた相手が転倒した際に下敷きとなり、爆発に巻き込まれて尚も生きていた。

 ただ、体の半分以上が吹き飛んだ、無惨な有様だった。虫の息のゴブリンを、クラークならば嘲笑っただろうが、フォンは気高い敵として、命として、敬意を払った。


「…………あれだけの大物を飼い慣らすとは、見事成」


 頭に小刀を突き刺し、一瞬にして絶命させた。

 血の一滴すら、刀からは伝わなかった。誇りある死を与えたフォンは、敢えて刀を引き抜かずに、クロエとサーシャの様子を見た。

 果たして、フォンの援護など不要であった。

 無数の屍を作り、クロエとサーシャは立っていた。ありったけの矢を撃ち込んだクロエと、血を滴らせたメイスを地に突き刺すサーシャは、全くの無傷だった。


「フォン? あんたが一匹倒す間に、ゴブリン全滅させちゃったよ、ははっ!」


「ゴブリン、サーシャの敵じゃない。サーシャ、やっぱり、強……」


 強がっていたサーシャだが、何かと限界だったのか、ふらりと倒れた。


「サーシャ!?」


 咄嗟にフォンが彼女を介抱したが、ある意味では予想通りだった。元より毒でやられた体を無理矢理動かしていたのだ、戦闘中に動けなかったのが奇跡なほどだ。


「兵糧丸のドーピングが切れたんだ。しっかり体を休めた方が良い、早めに街に戻ろう」


「うん、そうしよう……フォン」


「ん?」


 ふと、クロエの声を聞いて、フォンは彼女を見た。


「いい顔してる。初めて会った時より、影に住むって感じじゃないけど。あたしはそっちのフォンの方が好きだよ」


 彼の答えを、ここで聞きたいと言っているようだった。

 だから、サーシャとメイスを纏めて担ぎながら、彼は答えた。


「……僕は忍者だ。忍者は影に潜む者だ、掟でも定められてる。けど、僕は掟より、忍者の在り方より――仲間を信じたい。人を助けたい」


 忍者とは何か。


「だから、僕は僕の思う忍者であり続けるよ」


 正しい答えはない。きっと、永遠に探し続ける。

 ただ、フォンの想いこそが、今の彼にとっての答えであった。

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